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あの頃に…


「―――先生は、いつも言っていた…」

「……“百年の時も一瞬にして過ぎる。どうか君達は悪戯に時を過ごすことなかれ”…」


カウンターに座る李野は静かに酒を傾ける。カウンターの向こうではお登勢がグラスを拭いていて、後ろではキャサリンとたまが客達の相手をしている。


「……先生は、“志”を大事にしろとも言っていた…」

「……志どころか、先生の教えにさえ拙者は全然だ…。晋助に偉そうな事言っておいて…」


自嘲し、また酒を傾ける。


「…拙者は……何でもないふりして…人一倍愛されたかったのかもしれん…」


酔っているのか、いつになく自分の事を饒舌に話している。


「………何時からかな……銀時を慕う様になったのは…」


その呟きを聞いたお登勢はグラスを置き、煙草に火を付けた。


「…恋っつうもんは、気づいたらなってる様なもんさ」
「…そういうもんか…」
「ビビビッ、と恋したなんて言う奴はいるが、あたしゃそう思うね」


李野は頬を緩ませると、頬杖をつき俯いた。


「……あの頃は、皆一緒だった…。だけど、たった数年でバラバラだ……“志”も…」


思い出す様に目を閉じた。




「………家出した童子を拾った物好き……最初は理解できなかった…」




「死にたい? まだ人生の素晴らしさを知らない童子がそんな事を言うもんじゃない。おいで。私が君に教えてあげよう」




「…思えば…こんな苦しみを味わなきゃならんのは先生のせいだ…」


目を掌で覆い、口元には笑みを携えている。


「……戻りたいなぁ…あの頃に……そして、先生と話がしたい…」



今度は悔いのないように…。




「………いかん…飲み過ぎた…」
「いいからどんどん飲みな。あんたは酒の力を借りなきゃ、何も言わないだろう?我慢のし過ぎだよ」
「我慢…?しているつもりはないが、……そうなのかもな…」
「………誰だって皆でギャーギャー何も考えず騒いでたさ。だがいつの間にかそれぞれが別の方、向いちまってる」


何か思う所があるのか、遠い目をして紫煙を吐き出すお登勢。











「……拙者はな……近々祝言を挙げるんだ」
「…は?」


突拍子もない一言に煙草を吸う手を止めた。


「…いわゆる“政略結婚”というやつだが、…ああいう家じゃよくある事だ」
「………あいつらには言ったのかい?」
「いや。今初めて言った。……それに、銀時に“おめでとう”など言われでもしたら、立ち直れる自信がない」


そうかい、と返したお登勢は再び煙草に手を動かす。


「………父は…おかしくなってしまった……祖父の影に怯え、今では己の地位や財産を守る事に必死だ…」


掌を額にずらし、顔を歪めた。


「……昔は領民にさえ常に気遣い、優しかった。……愛されはしなかったが、誰より尊敬していた…」










「……家に帰れば、もう二度と江戸に来る事はない…」




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