鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編) ・ 女性がナースコールを鳴らす。 「僕が解る?」 少年が頬に触れて来る。懐かしい暖かな手の温もり。 「誰?」 不安で泣きそうな瞳に涙が浮かぶ。私はこの少年を知っている? 少年は相貌を見開いていた。 隼人の異変に薫が驚愕してナースステーションへ走って行った。 「隼人さん? 何を云ってるの?」 「すまない…私は誰だ? 此処は? 君はいったい? うっつっう」 身体を起こそうとして、痛みが走ったらしい。鈴は隼人の身体を支えた。 「今お医者さんが来るから…隼人さん…何も覚えていないの? 僕の事も?」 「…すまない」 ずきりと胸に痛みが走った。その後隼人の先輩の医者さんが来て、家族が集められて…。 記憶喪失だとか、脳波の検査に異常は無いから、いずれ記憶は戻るだろうとか。聞いては鈴の耳を掠めて遠のいて。 里桜と疾風は鈴を気遣い、甲斐甲斐しく何かしら声を掛けてくれるけど。鈴は呆然と隼人を見詰める事しか出来なかった。 「鈴、小早川の家に帰るだろう?」 里桜が帰ろうと鈴を促す。鈴は少し考えて顔を横に振った。 「マンションの方に帰るよ」 「そう、か。じゃあ送るよ」 「うん。ありがとう」 里桜が疾風に伝えて、3人で駐車場へ向かう。 「鈴、あいつの事だ。直ぐにお前の事思い出すさ」 「…うん」 きっと思い出してくれる。 「うわ、でかい犬だな」 地下駐車場で、車から降りて来た男性が不意に声を上げた。鈴達も声のする方へ眼を向けると、1匹の大きな犬がちょこんとお座りをしていた。 白銀の碧い瞳が鈴を見詰めている。 「やだ怖いわよ、病院のスタッフに云った方がいいわ」 男性の連れの女性が怯えている。 「あの犬…」 「鈴? 知ってるのか?」 スタスタと歩いて来る犬は、ピタリと鈴の前で止まった。 「なんだ、その犬君の? 駄目だよ病院に犬なんて」 「これは違います!」 疾風が困って弁解するが、男性はブツブツ云いながらエレベーターに乗り込んだ。 「そいつ知ってる犬か? 鈴。ってか、こいつ狼…に見えるが、まさかな? 犬だよな」 「たぶん」 「…鈴」 犬は鈴の右掌に顎を乗せて、大きな尻尾をパタパタと振っている。 「可愛い、何処の犬かな」 「里桜、まさか買いたいなんていうなよ」 「「? 嫌いなの?」」 「そこでハモるな元双子、ってか俺は別に犬なんか」 「ふうん、その割に汗出てるよ?」 「兄ちゃん先生が可哀想。2人は先に帰って。僕はこの子とこの辺を歩いて帰るから。きっと飼い主も探してると思うし」 「そうか? ほら鈴がああ云ってるんだ。帰るぞほれほれ」 「え? 俺も鈴と一緒にって、先生引っ張んないでよ!」 疾風は里桜を助手席に押し込んで、運転席に急いで回り込み、急発進した。 「…やっぱり犬怖いんじゃん」 鈴は犬の背をそっと撫でる。暖かくて懐かしい。 「前に夢で君みたいな犬を見たんだ。怪我をしていて…」 ふと、犬の首筋に在る物をを見た。 「……傷?」 夢で見た犬の傷。ジンの首筋の傷。そしてこの白銀の犬の傷は? 「ジン?」 言葉に出してハッと笑う。そんな馬鹿なと歩き出した鈴の背後で。 「やっとわかったかちびすけ」 脚を止める。鈴は振り返った。犬以外誰も居ない。 「何処を見ている?」 「……え?」 視線を下へ向けると、犬は不敵に笑った(ように見えた)。 「早く着替えたい。お前の済む家に連れて行け」 上から目線。しかも俺様。声もあの夢の中のジンだ。 「ジン?」 「早くしないと襲うぞこら」 飛び掛かる体制になって鈴は後退した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |