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短編
昔話を聞かせましょう

昔々、あるところに醜い醜い魔物がいました。

鋭い歯に、鋭い眼、その色は血のように赤い。体はとても大きく、長くのびた爪は鋭く尖り、近づくすべてのものを傷つけそうです。

そんな魔物を人々は恐れ、また彼をさげすみました。

醜い魔物。

怖い魔物。

近寄るな。

近寄るな。

人々はそう言って、魔物に近寄りませんでした。

魔物はとても傷つきました。彼はその姿に反し、とても純粋で綺麗な心を持っていたのです。自然を愛で、自分を恐れさげすむ人間も愛してました。

魔物はいつも一人ぼっち。
彼はいつも孤独に耐えました。時には涙を流したこともあります。その赤い眼から流れる涙はとても綺麗で美しく、魔物が流す涙とは思えないほどです。

何年も、何十年も孤独な魔物。そんな彼には愛する女性がいました。

女性の名はシェラ。魔物が住む森の近くにある村人です。彼女はとても美しく、村一番の美女です。そして彼女はとてもとても優しい女性でした。

魔物がシェラと遭遇したのは、彼女が子供の頃です。シェラは魔物が住む森に入り、迷子になってしまいました。森は複雑な道で、シェラを惑わせます。日も暮れ、シェラはとうとう泣き出してしまいました。

帰りたい。

お母さん。

お父さん。

帰りたい。

その声は魔物の耳に届き、魔物は不思議に思いながら、声がする方へ行ってみるとつい驚きました。なんせ人間がいるのだから。人々は魔物を恐れ、森に入らないからです。

魔物は木陰からそっとシェラを見ました。シェラは泣いています。帰りたい、帰りたい、と。泣くシェラの声に、魔物はいてもたってもいられませんでした。この子を助けないと。そう思ったのです。

助けないと。しかし、どうやって。自分は醜く、きっと自分を見たら彼女はさらに泣いて怖がるかもしれない。

シェラはさらに泣きます。夜の森はシェラをさらに不安にさせました。

シェラの震えた鳴き声に魔物は我慢出来ず、足を動かしました。

ガサガサ。

林が揺れます。シェラは思わず肩を震わせました。何かがいる。そう考えたシェラの目の前に現れたのは魔物でした。

醜い顔に鋭い牙と爪。大きい体。

シェラは黙りこみます。彼女はじいっと魔物を見つめました。

魔物は戸惑います。普通なら、自分の姿を見た人間は逃げ出すのです。いつもそうでした。なのにこの少女は怖がる様子もなく、また逃げる気配もありません。

魔物はおずおずと、そって手をシェラに差し出しました。

あなた、を、助けたい。

低く、しゃがれた声はとても恐ろしいものでした。しかし、その言葉は優しいものでした。

シェラは魔物と、差し出された手を交互に見つめました。そして、シェラはゆっくりと魔物の毛に覆われた大きな手に触れました。魔物の手はとても大きく、シェラは魔物の指を握りました。ぎゅっ、と。力強く。
トクン、トクン、とシェラの体温が魔物に伝わります。魔物は涙が出そうになりました。初めて、人と触れ合ったのです。初めて、怖がられなかったのです。

これが、人間。

魔物は心の中で呟きました。

そうして、魔物とシェラは夜の暗い森を歩きました。その間、魔物はシェラに歩調を合わせ、彼女が疲れないようにしました。シェラは魔物の指を握り続け、魔物の指を離しませんでした。

そうして、ようやく二人は森の入口に辿り着きました。

シェラは喜びました。やっと帰れるのです。

喜ぶシェラの姿に、魔物も嬉しそうに長い尾をユラユラと振りました。

シェラは魔物の指から手を離し、彼に言いました。

魔物さん。

ありがとう。

ありがとう。

シェラは何度も何度も魔物に感謝しました。そしてシェラはネックレスを魔物にあげました。それは誕生日に母から貰った大切なネックレス。それを魔物にあげるほどシェラは魔物に感謝しているのです。

魔物はネックレスを手に取りました。すると

ぽとり。

ぽとり。

魔物の赤い眼から涙が溢れました。

初めての贈り物。そう、初めてです。何十年生きてきて、初めての贈り物でした。

ぽとり。

ぽとり。

少女は魔物の綺麗な涙に驚き、みとれました。そして、頑張って背をのばし、魔物の涙を指で拭います。

魔物さん。

魔物さん、とても綺麗。

みんな、魔物さんを醜いって言ってたけど、違うね。

魔物さん、とても綺麗だもん。

満面の笑みを浮かべて、シェラはそう言いました。

それからというもの、魔物はシェラを愛するようになりました。

あれから時はたくさん経ちました。何年も、何十年も。魔物は年が経っても姿は変わりません。なぜなら魔物は何百年も生きるからです。

魔物は隠れながらシェラを見守ってきました。

あれからシェラは同じ村人の青年と結婚しました。花嫁姿はとてもとても綺麗で、魔物は姿を消しながら、大木の上からシェラを見つめました。そして、三人の子供を産み、彼女は母になりました。

家族が増え、とても幸せな家庭。笑顔のシェラ。魔物はそんな彼女の姿を見ることが一番の喜びでした。

この笑顔がいつまでも続きますように。

そう魔物はいつも願いました。

しかし、時は戦争となりました。国は兵士を集め、シェラの夫と子供達は戦場へと招集されました。

そして、シェラを残し、彼らは戦場で死にました。

一人残されたシェラ。

笑顔は消え、浮かべるのは涙だけ。毎日、毎日、シェラは泣きました。愛する夫と子供の名を言いながら。

魔物も悲しみました。シェラと同じく、魔物もまた彼女の家族を愛してたから。

シェラに笑顔を。

魔物は毎日毎日、シェラが好きな花を森で摘み、窓辺にそっとそえ続けました。

出来るのはこれしかないと思ったからです。

何日も、何ヶ月も、何年も魔物は通い続け、窓辺に花をそえ続けました。時には森でなった木苺や胡桃をそえて。

花を送り続けて、何十年も経ちました。

魔物はいつものように、隠れながら摘んだ花を窓辺にそっとそえます。

さぁ、帰ろう。そう思った瞬間でした。

もう帰るの?

魔物は振り返りました。

そこにいたのは、杖をつき歩くシェラでした。あの美しい顔は、時が経ち皺を刻み、豊かな金髪は白髪へと変貌しました。そこにかつての村一番の美女の面影はありませんでした。

しかし、シェラはシェラです。魔物は、彼女がどう変わろうが、彼女を愛してるのです。

シェラは優しく微笑み、杖をついて、魔物がいる窓辺へと近づきました。

魔物さん。

やっぱりお花屋さんはあなただったのね。

そう言って、シェラは皺々の手で、魔物の大きな手を取りました。そして、ぎゅっと包むように握りました。

魔物さん。

ありがとう。

ありがとう。

あなたは、本当に優しい。

ありがとう。

ありがとう。

それから、魔物とシェラは一緒に住むようになりました。

年老いたシェラの代わりに、魔物は薪を割り、水を汲み、シェラを助けました。そして、シェラは魔物に作ったお菓子とお茶を出し、二人は談笑しました。

二人が出会った時の話や、家族の話。二人はたくさんたくさん、お喋りをしました。

時には車椅子にシェラを乗せ森を散歩したり、シェラの好きな花を摘んだり。春には果実を取って、ジャムを作ったりしました。魔物は、シェラが作るジャムが大好きでした。

あたたかく、とても幸福な日々でした。幸せすぎて涙が出るほどに。

ある日、シェラは寝る間際に魔物に言いました。

魔物さん。

魔物はシェラのそばに歩み寄り、彼女の優しい声に耳を傾けました。

シェラは優しく微笑みながら、魔物に言いました。

魔物さん。

私がこうして笑顔でいられるのはね、すべてあなたのおかげ。

あなたに何度救われたことでしょう。

感謝してもしにきれない。

ねぇ、魔物さん。

大好きよ。

愛してる。

あなたは魔物なんかじゃない。

私にとって、あなたは天使よ。

ありがとう。

ありがとう。

今まで。

ありがとう。

そうしてシェラはゆっくりと目を閉じました。その寝顔は今まで見てきたなかでとても幸せそうでした。魔物は涙を拭うと、シェラにそっと布団をかけ、寄り添いました。

それからシェラは、二度と目を開けることはありませんでした。

何百年生きる魔物に比べ、人間はほんの僅かしか生きられません。しかし、魔物にとって、人間は羨ましいものでした。短い命のなか、人間は光り輝いてその一生を美しく生きるから。

そう。

シェラのように。

魔物は海の見える丘に、シェラの墓を作りました。シェラと、シェラの家族の灰を一緒に埋めて。シェラとシェラの家族は、この丘から見える海が大好きだったからです。

そして、魔物は自分が死ぬまでシェラ達の墓に彼女が好きな花をそえ続けました。時には果実や木の実もそえて。そこで魔物はいつも一日を過ごすのです。シェラの墓を守るように。

たくさんの時が経ち、とうとう死が魔物に訪れました。

愛する人がいなくなった孤独に耐えて、魔物はその一生をまっとうしました。

動かない体を動かし、魔物はシェラの墓へ寄り添います。そして最期の花を墓に飾りました。

意識が遠のいていくなか、たくさんの思い出がよぎりました。

小さいシェラと出会ったあの時から、全ては始まったのです。

どれだけシェラに幸福を与えられたでしょう。

どれだけ彼女に救われたでしょう。

光り輝き思い出達は、死に際の魔物の心を暖かく満たしました。

魔物は、一言呟き、ゆっくりと目を閉じました。





あぁ。

なんて幸せなのだろう。





そして、魔物は長い生涯を閉じました。



────………



墓に寄り添う魔物に、一粒の光が降りました。それは次第に形を成しました。

魔物や。

魔物や。

それは声を発しました。それは、神様でした。

お前はとても良いことをしたね。

そう、とても良いことを。

だからお前に贈り物をしよう。

ずっと、ずっと、愛する者と一緒にいなさい。

愛するシェラと、ずっと。

そう言い、神様は魔物を一粒の光にしました。

たった一粒。しかしとても光り輝き、美しい。

神様はその魔物の光を天へと運び、ある一つのとても光り輝く星の隣にそっとそえました。

綺麗に光り輝くのはシェラの星。その隣に、魔物の星を神様は置いたのです。

数多くの光輝く夜空で彼らの星は、寄り添いながら一番光輝いていました。

神様が魔物に贈った贈り物。それは魔物が愛するシェラといつまでも一緒にいることでした。

魔物さん。

魔物さん。

シェラは魔物の手を取り握ります。そんなシェラの姿はあの若い頃の彼女でした。

シェラは魔物に微笑みました。

魔物さん。

私達、いつまでも一緒だよ。



────………




二つの星はいつしか“神に祝福されし星”と呼ばれ、人々に愛され続けました。

そしてこの星にまつわるこの話は、いつまでもいつまでも、語り継がれていくのでした。



昔話を聞かせましょう

(それはある魔物とある人間の愛の物語)



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