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詩集
さみだれ
何か書き始めようと思うと、
さみだれ、という言葉が真っ先に出てくる。
いつのどの影響かわからないけれど、
とにかく毎度出てきて自己主張する。
私は彼の頭の上にふたをのせて、
その上からことばを積んで押し込める。
さみだれはそうするとじっとりとした目をして黙る。
私はごめんねと言って、目を逸らす。
さみだれはずっと遠くを見ているのが私にはわかっている。
いつもいつも、そうやって始まる。

そうやっていつも始めるのはいいのだけど、
さみだれは始まったあと何を考えているのかと思う。
あの湿った目をくもらせて、何を考えているのか。
さみだれのすんでいる土地は、どこかとても古い油のようなにおいがするのだと思う。
さみだれの着ている服からいつも、ざらざらになってしまった油の、そういうにおいがしているから。
そういえば、彼はことばのくせに服を着ているんだ。
服を着た彼は人間に見えるけれど、すごく単純なものにも見える。
トグルスイッチとか、エアポンプとか、そういうもの。
服を着た、なめらかに動くエアポンプ。
思えば彼の声は、古い器具がきしむ音に似ている。
ずっと昔から生きている古いことばなのかもしれない。彼は。
さみだれは今もまだ遠くを見ている。
台所の壁掛け時計を見て、デジタル時計の日付を見て、
それから半分ひらいた私の携帯電話の上に座っている。
携帯電話の画面の上には、さっきから小さな蝿がのっかっているのだけど、さみだれはあまり気にもしていないみたいだ。
画面の時計の下に表示された雨マークをなぞったり、灰皿のよこの灰のつぶをひとつひとつすりつぶしたりして遊んでいる。
私は彼をこんなにじっと見ていたことはなかった。
さみだれはもくもくとよく遊ぶ。
そうしていないと気が晴れないのかもしれない。
ねえ、さみだれ。
今きみのことを書いているよ。
きみのその目のことを詳しく書いたり、
きみのその服のことを書いているよ。
これはきみが書きたいことではないのかもしれないけど、
なんども名前を呼んでいるよ。
きみをもといた時代に帰すことは私にはできないけど、
今年のカレンダーくらいなら何枚でも買えるよ。
しょうゆさしならいいけど、ライターには触れちゃいけない。
あぶないんだ、それ。
ねえ、聞いてる?



あきゅろす。
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