二次創作/夢
紙面だけの存在である全知全能の神を目指したいとは思わない。ただ一歩一歩、己の信じた道を進むのみである。
「…なんだこれは」
「おや、初めましてかな?
私は岸川朔、この特別開発室の責任者兼スポンサーさ。よろしくたのむよ」
「………風間隊隊長の風間蒼也だ」
―うおおーっやっべー!!すげえこのゲーム!!朔さんのプログラミング鬼かよ!!
―うわ馬っ鹿佐鳥!!そのルートはダメだってあああああ
―うわーーっ出水先輩すみませんんんん!!
「して、用件はそのトリガーかな…点検ということで良いのかい?」
―このやろー佐鳥ぃいいい!!!
―うわっすみませんってええ!…てか米屋先輩やばい!ファイナルステージ行ってる!
―は!?ちょっと待てよ俺なんか…
「ああ、点検を頼みたい。嵐山が世話になったと聞いてな…」
「なるほど、了解した。部屋に入ってくれ、少々騒がしいが気にしないでもらえると助かるよ」
「…これで少々なのか」
「ふふ、にぎやかで良いじゃないか。この後には荒船くんの映画上映会が控えているぞ?さらに人数も増える」
「…確かにかわいい方かもしれないな」
トリガー本体を朔に手渡して室内に入った風間は、全体をぐるりと見回した。仕事用スペースと思われる六面型の大型パソコンが置かれているデスクの横には、何かの部品や試作品らしき物が転がっている。来客用の広いスペースには、米屋、出水、佐鳥といった、高校生三人が大きなモニターを前にして大声ではしゃいでいた。どうやら部屋の主が開発したゲームをして遊んでいるようである。
「何故あいつ等は此処で遊んでいるんだ」
「なに、私がいつでも来てくれと言ったのさ。こんな部屋に一人は勿体無い」
そう言った朔は、何も塗られていない唇を弧の形にゆがませた。どうやら化粧とは縁がないようだ。その割には綺麗な肌をしている女性だな、と風間は感じた。
トリガーを検査台に乗せてキーボードを忙しなく叩き始めるその姿を、何とはなしに後ろから覗き込む。光る画面には到底理解できない用語や数字が羅列を連ねており、彼は無意識の内に眉をひそめた。
「この文字全ての意味を理解しているのか?」
「理解していなければこんな事はしないよ。まあ、他のエンジニア達はもっと簡略化した検査で時間を短縮するだろうけども」
タンッ、と軽やかにエンターキーを押す音が響く。トリガー内部の検査に入ったのか、スキャニングをするように光の線がその形をなぞった。
「私は自分の目で見て、理解して、その上で判断したいという面倒な性格だからな。こういった手間も惜しまないのさ」
どこか楽しさを滲ませる声でそう言って目を細めた朔の横顔を、風間は観察するように眺めた。
当初はとんでもない変人だと噂されていたが、こうして実際に会ってみると何のことはない、仕事に妥協しない堅実な人物のようである。嵐山や迅から聞いた話でも悪い印象は受けなかったのだからさして警戒はしていなかったが、この時から彼は彼女を好ましい人間と見た。
「さ、後は読み込みが終わって異常が無かったら完了だ。何か質問は?」
「…そうだな。
じゃあ嵐山達が聞いたというお前の過去を聞きたい」
てっきり検査に関することを聞かれると思っていた朔は、ぱちくりと瞬きをする。逡巡の後、微かに笑いながら椅子ごと体を反転させて風間に向き直った。
「ふむ…。私はもう周囲に話してくれたものだと思っていたんだが」
「その考えは間違っていない。現に俺も大体は話を聞いている…深い所は本人からの方が良いとも言われたがな」
「じゃあわざわざ私が説明しなくても良いんじゃないのか?」
「俺は岸川という人間に興味を持った。人から聞いた話より、俺も自分で見聞きしたことでお前がどんな奴かを判断したいだけだが?」
先程自分が言ったことをそのまま切り返しの言葉に使われていることに気がついた朔は、面白い話を聞いた、と言わんばかりに笑った。
「これは参ったな…私の負けのようだ。
ならコーヒーを用意しよう、甘い方が好みかな?」
「…言ってくれる。
俺はコーヒーはブラックがいい」
口では参ったと言っておきながら、意趣返しのようにお子さま扱いする朔に対して風間も言い返した。互いにある種のからかいを含んだ言葉を交わしながら笑みを浮かべる。
―少し後に、未だ騒がしい室内の隅で二人の穏やかな会話が花を咲かせることとなった。
「世の中には情報が溢れかえっている。インターネットやテレビによる情報氾濫社会とも呼ばれているようだね…何が正しいかなんて誰も分からないのではないかな?
月並みな事を言うようだが、やはり出来る範囲内だけでも自ら見聞きし、自分なりに理解し、判断するという事が大事だろうと思うよ。何故なら、何事も盲目であってはならないからね。盲目であることは自分の未来を、ひいては周囲の人間の未来をも暗くしてしまうのさ…私はそんなのはごめんだな。
氾濫した波の中でもがくのもまた一興。そうやって私は生きていきたいし、自分が正しいと思ったことに沿って生きていくとも。そう誓ったんだ」
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