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二次創作/夢
土龍は微睡みの中V





そして来たるXデー。

帝国が管理する洞窟の方面から響いた大きな音が、寿々根の耳に届く。それよりもやや早く、視界の隅を大きな影が素早く走り去っていった。司と氷月だ。
自分の出番は意外と早かったなと脳裏でちらと考えつつ、手は首から下げて服の内側に隠していた物を取り出していた。石笛である。本来なら1オクターブくらいの音階があるが、この時ばかりはそうも言ってられない。小さなそれを唇に当て、共犯者の耳に届くよう勢いよく息を吹き込んだ。

−ピィイイイイイッ!!!!

鳥のかん高い鳴き声のような、誰しもが嫌がる黒板を爪で引っ掻いたような、そんな音が木々のざわめきを増幅させる。洞窟に向かう司と氷月は音に警戒して一度歩を鈍らせたが、害がないと見るやまた加速して去っていった。

一瞬でも稼げただろうか。そう思わずにはいられない彼女の役目は、二人の見張りと動き出した場合の連絡だ。阻止は目的に無いものの、そもそもそこまで上手く事が運ぶとも考えていない。笛の音でほんの少しでも意識を逸らせたなら、それで御の字だとも思っていた。血が流れたとしても、せめて誰も死なないよう祈るしかない。
あとは実働班に任せるだけと、寿々根は悠々と草むらに横たわった。快晴である。ちぎり紙のように柔らかな雲の切れ端が、青空をのんびりと泳いでいった。






*






日の傾き的に一時間は経った頃、司が見慣れない人々を連れ立って戻ってきた。特に険悪な雰囲気は感じられず、誰も拘束されてはいない。向こう側のトップだろうか、司の隣を歩いて会話している男は己よりも年下に見えた。毛先にかけて白から緑に変わるという中々奇抜な髪色をしているが、整った顔立ちをしている。
集団から離れた所で彼らを見回していると、ある人物が目に付いた。応急処置は終えたのか、体の所々に包帯らしきものを巻き付けている。他にも何人か怪我をしている人がいるようだ。血を流したくないと望んでいた張本人が怪我していては世話ないなとは思いつつ、側に寄った。


「羽京、お疲れ」

「! ああ、ありがとう。だけど停戦まで漕ぎ着けたのは千空の機転のお陰だよ」

「停戦?
…司にとって何か大きな提案でもしたの?千空って人は」


疲れた様子はあるものの、どこか晴れ晴れした顔で羽京は寿々根の労りに応えた。彼の言葉に上ってきた人物に改めて興味を抱き、一体何を仕出かしてくれたのだろうと続きを促す。すると、司と話していたはずの男−白菜頭の人物が声を掛けてきた。


「ア"ァ、お前が寿々根って奴か。聞いた通り頭の回転が速えな」

「…君が千空か。聞いた通りって?」

「いや、羽京と司がな。お前のこと随分評価してたぜ、クク…こういう人材は願ってもねえ」

「へえ、司まで私のことを言ってたのか。意外だ」


どこか雰囲気の丸くなった司を見てから視線を戻すと、千空は悪い顔をして含み笑いをしている。それを前に羽京を窺えば、彼は何とも言えない顔をした。どうもこれが通常運転らしい。頭の切れる人物はどこか変人であるとよく言われるが、割と当てはまっている気がした。


「ちょうどいい、お前も付いてこい。これから司の宝物を探しに行くんだ、人手は幾らあっても良いぐらいだろ」

「何の話かは分からないけど、まあそれなりに出来ることは多いから付いていくよ」

「それなら僕も行くよ」

「…怪我してるのに?」

「そんなに酷くないさ」


ふうん、とじっとりした寿々根からの視線を受け、羽京は圧されたようにたじろぐ。そんな二人を見て、千空はなんだあ?と声を上げた。


「随分仲が良いじゃねえか、そういう関係か?」

「いいや、違うよ。まあ熱烈なアプローチは受けてたけどね」

「ちょっ、寿々根!!」

「ほぉん??やるじゃねえか、羽京さんよ」

「違うから!味方に引き込みたくて言葉を尽くしただけだからね!?」


ワハハ、明るい笑い声が辺りに響く。それを聞きつけた科学王国側の人々も次第に集まり、一部を除いた帝国側との交流が始まった。実に穏やかな時間であった−夕日が沈むその時までは。






*






司の宝物を掘り起こすため、慎重かつ手早く地面を掘り進めていく。ふと気が付いた時には、横で司本人がシャベルもどきを握って汗を流していた。


「すまなかった」

「ん?」


ザク、ザクと音が響く中、男がぽつりと呟く。聞き取れなかった訳では無かったが、何故謝罪されたのかが分からなかった寿々根は聞き返すように喉を鳴らした。


「脅威だと思ったんだ、君のことを。俺も自力で復活した訳じゃない、先例は千空しか居ない中で君が現れたものだから…」

「−得体が知れなくて遠ざけた?」


被せるように答えを示せば、司はこくりと首を縦に振る。まあそうだろうな、と我が事ながら彼女は軽く納得した。自分だって己の世界を脅かされるかもしれないと考えたら、相手を排除しにかかるかもしれない。


「分かっていたんだ、君には千空のように科学を発達させる知識も腕も無い。あるのは純粋な探究心と洞察力の高さってことを」

「確かに理系は不得意だし、よく見てる。高評価は嬉しいね。仮に司と同じ立場なら同じことをするだろうし、気にしてないよ」

「…あと、武力にならないというのが嘘(・・・・・・・・・・・・・)だってことも分かってる。色々と見てきたから分かるんだ、寿々根のその筋肉の付き方には見覚えがある」

「ふふ、そもそも争いは好きじゃないんだ。私はただ起きてしまっただけの人間なのだから、仮に力を持っていても振るう理由が無いのさ」

「…そう、そうか。もっと早く君と話をしておくべきだったな…寿々根」

「そう気に病むものでもないよ。でも、どうして今?」


そう問えば、司は豊かな睫毛を伏せて軽く逡巡し、首を傾げて一つ頷いた。


「今、言いたいと思ったんだ。誠実でありたいと思った…それだけだよ」


やけに光を孕んだ瞳だ、と寿々根は太陽を直接目にしたかのように視界を狭める。そんな司を前にして、言うつもりの無かった言葉が唇からころりと零れた。


「…司、私は君の嫌う人間になるだろうね。口先ですべてを騙くらかす悪い大人に」


その時は君が、とそこまで言って止まる。眉根に力を寄せて軽く頭を降ってから、軽く目を見開く司に対し誤魔化すように手の平を向けた。


「………いや、何でもない。君に背負わせるべきものではないんだ、こんなものは」


忘れてほしいと言い残して、大分掘り進めた穴から出ようと壁面に足を掛ける。その背中に、先程彼女が投げた問いを投げ返された。どうして、今その話を?


「君と同じだよ。今言いたいと思った」


二人がしっかりと言葉を交わしたのは、実を言うとこの時が初めてに近かった。今までは警戒すべき対象としてお互いを見ていたからだ。
会話が終わってから、おかしな事を言ってしまったなと寿々根は思い返す。これから幾らでも話せるのだから、次はもっと和やかな話題にしようと思い立つ。今の彼とならきっと、友という関係に立っているはずだ。

しかし、そんな時ほど思い通りには行かない。彼の宝物−妹が千空の目論見通り復活液にて目覚めた後、事件は起きた。






*






洞窟の方面から、大きな爆発音がした。その騒ぎを聞き、即座に司が川べりに立って煙の上がる方を確かめる。その時、未来と司の間には距離があった。一番近くにいるのは、彼らと連れ添って川に来ていた氷月その人である。
酷く焦りの滲んだ声が、彼らを追い掛けた。千空だ。


「そこから離れろ!!未来!司…っ!」

「−!!」


何かが喉から迸り、音にならない声が木霊する。

拭くものを渡さねばと千空たちより先に後を追い掛けていた寿々根は、未来の背後に立つ氷月の腕が前を向いた所を見てしまった。穂先が槍に付けられた管によって大きくしなり、その急所を的確に突こうとするより少し早く、彼女の足は動いていた。強く地を蹴って跳び上がり、爪先までピンと伸びた片脚を氷月の腕目掛けて放つ。が、氷月は当たる直前で槍を片手持ちに切り替え、寿々根の蹴りをいなす。背後の異様な空気を感じた未来が振り返ろうとした所を、彼女は目ざとく気が付いていた。


「司!!」


せめて手に届くこの子だけでも、と回避と同時に未来を抱えて胸に押し付ける。一縷の望みを掛けて放った言葉は、放たれた一撃に穿(つらぬ)かれて消え去った。妹の為にひたすら闘い続けた男が、身を挺して守らないはずが無かったのだ。

男の独白が始まった。どれほど不意をつこうとしても、獅子王司を消す事は不可能であった、と。


「司クン−君に護る者さえ居なければね(・・・・・・・・・・・・・)」


鋭利な刃先が厚い体から引き抜かれると同時に下出人の顔を見た司は、どこか納得したように目を細めた。よろめく彼を、呆然と座り込んだ寿々根は見つめるしか出来ない。妹に残酷な場面を見せることなく助けてくれた彼女に、司はこう溢した。


「−見込んだ通りだよ、寿々根」  


氷月の追撃を受け、司は流れの速い川に向かって体が傾く。それを後ろから走り寄って来た千空が何とか掴んだものの、それも無駄な抵抗であった。氷月は千空ごと川に突き落とし、己もまた二人の後を追って水の中へ姿を消す。
血痕散らばる現場にはリーダーを失って狼狽える者、助けに行かねばと焦る者、様々居た。どよめきが鳴り止まない。

兄が居ない中不安そうにする未来を一度軽く抱きしめ、笑みを見せる。そして近くに居た女性に少女を任せると、寿々根は鋭い声で羽京を呼んだ。


「羽京、場所は分かるね」

「君と僕の出会った場所ってことで良いのかな?」

「多分そう。あそこは川が下流に差し掛かる辺りだから、そこそこ川幅も広くて流れも遅い。流れ着いた人が岸に上がるには十分な場所だ、恐らく氷月はそれを分かってる」

「オーケー、じゃあはやく行かないと。恐らく爆破したほむらも合流しようとするはずだ」

「待て、私達も行くぞ!」


二人が足早に去ろうとすると、コハクや金狼、銀狼らが刀や槍を携えてこちらに走り寄ってきた。マグマもいる。今は一刻を争う事態だが、ポッと出の女の言うことをすぐ信じて大丈夫なのだろうか?そうふとした疑問が浮かんだ時、コハクは早く案内してくれと寿々根の背をバンと力強く叩いた。


「ンッグ、待っ力強…」

「私達は羽京を信じてるし、羽京が信じる人も信じる。それだけだ!さあ、行こう」

「…了解!案内する」


そうして彼らが司と千空の元に辿り着いた時には、氷月との闘いは終わったようだった。そこに水を差すように、恐らく同じタイミングで川原に到着したであろうほむらが草むらから飛び出す。焦りのあまり動きが単調な彼女は、いくら素早いとはいえ捕らえるのは簡単だった。地に伏せた氷月と共に縄で拘束し、後から追い付いてきた力自慢たちに連行させる。即席の担架に乗せられた司の横には、寿々根が連れ添った。


「司、」

「寿々根か…未来を庇ってくれてありがとう」

「いいや、私達は司に救けられたんだ。礼はいらない」

「…そうか………」


体を水で冷やしたのと、出血箇所そのままに血を流し過ぎたのが良くない。傷の位置的に肺を貫かれているはずだった。それでも彼が千空と二人で氷月を退けたり、今も尚意識を保っているのは、偏に彼の今までの積み重ねで育んできた肉体あってこそだ。しかし耐久値が高いというだけで、残りの時間は限られていた。胸を圧迫するように布を強く当て、意識を飛ばさないように会話を続ける。
その中で、ふと司が何かを呟く。


「…司?」

「手を、」


その言葉が言い切られるより早く、力なく横たえられた手を握る。鍛えられた大きな手は冷たく、触れた側から寿々根の体温が伝播していくようだった。






*






日が明けてしばらくすると、最期にこれだけは伝えなければと言った司は、自分の言葉を羽京に記録させた。自分が今までに破壊した石像の場所、石像の顔、それら全てを彼は記憶していたのだ。その記憶力に恐れ入ると同時に、何もかもを背負おうとしていたその姿勢に、誰もが口を噤んだ。

一方石神村に連絡を入れたクロムは、最初こそ喜びに満ちた声で無事を伝えていたものの、それもすぐに影が落ちる。


「ああ、俺ら村の連中は死んでねえよ…
っいや!!誰一人死んでねえ!無血開城っつったんだ、千空が絶対死なせねえ…!!」


とはいえ、傷口は塞げても臓器は自己修復など期待できない。司の治療を一手に担っていた男−千空は、一縷の望みをかけてある決断をした。

−司を石化させて、石化解除の修復効果で治療をする。

しかし、司の命はあと幾ばくもない。故に、千空は悔しさで拳を震わせながら、彼にこう言った。


「俺がこの手でテメーを殺す。
冷凍…文字通りのコールドスリープだ」


どれだけかかるか分からない。本当に司が目覚める保証もない。それでも、この手段しかない。俺を信じろ、という苦しげな言葉を拾った司は、乾いた空気を漏らして笑った。


「もちろんだ」






*






「千空」

「寿々根か、どうした」

「少し…ほんの少しだけ、司と話をしてもいいか」


寿々根のように、最期に話をしたいと望む人は少なくない。司を慕う人は未だ多いからだ。普通であれば、千空はそんな物に耳は貸さない。全員の希望を叶えていては、時間がかかり過ぎる。
ただ、どうにも彼女は別れを惜しむ為に話そうとしているようには見えなかった。


「要件は?」

「発破をかけるのさ、意地でも蘇れってね」


意外と豪胆な答えが返ってきて、千空は思わず大口を開けて笑った。しんみりとした雰囲気は、司を知る人全体に蔓延している。そんな中で、彼女は何と言った?これから死ぬ奴に、発破をかけるという!ひどく愉快な気分だった。


「いいぜ、ただし10分だ」

「人間タイマーと名高い君にカウントは任せるよ」


ヒラリと手を振って冷蔵庫制作の仕上げに向かった背を見送り、奥に横たわる司の元へ近寄る。目を閉じていた司は、横に座り込んだ寿々根を見て手を軽く持ち上げた。それが当たり前なのだと言わんばかりに、彼女はその大きな手を握りしめる。


「司は意外と甘えん坊なのかな」

「そういうことにしてくれて構わないよ」


二人は額を突き合わせて笑った。傍目から見ればまるでキスしているかのような体勢だったが、互いに気にした様子はない。交わした言葉が少なくとも、共に居た時間が短くとも、彼らは友人だった。警戒する理由が無くなった今、やっと対等になったのだ。だからこそ、寿々根は秘密を話しに来た(・・・・・・・・)のである。


「君と対等でありたいと思ってる。真摯に謝罪してくれた君に、私のことを教えるよ」

「…中国武術のことかい?」

「それもある。武術は見たままさ、伝手があって鍛えられたから修めていた…それだけだよ。
伝えたいことは別。私は君の嫌う人間になるって話をしただろう?ゲンとはまた違うけど…積み重ねた言葉の力を何よりも信じているんだ」

「うん、」

「人の営みが好きだ。その積み重ねこそ歴史だ。故に私は歴史が好きだ。だから自分の足で調べた。だから語ることを辞めはしない。紀元前より続く教えをどうして止めなくてはならないんだ?その方が理解に苦しむよ。死んでも御免だ。
だからこそ−君とは相容れない」


合わせた額の間で、前髪が擦れる。灰がかった青の瞳は、閉ざされた瞼の奥だ。


「司、君一人が何もかもを背負う世界なんて滅びた方がいい」

「…それでも、もう奪われるのは嫌だったんだ」

「私は一人が導く世界より、大衆が動く世界の方がいい。その方が文明は長く続くと、歴史は証明しているんだ!
だから私は人を動かすために持ちうる全ての武器(言葉)を使う。口先だけで騙す大人にだってなって見せるよ」

「寿々根」

「だから…だから、はやく私を止める為に起きてこなきゃ駄目だよ」


睫毛が震え、揺れる青の輝きが顔を出す。それを至近距離で目にした男は、仕方ないなと笑った。


「俺に背負うなと言っておいて…今度は君が背負ってちゃ、駄目じゃないか」

「だからだよ、馬鹿だな。その命は君だけの物じゃない、私のも勿論上乗せされてるってこと」


涙は無い。けれど、司にはその声が濡れているように聞こえた。繋いだ手とは反対の手を伸ばし、額にかかる髪を撫でる様に避ける。


「分かった。他でもない寿々根の頼みだからね」

「…じゃあ、良い子の司に特大の秘密をあげる。誰にも秘密にして」


悲しみも別れも二人には不要だ。取って置きの秘密を寿々根が耳元で囁けば、司はその内容に驚いて笑ったのだった。






「私の名前は寿々根八広(すずねやひろ)。この世界で唯一人、君だけが知る名だよ。
起きたら是非呼んでくれ」















土龍は微睡みの中










○寿々根八広(スズネ−ヤヒロ)


▼基礎DATA:

自力復活した文学部史学科の大学生。
スズネと名乗っているため、その響きから名前のように思われているが、実際は名字しか名乗っていない。八広の意味は繁栄や前途洋々等の意味を持つ「末広がり」から転じ、形が縁起の良い八を当て字にしたもの。本人はこの名を気に入っているが、本当に気を許した人にしか教えたくないと考え、スズネで通している。

初めに出会った好印象の羽京でさえも警戒しており、この世界の全てが自分を害する可能性があると考えていたため、余計に慎重な行動を心掛けていた。信頼できる人は誰一人居ない中、孤軍奮闘を余儀なくされる。

羽京より後、かつ氷月より前。早くから帝国側にその石像を見つけられていたが、南の情報を基にした選別で司から選ばれず石像のまま放置。そのため自力復活を遂げた後、噂が広がって帝国内でもかなり浮いた存在だった。共に居た杠が気にしなかったことも手伝い、本人は然程気にせず杠の服作成の手伝いをして過ごす。また手隙になれば土器作成や食物採取を行って細々と生活し、本来の姿は鳴りを潜めた状態で暮らしていた。









続きを見ますか?
▼はい
▽いいえ

















▼SECRET:

中国武術を修めているが、本人曰く身を護る程度のもので戦闘では力にならないとのこと。確かに司には遠く及ばず、氷月ほど鍛錬を積んだ訳ではない。しかし幾つも枝分かれした中国武術を複数修めており、多様な武器を扱う武器操法はかなりの腕前。剣、刀、棍、槍は全て扱える。しかし最も得意とするのは白打。人体の急所を的確に捉えることで、一撃必殺による短期決戦が常套手段。何処でそんな物を使うことがあったのか?フィールドワークとは危険が伴うものである。ただそれだけの話。

羽京のことは好ましい人間とは思っている。多くを語らずとも側にいればどこか安心する、いわゆるライナスの毛布といった所か。本人はそれにあまり気が付いていない。羽京の方はファーストインパクトも手伝ってか、彼女のことをそういう方面で良いなと思うこともしばしばのよう。しかし彼が好意を表に出すこともなく、彼女も人知れず毛を逆立てた猫の如くであるので、恋バナに飢えた女性陣が望む展開はまだまだ来ないだろう。

狭く深くの交友を好む彼女は、一見好意的な言動をする上付き合いも良いためまず悟られることはないが、心底認めた相手でない限りはなんの躊躇もなく関係を断つことも有り得る。現代ではここまで穿った人間ではなかったが、元々そういう素質があったことに加えてこの世界が彼女を変容させたとしか言いようがない。目覚めれば人の気配はなく、己が居たはずの都市も見当たらず、足元には石化した人の欠片が散らばるばかり。これで正気を保っていられるのは、よほどの気狂いでしか有りえない。そういった意味で、彼女はひどく普通の感性を持っていたと言える。

しかし"友として認めない"="信頼していない"訳ではない。仲間として帝国民も王国民も信頼していた。だからこそ共に生きる道を選んでいる。しかし、現代で文系学問が目に見える成果を齎さないと揶揄され軽んじられていた事に歯痒さを覚えており、特に復活者を見る目には「根底では歴史や言葉の力を軽んじている、生活する上で即座に役立つ科学を選ぶ人たち」という色眼鏡が多少なりともある。それ故余計に名前を最初から教えることは無い。これは彼女の譲れないポリシーだから。

司と未来が氷月に狙われた際、隠していた力の一端を周囲に見られてでも晒したのは、司が偏に真摯であったから。司に名前を教えたのは、彼が唯一「寿々根」という一個人と向き合い、己の行動を真摯に詫びてきたから。だから、彼女は彼を信じられると思った。信じたいと思った。死んで欲しくない、とも。そして彼女は"彼の嫌いな大人になるぞ"と本気の言葉で脅した。友である彼が、そんな存在を見逃すことは絶対にしないと確信していた。









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