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二次創作/夢
土龍は微睡みの中U






まさに寝耳に水、そんな報告だった。
今自分が聞いた話は本当だろうか、そう思って目の前に立つ男−羽京を凝視する。そんな司の姿を見て、羽京は信じられないのも無理はないと肩をすくめた。


「−…本当に?」

「嘘偽りは無いよ。
寿々根は自力で復活した、どうやってかは分からないけど。だからこそ側に誰もいなかったし、助けも得られないままだった」

「そこを羽京が見つけた、という訳か…」


そう呟いて、司は端正な顔をやや曇らせた。"寿々根"という名を覚えていたから−己が復活させなかった人だから(・・・・・・・・・・・・・・)。あの時置き去りにした石像が、よもや3700年の時を経て自力で動き出すとは夢にも思わなかったのだ。
だが何事にも例外はあるし、何より先例(千空)の存在を知っている。その事を改めて自覚させられて、じりじりと胸の奥で何かが燻るような感覚を覚えた。もし他にも同じような人が複数居て、千空のような並外れた能力を持っていたら、どうすれば?その時は己の手にかけるしかない。かけることしかできない。そんなイタチごっこは御免だと、司は頭(かぶり)を振った。緩やかな曲線を描く黒髪が羽織った毛皮に当たり、滑り落ちていく。


「司、君が危惧していることは分かる。
でも彼女には行き先が無いし、話をした感じでは特に害になるような思想は持っていないよ」


ただ頭が良いということはよく分かるけどね。俗に言う探偵みたいな感じ、とこめかみをトンと軽く叩いた羽京が笑えば、司も少し頬を緩めた。


「…ああ、そうだね。じゃあひとまず女性陣預かりにしてもらって、何ができるのか探してもらおうか」

「一応今まで何をしていたのか聞いたら、驚いたことにまだ学生だったらしい。文学部所属で、思う存分研究出来るから院に行く予定だったって話してたよ。あまりに雰囲気が落ち着いてるからてっきり社会人かと思ってた」


羽京から齎される彼女の情報は、南の言っていたものと然程ズレはない。研究熱心で、学会のお偉方の口頭に乗るくらいには将来を有望視されていたという話を思い出していると、同時に石像となった彼女を目の前にした時のえも言われぬ不安も思い出す。
−だから己は彼女を復活させなかったのだ。この女性には石の世界(ここ)は厳しかろうと、それらしい理由を心の中で唱えて。


「…この世界について、彼女は何か言っていたかい?」

「うん、一から説明したけど…現状把握能力が高いみたいでね。現代とは全く違う環境だってことは起きた時に周りを見て解ったみたいだ。
ああ、そういえば現代のガスに塗れた空気より、こっちの方が緑が多くて汚れてないから気持ちがいいとも言ってたよ」

「、そうか。ありがとう」


羽京が最後に漏らした言葉を聞いて、胸のつかえが下りた心地となる。自力で復活したからといって、必ずしも千空のように優れていたり、己に反発する思想を持っているとは限らない。ならば見極めさせてもらおうと、司はそう決めた。






*





上手く潜り込めたな、と先程紹介を受けた女−杠から替えの服を受け取りつつ、寿々根は注意深く周囲を窺った。

しかし迂闊な行動はできない。探るにしても、その道のプロでは無い己はいつかボロを出すだろう。恐らくだが、羽京は遠く離れた所から異変を感じ取れる程優れた感覚を持つ。聴覚か嗅覚どちらかだろうなと当たりを付けていたが、多分聴覚の方だ。嗅覚ならまだしも、耳が良い相手がいるとなると下手な発言や行動はできない。与えられた情報も少なく、自分一人の力で生き抜くにはやや不安が残る。
向こうが探りを入れてくる間は無害で程々に役立つ存在で居ようと心に決め、放り込まれた女性陣の中で非力かつ親しみやすそうな杠と仲良くなっておくことにした。とりあえずは心許ない布からしっかりした物に変えようと、入口に布が掛けられているのをいいことにさっさと着替えを始める。


「わあ、躊躇いがない!一応まだ私が居るんだけどな!?」

「同性だし良いんじゃない?ここはプライバシーも確保されてるようだし。裸なんて今更感ある」

「?もう既に誰かに見られたみたいな言い方だね」

「…」

「えっ待って!?見られたの!?」


ねえ!と腰紐を結ぶ寿々根の肩を掴み、杠は結構な力の強さでガクガクと体を揺さぶってきた。お互いに不本意だったんだよと伝えても、どうにも納得が行かないのか鼻息が荒い。


「駄目だよ寿々根ちゃん美人さんなんだから!!そんな感じじゃあパクッと襲われちゃうよ!?」

「ええ?杠も隙が多そうだから人のこと言えないと思う。まあお互い気を付けよう」

「ええ……?」


やんわりと窘めて(たしな)、これ以上この話はなし、終わりと言わんばかりに会話を切り上げる。あまり掘り下げられると羽京が気の毒だ。義理立てとまでは行かないが、誠実な態度で接してくれた上に衣食住を提供してくれたのは事実である。彼の為人(ひととなり)を割と気に入ってる自覚のある寿々根は、他の人にはあまり言わないでねと杠に釘を刺し、さあ教えてくれるんでしょと拠点の案内を頼んだ。

杠の背中を押しながら帳から出て、作業場を後にする。持ち上げた布が垂れて奥の空間を隠す直前、寿々根の目は積まれた布と布の隙間に見えていた皮袋に向いていた。ごつごつとした何かが入れられたそれは重そうで、口は縄できつく結ばれている。布とか置いてある場所は崩れちゃうからなるべく触らないでね、と告げた杠の言葉を思い出し、ついと視線をずらす。

−今はまだ、踏み込む時ではない。






*






それから程なくして、腕利きの男が復活させられたという話が帝国内に回った。その名を氷月と言い、貫流槍術の使い手で、復活するなり管槍を司に所望したそうだ。現状把握も早く、石の世界について説明を受けても特に動揺することもなく粛々と受け止めたという。他にも中々話題に事欠かない男で、帝国内の男十人を瞬く間に叩きのめして事実上のNo.2に君臨したと耳にした時は、見事だなと感心したものだ。これには帝国の実力者も認めざるを得ず、彼に倣いたいと憧れの目線を向ける者も多かった。

というのも、氷月の復活前−まだ汗ばむ陽気の頃には、司が外に送り出していたというあさぎりゲンが帝国に戻ってきていたことが関係している。どうにもぺらぺらと言葉を重ねる様が軽薄そうな見た目に拍車をかける男で、お互い見慣れない顔だと認識したのか、寿々根に話しかけてくることも少なくなかった。耳が早いのか寿々根が大学生だったことを既に知っており、会話の中で随所に探る言葉を入れてくるのは流石の一言に尽きる。百人一首を唱えて返したら何やら引いた顔をしていたが、そんなのは些末ごとである。
そんなゲンが戻ってきたことで、帝国はにわかに騒がしさを増した。謎の原住民が一定規模を保っているという情報は勿論、何よりゲン本人が至る所に現れては話の中心に立つからだ。それがまあ言葉巧みなもので、司がその原住民の村を制圧するために勇士を募っている、より強さをアピールした者がより信を勝ち得ることになる…その発言が彼らの闘志を高めたことは間違いない。それ故、氷月という男に注目が集まるのも無理は無かった。

寿々根はといえば、そんな男たちの影でひっそりとその日暮らしを楽しんでいた。
楽しむという言葉には少し語弊があるが、帝国内ではかなり浮いた存在である自覚のある彼女は、出来ることをこなしていこうと色々な方面の手伝いをしていたのである。自力で復活した選ばれていない(・・・・・・・)女、これが帝国にいる多くの人が抱いている印象だ。それ故あまり動き回ると警戒度が上がるので、基本杠の元で衣服や袋、縄を作成し、手隙になれば土器の作成や食物の採取をして過ごす。この動きをルーティンとすることで、あの女は取り柄の無いなりに細々したことをやっている無害な奴、という様子を周囲に見せ付けていた。

−そして雪のちらつく季節を越え、風が暖かくなってきた頃。


「…何してるの?」

「何って…寝てる」

「…………そっか…」


ぼんやり草むらを眺めていると、誰かが近付いて来る音がした。顔を見ずとも、声を聞けば誰かはすぐ分かる。目だけ相手に向けて軽く笑いながら昼寝を勧めると、僕はいいと呆れたように返されてしまった。


「つれないな、羽京は」

「君が呑気すぎるんだよ」


ハァ、と羽京がため息をつく。誤魔化さなくていいと告げられ、寿々根はぱちりとまばたきをした。柔らかな草に手を付き、無造作に転がしていた体を起こす。


「さて、じゃあ聞かせてくれる?君が思う私が誤魔化していること」

「じゃあまずは一つ。昼寝ではなく、地面を伝ってくる音を拾っていた。普通聴こえるはずのないものが聴こえてきたから」

「うん、次」

「さらに一つ。最近帝国の中で起きている動きに気が付いている、音を拾ってたのもそれを確信付けるため」

「いいね、次は?」


面白くなってきたと語る寿々根の表情に対し、羽京のそれはどんどんと真剣さを増していく。そんなに怖い顔しなくてもいいのに、と彼女は内心で笑った。ところが、次に告げられた言葉にはその顔色が変わる。主に驚きに染まった、という点で。


「寿々根。君、もっと色々と出来ることが多いだろ」

「…それ今聞くこと?」

「大事なことさ、僕にとってはね。
この帝国で息を潜める意味は分かる。だけど君のそれは度を超えてる(・・・・・・)、何度言葉を飲み込む音を耳にしたか覚えてない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)位にはね」


暗黙の了解で保たれていた均衡が、破られたのを感じた。自分が促したとはいえ、羽京は二人の間に引かれていたラインを越えてきた上に、自分の武器まで晒してきたのだ。そこまで勝負に出る何かがあるということを察するに余りある。
近頃外からの侵入者が捕虜となったことや、トップ二人を避ける様に複数人が集まっているのは把握していたが、慎重な面のある男が大胆なことだ。さてその男を動かしたのは−


「…杠と大樹、もしくは二人から繋がった誰かと取引でもした?」

「!
さすがに気付いてたか」

「杠とは一緒に行動することが多かったしね。うん、あの二人はキーパーソンだけど羽京が満足するような提案は出来ないかな。じゃあ…二人がよく行くお墓の人、司が殺したって話だけど生き延びてた?司が恐れる人ってことは分かる、じゃあよっぽど腕っぷしが強いか頭が良いか。
でも羽京を納得できる何かを持ってる人−殺しをしない人ってことなら、頭が良い人の方で。どう?」

「正解、流石の洞察力だね。でも、僕が殺しを望まないのをどうして…」

「簡単な話だよ、当てずっぽう!
羽京の獲物は必ずとどめが刺されてない。血抜きの問題もあるだろうけど、それ程の腕があるのにどうして?と疑問に思ってたのもある。そうなんじゃないかな、と感じたのは荒くれ者の争いを鎮めてた所を見てから」


そこで一度口を閉ざし、意地の悪い笑みを浮かべていることを自覚しながら続ける。


「時には根拠が薄くてもはったりを掛けるのも大事だよ。欲しい情報を引き出す為に は、ね」

「寿々根…君は本当に、すごいや」


軽やかに笑った羽京は、益々惜しいと思った。寿々根という人物は、どういう分野に精通しているのか全く分からない程にはマルチに役立つ存在だ。縫製、調理、土器づくり、食料採取、なんでも手を出しては一定以上の成果を上げている。あれだけ注意深く観察したというのに、何も掴ませてはくれなかった。しかしそこには、もっと突出した何かがあることを直感で彼は理解している。
故に、司率いる帝国では彼女らしく(・・・・・)生きられないという確信もある。自分が命運を預けた男とはほんの少し通話したのみだが、あの男には信が置けると思っていた。


「…一つ言っておくと、武力衝突なんてことになったら役に立たないからね」

「それ以外にも色々大事なことはあるし、血を見る事にはならない筈だよ。千空はそう約束してくれた」


千空って言うんだなあその人、と寿々根は息を漏らす。出せる物は全部出したという自覚のある羽京は、畳み掛けるように言葉を被せた。


「ずるい事を言うよ」

「?」

「気付いているだろうけど、僕はずっと君を見張ってた。その上でお願いする。
君が誠実だと言ってくれた僕(・・・・・・・・・・・・・)が信じる千空のことを、信じてほしい」


そこでその言葉を使うのはずるいな!そう笑った寿々根は、目の前に差し出された手を握る。少し乾燥した掌は、可愛い顔に似合わず大きく硬い。小指には豆もあるようだった。


「いいとも、上手く使って見せて」







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