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二次創作/夢
たかがそんなもの、とは言われ慣れている。私にとって何よりも耐え難かったのは、それが貴方だったからだ。(当真)



―いらないだろ、そんなに長い髪。



言葉のナイフ、というような表現は重すぎた。

どちらかというと顔面に水を突然かけられたような、そんな言葉だった事を覚えている。当真にとっては何気ない一言だったかもしれないが、それは朔にとって大きな衝撃を与えた。
彼女の黒髪は、腰はおろか股下まで届くくらいの長いものだった。欠かさず手入れをして、枝毛が無いかを確かめて、月に一回は美容院に通っていたほどだ。人に誉められることが大半で、その度に「自慢の髪なの」と返していた。

それが突然、当真勇という人物にあの言葉を言われたのだ。

髪を大事に大事に伸ばしている理由は、第一次大規模侵攻の際に亡くなった母の言葉にある。為す術もなく立ち竦む彼女を、身を張って助けたのが母だった。ボーダーを名乗る人々が不思議な道具を使って化け物を倒す様なんて、気づきもしなかった。ただ母にすがりつき涙を流す朔に、彼女は笑いながら一言。一言だけ、言ったのだ。「綺麗な髪」、と。
故に、母が散り際に残した言葉はそのまま彼女の誇りとなり、矜持となった。そして突然、それを否定された。


トリオン体の際も、朔はその長い髪を短くはしなかった。
誇り。
矜持。
譲れないもの。
決して揺らぐことなくいたいという、彼女の決意の表れだったのだ。


当真という男は、朔の髪を触るのが好きだと周りに公言している奇妙な人物だった。鼻歌を歌いながら後頭部に顔を寄せることもしょっちゅうで、彼女も甘んじてそれを受け入れていた。



理解してくれていると、思っていたのだ。誰よりも自身の髪に触れている彼ならば、と勝手に信じていたのだ。









短くなった髪が、風になびいて首筋をくすぐる。ベリーショートとも言えるくらいの髪型は注目を集め、本部内では何度も声を掛けられた。惜しまれもした。だが、朔はそれにただ微笑むだけだった。


慌ただしい足音が聞こえて、後ろを振り向く。焦るという言葉が誰よりも似合わない彼は、騒ぎの中心である朔を見て目を見開いた。まるで泣き出しそうな程に、その端正な顔が歪められる。



彼女には、彼がそんな顔をする理由が分からなかった。


―どうして君が悲しそうなの。


その問いは空気を震わせることなく、彼女の喉の奥に消える。髪と同じ黒い瞳を細めて、朔は周りに向けていたのと同じ微笑みを唇に乗せた。




















たかがそんなもの、とは言われ慣れている。私にとって何よりも耐え難かったのは、それが貴方だったからだ。












* * * * * * * * * *




近いと思っていた貴方は、遠かった。元々私達の間には、何もなかったのだ。

―あえて言うとするなら、それは二人の間にある壁だろう。






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あきゅろす。
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