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二次創作/夢
結・急 ― 臍を固める





突然召集が掛かった。令を発したのは、我らが王―黒川イザナである。

彼はまず望月莞爾(モッチー)、灰谷蘭、斑目獅音、灰谷竜胆、武藤泰宏(ムーチョ)に連絡を入れた。少年院を出所した後も行動を共にしていたにも拘わらず、突然姿を消したイザナに思う所が無い訳ではない。しかし、彼らは何よりも自分たちの「王様」が堂々たる姿で帰ってきたことが嬉しかったのだ。なんの前触れもない集合の合図でも、そこに黒川イザナの名があっただけで皆欠けることなく集まった。
イザナの後ろには、相も変わらず鶴蝶と鉄(くろがね)が立っている。その二人も例に漏れずあの時置き去りにされた側なので、その姿が揃っているだけで"いつも通り"の証左だ。彼らの気分は益々高揚した。


「お前ら、腕は鈍ってねえだろうな」

「なんだよ大将、帰ってきて一番最初に言うことがそれ?」

「蘭」

「へいへい」

「兄貴静かにしてなよ…」

「いーだろ?感動の再会ってやつなんだから」


弟の竜胆が嗜めるより前に、鶴蝶が静かに聞いていろと言う意味で蘭の名を呼ぶ。注意されたというのに変わらずニヤついた表情のまま、彼は肩をすくめた。


「"極悪の世代"…纏まることはないと常々言われてきたが、お前らは俺の兵隊だ。まずは横浜を取る」

「…チームの名前は?」


いよいよこの日がやってきたと、彼らは前のめりになって二の句を待つ。イザナと目を合わせた鉄は、手に持つ物をイザナの肩に羽織らせた。それは赤い詰襟の特攻服で、揺れる白銀の髪とのコントラストが眩しい。


「横浜から、神奈川を掌握する。時間は掛けるな、俺たちの存在を刻みつけるんだ
この―…"天竺"をな」


長めの裾を翻し、イザナは彼らへ背を向ける。特攻服の背面には陰陽マークと天竺の名が刺繍されていた。風を受けて膨らむ背中に、チームの証が刻まれている。その事実は、その日集まった彼らの胸を熱くさせるのには十分だった。
静かに頭を下げる男たちを一瞥し、イザナは遠くを見つめる。傍に立つ鶴蝶と鉄は、良かったと思う一方で言い知れない不安も抱えていた。我らが王様の言い方では、まるで大きな国を作ることだけが目的のように思えてならない。本当にそれでいいの?後悔しない?苦しくない?辛くない?口にしたい思いは数ほどあれど、彼はそれを受け入れはしないだろう。

鉄は、イザナが突然腰を上げた訳を知っていた。
ある人物に声を掛けられたからだ。いつものように浮浪者のような出で立ちで公園のベンチに腰掛ける彼の元へ、その男は突然話しかけてきた。年下でありながら先まで見据えて周りを動かすことのできる男だと、イザナがそう評していたのは記憶に新しい。彼らが話している間遠ざけられていた彼女は、見覚えのある顔を眺めるに留まった。勿論彼らの話の詳細は何も知らない。しかし、警鐘が密やかに頭の奥で鳴り続けている。これは駄目な方へ流れていっている、と。


―身寄りのない奴らをみんな国民にして、居場所を作ってやるんだ


そう言っていたのは、いつの日だったか。






*






「…三ツ谷」

「んー」

「いや、んーじゃなくて…」

「こら動くな!もうちょいだから」


この男―三ツ谷隆の言う"もうちょい"には二種類ある。本当にあと少しで終わる場合と、集中していて取りあえずの繋ぎに返した適当な場合だ。今回は明らかに後者の方だろうな、と諦めの境地に入った鉄は、己の肩にいくつか布を当てては眺める様を見て僅かに肩を落とした。東卍の弐番隊隊長に手芸部の部長に、家では妹のお世話に家事。かと思えば趣味と称して服作りまでするのだから、何とも忙しい男である。
結局そこから10分ほどマネキンにされた後、適当に待ってろと放り投げられた。はいはいと慣れたようにその辺りにあるイスを引きずってきて、三ツ谷の方を向いて腰掛ける。満足そうに型紙を書き始める横顔はひどくイキイキとしていて、本当に将来デザイナーになりたいんだなあと微笑ましくもなった。


「で、今回は一体何?部活の課題?」

「いや、俺の個人的な試作品。ありがとな、付き合ってくれて」

「拒否権ないよねいつも…」

「ハハ」

「笑うな」


とはいえ、たまたま会った道端で唐突に腕を掴まれて家まで引き摺られるのは、毎度の事だがあまり納得がいっていない。携帯があるのだから事前に連絡を入れるとか出来ただろうに、と小さく文句を零すと三ツ谷はあーと言いにくそうに頭を掻いた。


「うーん何ていうかな…」

「?」

「いや、俺もよく分かんねえけど…クロを見ると考えがまとまるというか、とにかく良いデザインが浮かんでくんだよ」

「…だから毎回唐突なのか」


理解はしたが、やはり納得はしていない。悪いなと言いつつ全く悪いと思っていない表情の三ツ谷にじとりとした視線を向け、待っている間に勝手に入れた茶を啜った。
三ツ谷は物腰は柔らかで人当たりもよく、見た目だけがヤンチャな男と思われがちだが、実際は違う。そこらの男子と何ら変わらないのだ。気を許した相手には我儘な所があり、一度自分がやると決めたら周りを巻き込んでやり通しにかかる奴だ。そういった面をさらけ出しているのは彼の信頼の表れではあるが、ここ最近出くわす度に捕獲されるのは何なんだろうとも思う。


「三ツ谷、最近なんかあったでしょ。いや…現在進行系かな」

「!」

「ああやっぱりね。わかりやすいな」


ちょっぴり鎌をかければ、何故それをと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。普段はそういう所も隠す質なのに、これはいよいよだなともう一口お茶を啜った。話すつもりが無いならそれはそれで構わないが、きっと今までの行動は無意識のサインだ。何度やっても慣れないマネキン作業には飽き飽きしていたが、何か言う気があるのならそれくらいは待とうかなと、横に置かれていた布のサンプル表をペラペラと捲った。


「…クリスマスさ、多分馬鹿やらかす。ま、俺がというよりは自分から首突っ込みに行くバカ共がいるから…手助けしてやりてえ」

「クリスマス?もうあんまり日ないね」

「暢気にやってられねえと思うから、今の内にやりてえことやっときたかったんだ」

「……私をマネキンにするのがしたかったことなのか…、」

「もちろん完成したら着てもらうかんな」

「私が着ることを疑わないんだね、三ツ谷は」


ヒヒッと悪戯が成功したような顔で、彼は笑う。


「何言ってんだよ、お前ほどダチに甘い奴いないだろ」

「それを分かってて言う君は質が悪い」

「ハハハ!
まあさ、完成を楽しみに待ってろよ。生半可なモンは作るつもりねえし」

「そこは心配してないよ」


型紙に裁ちばさみを入れて、滑らかな手付きでジョキジョキと切り取っていく姿は妙に様になっていた。同年代の女子でもここまで見事な腕前の者はそういないということは、男だてらに手芸部部長を務めていることから想像に難くない。


「じゃあ、アフタークリスマスは元気に裁縫することだね」

「おう、その予定」


裁ちばさみから手を離した三ツ谷は、しなる定規を片手でびよんびよん揺らしながらパターン図とにらめっこをしている。これはまた長くなりそうだな、と鉄は呆れを多分に含んだため息をついて腰を上げた。ただ待っているのも暇なので、アパートの外で近所の子と遊んでいる彼の妹たちと戯れることにしよう。そのことを告げるが、やはり空返事しか返ってこない。私が居なくなったことに気が付いて慌てるのはいつ頃かなと内心ほくそ笑みつつ、彼女は玄関を開けた。
予想外だったのは、すぐそこに三ツ谷の妹たち―マナとルナが立っていたことである。これには鉄もびっくりして、気配の消し方が上手いなと素直に感心した。しかしそんなスキルは日常というより戦闘に役立ちそうな技術なので、敢えて言葉にはしないでおく。賢明な判断である。


「あー!!クロちゃんだ!!」

「クロちゃん遊びに来たの?遊ぶ?」

「マナ、ルナ。私は今日もお兄ちゃんに引きずられてきてね…今暇してるから、遊んでくれる?」

「「遊ぶー!!」」


玄関で鉢合わせたのが鉄であると気が付くや否や、小さな友人はキラキラと瞳を輝かせて足元にしがみ付いた。きゃあきゃあと控えめに騒ぎながら、二人は鉄を連れ立って部屋の奥へと進んでいく。三ツ谷の横を通る際に二人共ただいまーと声を掛けていたが、彼は生返事でんーとしか唸っていない。それもなんのその、女の子二人はクロにあれ読んでお人形遊びしてと元気いっぱいにリクエストを重ねるのであった。
ひとまずの鉄の仕事は、興奮してテンションの上がっているお姫様たちに手洗いうがいをさせることである。


「おやつ食べたい人ー!ただし手洗いうがいまだの人はばっちいので駄目です!」

「おやつ!」

「おやつ!?」 


マナが先!ルナが先だもん!と押し合いへし合いしながら洗面所へ駆けていく二人は元気いっぱいだ。おやつのメニューすら聞いていないのに、鉄が持ってくるものは美味しいと記憶されているらしく非常に動きが俊敏である。椅子の上に置いてあった鞄から、こんなこともあろうかと忍ばせておいたタッパー入りのマーブルケーキを取り出すと、腰元の服がくんと引っ張られた。


「……」

「………、俺もおやつ」


無言の見つめ合いの末に、三ツ谷がぱかりと口を開けて待っている。おやつという単語だけ聞きつけたのだろう。妹たちが手を付ければ自分があまり食べられないのを嫌ってか、毎度こっそりと一番におやつをねだってくるのはこの男だ。しょうがないな、と上にかけたホワイトチョコとラズベリーパウダーの部分を避けて一切れつまみ、口元へと差し出す。


「うまい。ベリー系?さっぱりしてる」

「ラズベリーピューレが入ってるね。冷凍のが残ってたから、まとめて使い切りたくてピューレにした」

「ん」

「はいはい」


一口食べ、もう一口。
普段は結構な大口を開けて食べるタイプなのに、おやつを食べる時は少しずつ味わうように口を動かしている。最後の一口を口に含んで、溶けたホワイトチョコの残る鉄の指先を軽く舐めた三ツ谷は、満足そうな顔でご馳走さんと言って作業に戻った。それも毎度のことなので、鉄は静かに指先をティッシュで拭うに留める。人に舐められた手で食べ物に触れるわけにはいかないからだ。
おやつー!!とパタパタ走り寄って来るマナとルナを捕獲し、三ツ谷が作業するテーブルから離れる。手にしたタッパーから一切れずつマーブルケーキを手渡せば、二人は幸せそうな顔でそれにかぶりついた。


「おいしー!クロちゃん天才?」

「天才!ちょっと酸っぱい、これなんていうおやつ?」

「マーブルケーキ。味はラズベリーだよ」

「ほんとだ、ぐにゃぐにゃした模様ついてる」

「不思議


体の小さいマナが床に座る鉄の膝上に座り、もう一切れ手に取る。ルナもいつの間にか二切れ目を口に含んでおり、まろい頬をぱんぱんにしていた。二人共口周りにケーキのくずがついていて、あーあ可愛い顔が台無しだと言いながらティッシュで拭う。
そんな和気藹々とする姿を、三ツ谷は穏やかな視線で三人にバレないよう見つめていた。幸せの形ってこういうのをいうんだろうな、とありきたりな感想しか出て来ないが、それが一番しっくり来る。三ツ谷家の我儘お姫様たちを鉄が相手してくれている内に、やれる所まで進めてしまおうと彼は再度鉛筆を握った。


クリスマスの次の日の早朝、鉄は目を丸くする。エマと楽しくクリスマスパーティーをした翌日、たまたま道端で出会った友人たちが顔面ボコボコになっているのを見るとは思ってなかったからだ。
聖夜の教会で柴大寿に立ち向かいボロボロになった彼らは、突然現れたマイキーとドラケンにより勝利を掴み取った。手を組んでいた筈の稀咲と半間の裏切りにあったり、千冬が呼び寄せた三ツ谷が乱入してきたり、はたまた柚葉がナイフを手にしていたりと様々なハプニングがあったが、これにより黒龍は事実上の解体と相成った訳である。しかしそんなことを鉄が知る由もない。


「…これが馬鹿やらかしたってこと?ということはバカ共ってタケミチと千冬か」

「あー…ハハ、そうだな」

「あっクロさん!!お疲れ様っす。早起きっすね」

「おはざっす、クロさん」

「ああうん…千冬はともかくタケミチがボロボロなのはいつものことって気がする。八戒、君もかなりボロボロだね。盛大な兄弟喧嘩でもした?」

「え、クロちゃんなんでそれを…」


姉の柚葉以外とは女性との会話がままならない八戒だったが、三ツ谷との付き合いが深い鉄とはほんの少しだけ話すことができる。クロちゃんと呼ぶのは八戒だけだったので、鉄はその可愛い呼び方にいつもおかしな気分になるのだった。
それはさておき、聖夜に黒龍の柴大寿と武道や千冬を筆頭とした一部の東卍がぶつかったことは、彼女に対しては誰も伝えていない。三ツ谷も巻き込まないよう口を濁していたので、何故知っているのかと八戒と同じように疑問を抱いたようだった。


「三ツ谷が馬鹿やらかすかもとか言ってたから、ちょっと探り入れたんだよね。三ツ谷が動くことって多分…まあ八戒関連かなとは思ってたし。違う?」

「ええ…お前そんな探偵みたいな…」

「すげー察しがいいっすねクロさん…」


あまりの察しの良さに引く三ツ谷と素直に感心する武道の視線を浴びながら、彼女はさらに爆弾発言を落とす。


「いや、だって黒龍に友人いるからね。
そこからボスと兄妹の仲がって聞いてたし、八戒は東卍で副隊長やってるじゃない?その内ぶつかりそうだなって思ってたから」

「…エッ、オッ!!!?」

「ハア!?お前黒龍に知り合いいんのかよ!!」

「大丈夫ッスかクロさん!脅されてたりするんですか!?」


武道はあまりの衝撃に母音しか口から出ず、三ツ谷は黒龍と関わりがある事実に驚き、千冬は何故か鉄の身の安全を確かめていた。千冬は場地からクロを頼れ、だけど迷惑はかけるな(意訳)と言われたことから、異様に鉄の危機に敏感になっている。彼にとって場地からの言葉は絶対なのだ。


「普通に友人。大層な肩書がある以上あんまり誰も手出ししてこないけど、チームに入らないかって声は掛けられるし…そういう関係でそこかしこに友人とか知人は多いよ」

「なら良いんスけど…」

「すげえクロちゃん…さすが"灰の悪魔"…」

「(一虎君の言ってた"他のチームのこと知りたくなったらクロに聞いて"ってそういうことか!!稀咲についてくより先にクロさんに連絡取る方が確実だったんじゃ…!?)」


千冬は鉄を見るに嘘はついてなさそうだな、と素直に引き下がる。八戒がキラキラと憧れのような視線を向ける横で、武道は過去の己の行動を振り返り悪手を取ったのではないかと頭を抱えていた。今となっては、どう考えたって鉄から探りを入れてもらった方が良かった。稀咲と半間と手を組むこともなかったし、騙されることもなかった最上の手段のように思えてならない。クソォ…と唸る武道から、千冬は怖…と引いた瞳で一歩遠ざかった。薄情な相棒である。


「それで、ボロボロな君たちはこれから帰宅?はやく体休めなよ。特にタケミチ、見たからに痛そう。三ツ谷、ちゃんと労ってあげてよ」

「色々あったんだよ!お前こそこんな朝早くにどうした?」

「それはこっちの台詞な気がする。私は用事があるから…友人がツーリングに連れてってくれるみたい。呼ばれたから今向かってるところ」


聖夜の決戦後、彼らは一度解散したものの柴兄妹のことがどうにも気になって、一眠りした後自然と二人の元へ集まっていた。一番怪我を負っていた武道は軽く応急処置をしたくらいで、体のあちこちに青痣を作っている。他も武道程ではなくとも似たりよったりのボロボロ具合だ。家に一度帰ったならしっかり手当しなよと思わないでもないが、一晩で怒涛の展開が何度も訪れたのだろう。興奮未だ冷めやらず、という状態だと言い表すのが正しいのかもしれない。三ツ谷の瞳が朝日に負けないくらいギンギンと輝いているのを見て、鉄はまだ暴れ足りないのかな…とケージの中にいるハリネズミを思い浮かべていた。想像した動物がハリネズミなのは特に深い意味はない。
鉄が人に会いにいくのだと聞いた彼らは、じゃあ自分たちもぼちぼち解散するかとそれぞれ手を振り合って帰路につく。じゃあなとお互い背を向け、八戒は少し離れた所で待っていた柚葉を連れて家に帰るべく足を進めた。そこでふと、柚葉が呟く。


「…そういえば、クロの言ってた"黒龍にいる友人"って誰だったんだろ」

「さあ…でもあんまり暴力的な人じゃないんじゃない?クロちゃん、出会い頭にまず暴力ってタイプすごい嫌いじゃん。そういう人ブチのめしてるからあんな通り名付くわけだし」

「確かに」


遠くに見える背中が向かう方向は、少し前まで彼らが争っていた教会のある方角だ。まさかこれからそこに行く訳じゃないよなと思いつつ、兄妹は朝日から逃げるように家へと急ぐ。今は全てから解放されたことも手伝って、異様に眠いし異様にお腹が空いているのだ。コンビニでパンでも買おうよと提案した八戒に、柚葉はそれ採用!と明るい声を上げた。






*






幅の広い階段に腰掛けて朝日をぼんやりと眺めていると、軽快な音を立ててRZ350(ナナハンキラー)が足先すれすれに止まる。あわや衝突という場面でも特に動揺することなく、運転していた男とその後ろに乗っている男をそのまま見上げて鉄はやあと片手を上げた。


「おはようイヌピー、ココ」

「ああ、この前ぶりだなクロ」

「こんな朝っぱらから呼び出されて先に待ってるとか、早起き過ぎねえか?」

「たまたまだよ」


先週くらいに鉢合わせた際、三人で食べたラーメンはスープがとても濃厚で美味しかったなと思い出しつつ、どこかすっきりした表情のイヌピー―乾青宗を見やる。ここ最近はどこか沈んでやさぐれた雰囲気を纏っていたが、今日はどうも違うようだ。イヌピーと共にいるココ―九井一も、心穏やかな様子である。


「それで?興奮して時間も考えず私を呼び出すくらいだ、何かビックニュースでもあるんじゃないの」

「…相変わらず察しがいい」

「イヌピー、クロはお前の性格をよく分かってんだよ。そういう一直線になったら他が見えなくなるとことかな」

「そういうこと」


そうからかわれたイヌピーは、そんなことは…あるかもしれない…と呟いてココに存分に笑われていた。表情は固い男だが、イヌピーは存外分かりやすい男なのだ。幼なじみのココはおろか、それなりに付き合いのある鉄にもそれはよく分かっている。
ンフフと未だ笑いを漏らすココの鳩尾に軽く肘鉄を入れ、イヌピーはスッと鉄の隣に腰掛けた。イヌピーからの不意の攻撃に悶えていたココも同様に腰を下ろしたため、何故か鉄は二人に挟まれる形になっている。最初こそ不思議に思わないでもなかったが、この二人は割といつも鉄を真ん中に置きたがる。この前のラーメン屋でもその並びだったので、今更彼女が何かを言うことはなかった。


「黒龍の話だ」

「!」

「イヌピーな、クロに伝えないと駄目だっつって突然朝っぱらから連絡入れたんだぜ」

「…そっか」


イヌピーとの出会いは、彼が初代黒龍に憧れを抱いてチームに入ってきた時である。イザナがコイツは使えるし将来役に立つだろ、と傍に置くことが多く、必然的にイザナと行動を共にしていた鉄との距離も近くなった。とはいえ、イザナが総長をしていた際の黒龍における鉄の立場は"相談役"のようなものだ。本人としてはイザナ個人に付いていたという認識から、明確に黒龍に所属しているかどうかも分からない身の上であったので、周りからは不可侵領域(アンタッチャブル)のような扱いを受けていた。今のようにイヌピーと友人の立場になったのは、イザナが黒龍から去って以降である。

きっかけは悪雲立ち込める黒龍をどうしていくつもりか、と去り際に鉄が尋ねたことに始まる。それに対して間髪をいれず「初代の頃の黒龍を取り戻す」と返してきたイヌピーを、鉄はまじまじと見つめた。そして真一郎を知ってるのかと尋ねると互いに初代黒龍総長と知り合いだという事実が発覚し、一気に関係性が変わったのである。黒龍との関わりはもう無いが内情をよく知る鉄と、黒龍に残り理想と現実に足掻くイヌピーは、よく夜にラーメンを食べながら色々と語ったものだ。ちなみにその時塩派か豚骨派かで喧嘩もした。しょうもない喧嘩だったが、それがひどく楽しかった。
彼は一度やらかして少年院に行ってしまったが、出所後当たり前のように鉄が顔を出したことで未だに交流が続いている。ちなみにイヌピーが少年院にいる間、ココと鉄は個人的に知り合っていた。ココが金絡みで面倒な事態に見舞われている所を鉄が通りがかり、いかにもな男を背後から絞め落としたのが出会いである。目の前の男の喉から「キュッ」と音がした時、ココはアザラシみてえな声だな…と地に崩れ落ちる男を見下ろしてやや現実逃避をしたそうな。そんなこんなで二人集まったらもう一人呼ぶのが当たり前となり、予定が合えば夜のラーメンの旅に出るのが三人の日常となっていた。ここで新たに醤油派が現れてしまったので、その日常には軽い口喧嘩が含まれてもいる。


「十代目の柴大寿は、昨日限りで総長の座を退いた」

「…何となく察してたよ。じゃあ十一代目はイヌピーが?」

「広告塔の大寿がいない今、黒龍は俺たち二人だけだ。な、イヌピー」

「ああ」

「でもその顔つきだとそれだけじゃなさそうだね」


先を促せば、二人は鉄越しに視線を合わせて頷く。そういうアイコンタクトをするなら間に挟むなと思わないでもなかったが、やはり彼女は何も言わなかった。彼らになにか言うだけ無駄なのだ。過去に真顔でじっ…とひたすら見つめられてから、鉄はもう諦めている。


「十一代目黒龍は東卍の傘下に下ろうと思ってる。それで…総長に指名したい奴がいるんだ」

「イヌピー、その人は君が黒龍を預けてもいいと思える人なんだね」

「…喧嘩は強くない、寧ろ弱い。それでも惹かれる何かを持っている…俺はソイツに"初代の面影"を見たんだ」

「これは相当惚れ込んでるやつだ」

「イヌピーはこうって決めたら一直線だからな」

「違いないね」


今度こそ、今度こそ、そう呟いては泥沼に嵌っていく姿を見てきた。イヌピーの理想は遥か遠く、歪んだ形で残すことしかできなかった。それを知っている鉄はもちろん、ココも同じ気持ちだろう。イヌピーが生き生きと先を語る姿はひどく輝いている。


「―その人の、名前は?」

「花垣武道。東卍の壱番隊隊長で、勝てない喧嘩を吹っ掛ける馬鹿だ」


一瞬の沈黙の後、それはいいや、と鉄は過去に数度しかないくらいの大声で笑った。
コイツこんなに表情筋動いたのか…と普通に驚くココと、なんでこんなに笑ってるんだろうと不思議がるイヌピーに挟まれて、彼女は震える肩を収められないまま顔を片手で押さえる。


「ふっ、フフ…イヌピー、私達は本当に目をつける所が一緒だね」

「? どういうことだ」

「タケミチとは前々から知り合いでね…マイキーにも"兄貴と似てる"って言われるくらいだ。
良い人選だと思うよ、私が保証する」

「そうか。それは…安心した」

「というかお前本当に顔広いな…」


武道の馬鹿っぷり(・・・・・)をマイキーから耳が痛くなるほど聞いている鉄は、なんとも愉快なことだと目尻の涙を拭った。ダサくて、泣き虫で、パンチはへなちょこ。それでも度胸だけは一人前で、真っ直ぐな瞳と諦めの悪さが気に入った!そう笑うマイキーは、ここ数年手から取り零していた宝物を拾い集める子供のように瞳を輝かせていた。
鉄も、彼は本当に凄い人だと尊敬の念すら抱いている。彼は自分の為に動かない。人のために動いて、打ちのめされて、それでも諦めないのだ。血のハロウィンでも場地と一虎を助けようと動いていたようだし、今回の黒龍との衝突もそうだ。聞く限り複雑な柴家の問題に首を突っ込んだ無謀さはあるが、状況を打壊する道程を作ったのは武道に他ならないだろう。


「良い子だよ。無鉄砲な所もあるから、イヌピーとココが支えてくれるなら安心できる」

「ああ。
今日、マイキーに話をつけに行く予定だ」

「なるほどね、じゃあ本当に私が一番最初にこの話を聞いた訳だ。ありがとう二人共」

「じゃ、話も終わったことだしメシでも行くか?」

「「行く」」


ココがカコカコと携帯を操作し、付近の店を検索している。朝早くから開いているのは二十四時間営業のファミレスくらいなもので、いつもラーメンを食べている面子からすれば物足りない感じがした。しかし体が空腹を訴えているのも確かで、ここは仕方ないと妥協することにする。さてファミレスに向かうかと三人揃って腰を上げた所で、あっとイヌピーが何かに気が付いた。


「バイク…三人乗りできるか?」

「「……」」


ココの脳内にはトゥクトゥクが思い浮かんだが、目の前にあるのはイヌピーのRZ350(ナナハンキラー)だけだ。イヌピーもココも一七〇センチ以上あるので決して小柄ではないし、鉄も女子の平均より背は高い。三人で顔を見合わせて、誰かが歩くかどうにか三人で座るかという考えに至ったが、誰も歩きたくはない。ということで、無理矢理三人でバイクに跨がることにした。


「一番安全そうだからクロは真ん中な、俺は後ろ」

「俺は普通に運転する」

「ング……背中と胸板に挟まれて苦しいなこれ……」


ドルドルとエンジンをふかし、朝の街へ駆り出す。人も車も居ない道路の真ん中を、彼らは風を浴びながら颯爽と走り抜けていった。
イヌピーの座る面積は少ないし、鉄は二人に圧迫されて苦しいし、ココは後ろに追いやられてバランスが危ない。それぞれが口々に文句を言いながら、誰か歩けよとは誰も言わなかった。何だかんだと団子になるのが好きなのかもしれない、そんな自分たちがどうにも可笑しくて、朝焼けに染まる空へ笑いの滲む声が響く。


「オイッイヌピー!スピード落とせ、俺が落ちてもいいのか!?」

「悪い!この体勢だと細かい調整が難しくてな!!」

「…ひたすら苦しいしあつい……イヌピーもココも意外と筋肉あるね………」

「「何だって!?」」

「なんでもないよ!!」


風がごうごうとうるさくて、会話するにも大声でなければ何も聞こえないのは困りものだ。前後の二人が叫べばその振動が中央の己に及ぶのは当たり前で、粗雑なマッサージを受けている気分になる。しかし自分がこんな年相応に馬鹿をやるのも新鮮で、ファミレスまでの距離が急に伸びたりしないかなと思う所もあった。

なにせ、もうすぐ大きな嵐が来る。

その予感はもう確定する所まで来ていると、鉄は直感で理解していた。そしてその時が来れば、自分はもうこの場所に戻れないであろうことも。
自分を支えるために後ろから回された手に触れ、前に回した手に力を入れる。きっとこれが最後になると思うと、ひどく体が寒さを訴えているような気がした。






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