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二次創作/夢
結・破 ― 死に別れより生き別れ






「英雄(ヒーロー)と侵略者(ヴィラン)は裏返しだ。誰かにとっての救いは誰かにとっての絶望になり得る」

「ああ」

「マイキー、俺、お前のこと好きなんだ。ヒーローなんだよ」

「…うん」

「だから、マイキーの兄貴をヤっちまった時…もう駄目だって思った、俺が全部壊したんだ…っだから全部壊さなきゃって、怖くなって、お前のこと殺さないとって、」

「ちげえよ一虎、俺ら、だ。一人で背負うな」

「っなあ、マイキー、場地もクロも優しいよなあ…!ずっと間違え続けた俺の傍に居てくれるんだ…
俺、やっと向き合える気がするんだ…だからさ、お前は聞きたくないかも知んねえけど、」

「聞く」

「…!」

「聞くよ、一虎。
正直言って、俺はお前を許してねえ。なんでお前が、なんで兄貴がってずっと思ってるし、殺したいと思ってる。でもそんな俺を場地はずっと止めてくれたし、今のお前は…なんか違うように見える。あんな必死こいてるとこ、初めて見たよ」

「…!っあ゛りがとう…!!」

「だからさ、死ぬなよ。こんなくだらねえとこで死ぬな。場地、お前もだぞ!」

「ッハハ、分かってる」


―あの日、血溜まりの中で交わした言葉。

それは今も鮮明に覚えているし、声に出した思いも変わらないままだ。一時は危ない状態を彷徨った二人だったが、驚異の回復力で一命をとりとめた。ナイフで刺されて動き回っていた一虎はもちろん、場地も頭と体の至る箇所を強かに打ち付けており、かなりの重体だったのだ。医者もかなり驚いていて、生きるという強い意志が二人をこの世に繋ぎ止めたんだと思いますと告げられた時、千冬は号泣して病院の廊下に座り込んだという。それを耳にした場地が見舞いに来た千冬と武道へそのことを尋ねると、千冬は顔を真っ赤にしてもうあんなことはゴメンだと騒ぎ立て、横に居た武道は心底良かったと胸を撫で下ろしていた。彼らの応急処置も二人が助かった大きな要因であるのは間違いない。

静かな病室の中で、風に揺れるカーテンがレールを移動しながら軽い音を立てている。穏やかな顔で一虎と場地を見下ろすマイキーを見て、開け放たれた扉の向こうで鉄(くろがね)は強張らせていた肩を下ろす。心配していた事態は今の所起きそうになかった。隣には壁に背を預けるドラケンとエマが居る。三人共、彼らの会話を静かに見守る姿勢を取っていた。


「お前らに言いたいことはたくさんある。けど、まずは…生きてて良かった」

「マイキー…」

「話せよ。お前の言いたいこと、聞きに来た」


マイキーは手にした豪華な花束を一虎の膝元に放り投げ、場地とは反対側のベッドサイドに腰掛ける。ゴクリと乾いた喉を潤すように喉を鳴らした一虎の手に、手が重なった。少し俯いて深く深く呼吸をし、一虎はマイキーと正面から向き合った。黒々とした瞳と視線が重なる。


「マイキー、俺、ずっと間違えてきた。俺は俺がしたことを受け入れたくなくて…目を逸らし続けて、全部敵みたいで、敵は殺さなきゃって思ってた」

「うん」

「でも本当は、心のどっかでずっと違うって気付いてた。耳を塞いでたんだ。
一人で閉じこもって怯えてる俺を引き上げてくれたのは…クロと場地だ」


エマが驚きに吐息を漏らす。ドラケンも鉄が単独で動いていたことをここで初めて知り、少なからず驚いたようだった。当の本人は、三人を見つめたまま動かない。彼女は何も自分が大きなことをしたとは全く思っていなかった。すべて、一虎が選んだ道だ。


「二人がいたから、俺は今、お前にこう言える。

―ゴメン、マイキー。お前に盗んだバイクをプレゼントしようとしたことも、お前の兄貴を殺したことも、全部俺が間違えたせいだ」

「一虎!まだ言ってんのか、俺も同罪だって…!」

「うるせえ!!場地は黙って聞いてろ!!」


たまらず場地が立ち上がって叫ぶが、一虎はそれを一蹴した。これだけは譲れないラインだと、目で場地を制する。


「全ての元凶は俺だ。一生許さなくていい、俺のこと、殺したいって言うなら殺してくれ。
でももし、生きることを許してくれんなら…一つだけ、これだけは許可をくれ」

「…ん」

「償いたい。償うことを許してほしい」


沈黙が部屋を包む。窓から吹き込む風は季節相応のもので、薄手の病院着を身に纏う二人にはこたえる冷たさだろう。マイキーはおもむろに椅子から立ち上がり、二人に背を向けた。


「…俺からも、頼む。一虎と二人で償ってく機会を、俺たちにくれ」


場地もまた一虎に倣い、痛む体を押して深く頭を下げる。カラカラと窓を閉め、マイキーはガラスに額を預けて口を開いた。


「…一虎さぁ、俺のことなんだと思ってんの?殺したい奴に"生きてて良かった"なんて言わねえよ」

「!」


金髪のかかる肩が、微かに震えている。噛み締めたような声音が二人の鼓膜を揺らした。


「兄貴のことがあっても、お前らのこと大切なんだ。タケミっちからお守り受け取って、そのことを思い出した」

「…お守り?」


ごそりとポケットをまさぐって、片手に草臥れた交通安全のお守りを握る。それはいつかの日に場地が託された、東卍結成の信念を籠めたこの世にたった一つのお守りだった。場地が落とし、ドラケンや東卍の危機を救った武道が拾い、マイキーの手に渡されたお守り。そこには何か特別な運命のようなものが感じられてならなかった。
思えば、武道はずっと場地を諦めていなかった。武道が繋いだ縁と言っても過言ではないだろう。だってそのお守りを見なければ、マイキーがあの時の誓いを鮮やかに思い出すことも無かったのだから。

―マイキー君、これ、神社で拾ったんです。
―俺にはこれがなんだか分かんねえッスけど、絶対ェ大事なモンだと思うんで渡します!

今はその場に居ない少年が彼らを繋いでいる。その存在は大きく、掛け替えのないものだと皆理解していた。


「それ…」

「場地。お前、ずっと……これ持ってたんだな」

「、ああ。 俺の宝物だ」


懐かしそうに目を細めて、場地は言う。一虎もまた、小銭を出し合って買ったそのお守りを眩しそうに眺めていた。


「場地、一虎。東卍に戻る気は無いんだな?」

「無いよ」

「俺もだ。ま、俺たち芭流霸羅も抜けたけどな」


ずっと背を向けていたマイキーがゆっくりと振り返る。日に照らされるその目元は、少し赤らんで見えた。清々しさを感じさせる表情で、じゃあこれだけは守れと、明るい声を出す。


「東卍じゃなくてもお前らは俺のダチ(・・・・・・・・・・・・・・・・)なんだから、俺のモン!だから、勝手に死ぬなよ!

特に一虎、俺は、お前のこと許したいって思ってる。時間はかかるけど、お前のこと、嫌いじゃねえから」

「っ…ハハ、何だそれ。ハハハ!、……」

「無茶苦茶な奴だな、相変わらずよォ」


泣きながら笑って、笑いながら泣く。そんな三人にかつての姿を見たような気がして、ドラケンは思わず顔を覆う。苦しい時間を過ごしてきたけれど、少しずつ前に進める。進もうと皆前を向いている。良かった、そう彼が呟いた隣で、エマもまた涙ぐんでいた。ドラケンの垂らされた大きな手に縋るように、緩く握る。それに応えて、彼もまた小さな手を柔く、けれど力強く握り締めた。
それを横目で見てから、鉄は笑い合う三人を見る。ああ、本当に美しい光景だなと思う。

―願わくば、友よ。愛した人よ。ずっと笑っていてくれ、前を向いていてくれ。






*






武道は、見舞いに行った帰り道でお気に入りの土手に寄り道をした。
場地も一虎も、無事で本当に良かったと思っている。しかし、マイキーに一虎を殺させないという目的自体は達成されたが、稀咲が手柄を挙げて東卍の中で株を上げたという事実は変わらないままだ。悩みの種は尽きない。

加えて、武道の頭をひどく悩ませている問題がもう一つあった。一虎はおろか、場地すらも東卍に戻る気は無いというのだ。それに加えて、病室で二人に落とされた爆弾があまりにも大きかった。


「ええっ!?場地君も一虎君も東卍に戻らないんスか!?」

「ったりめーだろ。俺は東卍を裏切ってんだぜ?何で戻れると思ったんだタケミチィ」

「でも場地さんが居ないと、壱番隊って言えねえっすよ!」


必死に言い募る千冬にも、ベッドに横たわる場地はもう決めたことだと返す。隣のベッドで体を起こしている一虎も、今更どの面下げて行けると思ったんだ?と呆れた顔をしていた。その耳元では丸い形の鈴が付いたピアスが揺れている。


「そもそも俺らはさあ、芭流霸羅として東卍の奴らブチのめしまくってるわけ。普通に考えて無理だろ」

「一虎君には聞いてねーっす」

「は?」

「あ?」

「ケンカすんな馬鹿」


メンチを切り合う二人を一喝した場地は、ハアとため息をつく。千冬怖…と引いている武道に目をやり、じゃあ壱番隊はどうするんスか!と騒ぐ千冬にコイツが居るだろ、と指差し言ってのけた。


「は?俺!?」

「千冬ゥ、お前だって分かってんだろ。俺はもう壱番隊隊長にはならねえし、なれねえ。隊長が空席の今、それをどうするかは副隊長のお前が決めなきゃならねえことだ」

「場地さん…」

「心は決まってるはずだ。マイキーにも話つけるつもりなんだろ」

「、はい」

「え、!?どういうことですか!?」


一人だけ話についていけない武道は、オロオロと場地から千冬へ視線を移す。一虎は見舞いの果物を食べていて助けてくれそうになかった。佇まいを直し、腕を後ろで組んだ千冬はいつになく真剣な表情で武道に向き合う。それが今の話が嘘ではないことを証明していて、益々混乱に拍車が掛かった。


「タケミっち、俺、場地さんあっての壱番隊だってずっと思ってる。でも場地さんはもう隊長じゃねえ」

「千冬…」

「本来なら俺が隊長に上がるのが順当だと思う。でも、俺には荷が重い…じゃあどうするかって散々考えたよ
誰かを指名するとしたら ―付いていきたいと思える奴は、お前だ!花垣武道!!」

「、!!」

「次の集会、俺はお前を壱番隊隊長に任命する」


呆然として、それでもこみ上げるものがあって、武道の目には溢れんばかりの涙が浮かぶ。静かに耳を傾けていた場地もニッと笑い、お前なら任せられる、と言った。


「変なこと言うけどよ、お前真一郎君にどこか似てんだワ。マイキーが気に入んのも分かる。
それに、お前には度胸がある!見てた限りじゃあ腕っぷしは弱そうだけど、そんなとこもそっくりだ」

「場地ぐん…っ」

「お前になら、任せられる。
―マイキーを、東卍を頼んだ」

「…っ、ハイ!!!俺、やってみせます!!!絶対に…!!!!」


涙も鼻水も、顔から流せるものは全部流した顔で言うものだから、その汚さに目の前の三人は笑った。笑いながらも口々に任せたと言われることの、なんと嬉しいことか。
騒がしいと看護師さんに怒られてしまったので、千冬と武道は病室を慌ただしく後にし帰路についた。千冬は早速マイキーと話しに行くようで、病院前で別れる。どこか一人で考えられる場所が欲しかった武道は、お気に入りの土手に座り込んで先程のことを思い返していたという訳である。

ピロピロピロ、と腰の辺りから着信音が鳴り響く。誰だろうと携帯を手に取れば、そこにはついさっき番号を交換したばかりの一虎の名前が表示されていた。


「もしもし!一虎君ですか?」

<おー、タケミチ。今いい?周り誰もいねえよな>


病院で電話していいんすか、と尋ねるとバーカ公衆電話に決まってんだろ、ビョーインには備え付けのがあんだよと一虎は言う。確かに彼の声の向こうでは患者の呼び出し音が響いていた。


「まあ俺は誰とも一緒にいないんで、大丈夫ですけど…」

<ならいい。あの日あったこと、お前には伝えねえとなって場地と話してたんだ。千冬に話すかどうかはお前に任せる。 …稀咲のことだ>

「!!」


ドクン、と心臓が大きく脈打つ。


「稀咲が…どうしたっていうんですか」

<場地から聞いてる、お前だけは最初っから稀咲のこと疑ってかかってたってな。東卍のメンバーでもねえのに>

「一虎君…」

<場地が稀咲を狙ってた理由とかはもう聞いてるよな?俺もその作戦に乗った。あの時、俺は場地が通る道を作るためにマイキーを追い詰めるように見せて、稀咲を誘き寄せた。問題はその後だ>


携帯が熱を持っているのか、それともカラダが熱いのか、耳に触れている箇所が異様に熱く感じる。米神から汗が流れるのを感じた。


<稀咲に場地が殴りかかった時点で俺に電話してきた奴がいる。"場地は裏切り者だ"ってな。気に食わねえなら軽く刺して転がしとけ、とも言われた。
電話してきたのは半間だ。あの野郎は稀咲と繋がってる、タイミング的に間違いねえ>

「そんな…!一虎君はなんて返したんスか?」

<バーカ、決まってんだろ。"裏切り者は二人だ"って返した>

「ええっ!?手の内晒してるじゃないですか!」

<そ。んで俺は裏切りがバレて、稀咲に始末されそうになった。だから刺されたんだよ。まあその相手もすぐノしたけどな>


ひどい綱渡りをしていたのだと本人から申告されて、武道はいよいよ背筋が冷たくなる。ギャンブルが過ぎないかこの人、と一虎にある意味の恐怖を覚えた瞬間だった。と、そこで武道はハッともっと恐ろしいことに気が付く。遠回りでも人に手をかけることに抵抗がないのなら、もしかして、と。


「まさか…あの時稀咲が一虎君を突き落としたの、場地君ごと始末しようとしたからなんじゃ…!?」

<…さあな、そこは分かんねえ。でも自分で手を下すタイプじゃねえってのは何となく分かるから、あん時はアイツも焦ってたんじゃない?>

「そうっスか…」

<タケミチ、稀咲はこれからもっと存在感を増して、東卍を乗っ取ろうとしてくると俺たちは予想してる。だから提案だ。
俺と場地は外から稀咲を探る。お前は内側から稀咲のこと調べてくれ>

「…!勿論です、稀咲に東卍をいいようにさせてやるつもりなんかねえ…!」

<取り引き成立だな。 お互い念には念を入れて、できるだけ電話入れるようにしようぜ。文字に残すと足がつくかもしれねえし>

「分かりました。
…あの、一虎君、一つ聞いていいッスか」

<何?>

「マイキー君は、一虎君が何で刺されたか…知ってますか?」


電話の向こうで、身動ぎする音が聞こえる。少しの間を空けてから、一虎はマイキーは何も知らねえよと返した。


<マイキーも稀咲がやべえ奴だって薄々気付いてる筈だ。でも、東卍の総長だから役に立つ奴は手放せない…俺も場地も、それが分かってるから今回のことは何も伝えてない。稀咲のことを追放したいなら、もっとちゃんと証拠が必要だ>

「、そうだったんですね。ありがとうございます一虎君」

<いいよ、俺も言うの忘れてたし>

「じゃあ、また連絡します」

<おー、俺に連絡付かなかったら場地に電話入れて。じゃあ>


プツリと武道の返事を待たずに電話を切ると、一虎は屋上に備え付けられたベンチの背もたれに反るような体勢で凭れ掛かる。見上げた空には薄い雲が漂っていた。マイキー達が病室に来た日、帰り際にマイキーが落とした質問にははぐらかした答えしか返していない。

―一虎、お前を刺した奴は誰だ?

―何だよ、東卍の奴じゃないかって?心配しなくても芭流霸羅の奴だよ、俺恨み買ってたみたいだし

―…そっか。そんならいいや

少しだけ寂しそうな、怒ったような顔をしたその瞬間を一虎はよく覚えている。怒ったということは、自分のことを心配してくれている証だ。嬉しくなったなんて、口が裂けても言えないだろう。鉄がくれたピアスに何となく触れると、鈴が軽やかな音を立てた。

あ!と大きな声を出して、一虎は体を跳ね起こす。大事なことをもう一つ伝え忘れていた、と慌てて携帯を手に取り、一番上の番号に再び電話をかけ始めた。


「あ、もしもし?伝え忘れたんだけどさ、もし他のチームとかのこと知りたくなったらクロに聞いて。クロならどこにも所属してねえし、俺たちの事情も知ってっからさ!え?クロって誰か?お前何回も会ってんだろ、瀬尾鉄だよ、鉄!
"せっちんさん"?なんだよダセェ呼び方だな!クロって呼んどけ!」







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