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二次創作/夢
土龍は欠伸で嵐生むT






司のコールドスリープから少し後。
石化の謎を探るべく、新・科学王国の人々は大海原へ乗り出すことを決めた。帆船造りが進む中、航海の為に千空曰く「航海力100億の神腕船長」が必要とのことから、同時並行で人材探しをしている。南の薦めで海洋系学校の七海学園跡地へと向かった一行は、またしても新しい風を連れて帰ってきた。


「ハッハー!当たるぞ船乗りのカンは!!」


春の嵐到来を見事に言い当てた男の名を、七海龍水という。
彼が来てからというもの、王国はより活気を増した。通貨(ドラゴ)が生まれ、それに伴い屋台などの商売が始まり、気球作成の過程で様々な衣服が売り出されている。その衣服で行われたファッションショーは盛況に終わったそうだ。寿々根も杠に無理やり着替えさせられたが、あまりに早業過ぎて抵抗する間もなかった。

そんなことをぼんやり思い返していると、聞いてんのか?と気怠そうな声で咎められる。ハアと息を吐いて逸らしていた顔を戻すと、真剣な顔の男二人が座っていた。千空と龍水である。なんなら後ろに苦笑いの羽京も控えていた。逃がす気が全く無い布陣である。


「で?そろそろテメーの得意分野とやらを教えてもらおうじゃねえか。
暫く様子見してても特に非の打ち所がない位には各場所で活躍してるようだがな」

「ホウ、それは良いな!欲しい!!」

「いやすごい圧だなこの人達…」

「ハハ、僕もそう思う」


背後から同意の言葉を貰っても、全く嬉しくない。助けてくれる気がなさそうだからだ。思わず虚ろな目になってしまうが、忙しいのを良い事にだんまりを決め込んできたツケが来たかな、とやや諦めもある。


「そもそも司帝国じゃなくなったんだから手の内隠す必要ないだろ」

「求められなかったから私も応えなかった、それだけだよ」

「なるほどな。でも今は人手が足りねえ、一番効率の良い適材適所の采配がしたい。
聞いた話じゃ、自力で復活したってことだろ?まずは3700年、何を考えてたか言いやがれ」


千空の説では、意識を飛ばすことなく思考をし続けた者はそこでエネルギーを消費し、石の腐食を促進させる事で、自力復活も可能であるという。しかし、千空の復活には奇跡の洞窟近くに居たという幸運が大きく関係している可能性もあるそうだ。だからこそ、寿々根がどのように石化を破ったのか、そこに興味があるのだろう。正直に全て答えると長くなりそうなので、掻い摘んで話すことにした。


「フィールドワークについて思い起こしてた。
で、その訪れた遺跡から得た情報を基に遊牧民の移動経路についての既存説が正しいかどうかを改めて検証したり、あとはアレクサンドロス大王の足跡(そくせき)を辿った時地元の過激派宗教団体に追われて逃げた時のことを思い出したり、高山地帯での暮らしの調査で現地に二ヶ月住んだ時、現在の生態と過去の生態にどれだけの変化があるのか、それに環境の変化は関係あるのか、そして食のレパートリーはどれほどなのか、自分が纏めた論文の内容を頭の中で諳(そら)んじてもいた。あああと、カリブ海から古代の物を再現した船で中南米に渡った時も」

「アーーー分かった、もういい。これ以上は長くなる」

「そう?でも一つ言うと、こういう事しか考えてないから何も参考にはならないよ。私も恐らく外的要因で自力復活のきっかけを得たんだと思う。例えば奇跡の洞窟近くに居た時期もあった、とかね」

「なるほど、地殻変動で一箇所に長いこと留まることはありえねえ。発見された場所は?」

「洞窟から…そうだな、離れてても5~10キロってとこかな」

「なら十分仮説としてはアリだ。立証は出来ねえけどな」

「地質学者なら或いはって話だけど、今はそこを追求すべき時ではないしね」


羽京と龍水は、ポカンと二人の会話を見守るしか無かった。突然長話が始まったかと思えば、石化解除の仮説まで話が移り変わっている。3700年、意識を保ち続けた者同士通じるものがあるのだろうか?しかし語られた内容から把握できるのは、精通する分野が千空と真逆を行くという事だった。パシィン!!と指を鳴らした龍水は、またしても高笑いをする。


「寿々根、貴様もしや…国や時代毎に限定をしない歴史学者だな?」

「限定の無い歴史学者…?」

「専門分野の無い歴史学者(・・・・・・・・・・・)ってこった」


やはり育ちが良いからか、立てられた人差し指と中指は寿々根を差すことなくやや斜め上を向いていた。首を傾げた羽京に補足した千空を見てから、寿々根はその指摘にニコリと微笑む。


「大学生だったからね、正しくは歴史学者の卵って所かな。まあ割と自由にやらせては貰ってたよ。
今や歴史は縦ではなく横の繋がりが重視されているんだから、国や事件だけを研究するのは真の研究者ではないと思ってる。農政史、地理史、出版史、経済史、社会史、文化人類史、経済史、民俗史、音楽史…全て網羅してこそってね」

「クク…大きく出たじゃねえか」

「歴史は繰り返す。故に歴史を軽んじ、先の例に学ぼうとしないのは悪手だ。学べば、知りさえすれば避けられたものだからね。どの分野でも言えることだよ
まあただ−…」


そこで口を閉ざしたものだから、そこに居た男達の視線が集まる。目に飛び込んできた寿々根の表情があまりに恍惚としており、彼らは思わず息を止めた。


「全てが知りたい。私の行動原理は只一つ、これだけ」


とんだ化け物が隠れていやがったな、と千空は内心冷や汗をかく。
確かに理系文系という垣根はあるが、それも大衆が作った分類にすぎない。枠から外れた研究をしてきたからこそ各分野に精通しており、そしてそれら全てを頭の中に収納し、実践にも役立てられる。その結果各作業場で一定以上の成果を残していたという訳だ。やっと合点がいったぜ、と口端が上がる。


「良いじゃねえか。特に何でもできる奴ほどな…
よし決めた!寿々根!テメーは参加できる所全て参加しろ!!聞いた限りじゃあできない事のほうが少なそうだ」

「いやそれだと今までと変わらないんじゃ…」

「だからこそ優先順位を付ける。まずは気球に乗れ」

「…それは良いけど、龍水が焦れてると聞いた食糧事情は早めに解決した方がいい」

「良いことを言うではないか!!流石美女は目の付け所が違うな!!!」

「うるさ」

「!!」

「寿々根…龍水のこと嫌いなの…?」


嫌いなのではなく、突如響く爆音に驚くといった方が正しいが、龍水が地味にショックを受けているのが面白いので羽京の言葉は否定しないでおいた。まあ冗談はさておき。


「王国の人は今や百人超え、狩猟採集では限界があることは自覚済みでは?実りの季節を越えたら目も当てられなくなる…だから農耕へと人々は移行した。採って食べる、から育てて食べる、これにより集落が巨大化しても人々は生きていける。過去からの学びだよ」

「フゥン、それは道理だな」

「で、探すなら"日本版肥沃な三日月地帯(・・・・・・・・・・・)"。
湿潤な気候は日本だからクリア、多植物が生息している、草食動物が生息している、川と川の間、大まかに言えばそういう場所。気球で探すのは相良油田だったね?静岡には農林系の技術研究所があったはず、そこから何か穀物の種でも風で流れて野生化してれば或いは…あとは茶葉の生産地だからそれも採ってくるとして、それは発酵の方法を変えて緑茶や紅茶といった嗜好品として楽しむ事ができるはず……」

「いや細かいな」

「なんで研究所の場所まで把握してんだコイツ」

「わあ…」

「………まあとりあえず、行くか」


一部から引いたような声が上がったが、有益な情報であることには変わりない。そう判じた千空の号令で皆がぞろぞろと部屋から出ていく。千空の背に続こうとして、大事な事を伝え忘れたのに気が付いた寿々根は、彼の耳元に言い残すことにした。


「千空、もっと人が増えてきた時こそ私は役立つと思う。今こそ役に立たないだろうが、人を動かす時こそ私の本領発揮ということさ。
その時は上手く私を使ってくれ」


突然背後から囁かれた千空は、ビクリと肩を震わせる。が、その言葉の内容を聞いて不敵に口元を歪ませた。


「ア"ァ、期待しとく」


ちなみにこの時かっこよく決めた千空だったが、脳内ではいい匂いしたな…と近くで香ったそれに思いを馳せていた。恋愛は不合理の極みと切って捨てる男だが、それなりに気になるものは気になる。寿々根の体臭をいい匂いと感じたのなら、遺伝子情報が遠くてより良い種を生み出すには持ってこいだなーとまで考えていた事は割愛すべきだろう。あまりにも浪漫がない男の典型例である。






*






さて、いよいよ気球による油田探索。石神村に辿り着いた一行は、そこから静岡方面へと空と陸から足を伸ばすこととなった。
気球には千空と龍水、コハクが乗り、下から羽京とクロム、寿々根が進んでいく。寿々根はフィールドワークを盛んにしていた経験から陸グループとなったが、随時コハクと交代して地形の把握をすることにもなっている。いよいよ働きに働かされるのをひしひしと感じ、この野郎と思わないでもない。ただ、今自分ができるのは地道な事だけである。研究の為に踏破した地は数しれず、開拓のようなものは初めて行うが、楽しんでやろうと村を出発した。


「寿々根、脚は痛くない?」

「私は研究のためにヒマラヤ付近の高山帯を縦横無尽に歩いてたこともある。意外と体力には自信があるよ」

「おー、確かに無駄のねえ筋肉付いてるもんな!」


見た目は嫋やかな寿々根を心配した羽京は、歩いた距離が長くなってきた頃に一つ声を掛ける。しかし思ったよりもかなりタフだったようで、実際にはそこまで疲労した様子もない。要らない心配だったな、と羽京が苦笑いしていると、クロムが寿々根の脚にうっすらと浮き上がる筋肉を見てコハクのようだ、と笑った。それを聴いた羽京はドキリと肩を強張らせる。彼女との衝撃の出会いを思い出したからだ。確かに靭(しな)やかで発達した綺麗な身体だった…と思わず記憶が蘇ってきた所で、それを慌てて打ち消す。何やら頭を振る羽京を見て、クロムと寿々根は頭を傾げた。
見られていることに気が付いた羽京が笑って誤魔化そうとすると、草木をかき分ける何か(・・)の音を聞き付けた。同じ頃、気球から龍水も群れで動く生き物を確認していた−ヤギの群れだ。


「野生化したんだね」

「群れが居る−ということは、だ。クロム、通信を」

「おう!」


気球の千空に繋ぎ、寿々根は心無し踊る気分を隠さないまま告げた。


「千空、ヤギが群れで生活できる程肥えた土地だ。後はティグリス川とユーフラテス川かな」

「バーカ、ここを何処だと思ってやがる?富士山のお膝元だぞ、山がありゃ川なんぞ腐るほどあるわ」

「失敬、分かってるのなら問題は無い。後はヤギの足跡でも辿ればおいおい見つかるよ、穀物はね」

「ひとまず仕留めたヤギは血抜きしてから村に戻んぞ」

「OK、今日は久々の肉だね」






*






「小麦…!!!!」


海沿いを歩き海岸線の測定をしていた所、気球に居たコハクの目が金色に輝く猫じゃらし(・・・・・・・・・・)を捉える。そこへ陸を移動していた三人が向かうと、自生している小麦が辺り一面に広がっていた。


「小麦は潮風にも強いからね。沿岸部とはいえ一つの文明を成り立たせたくらいにはタフな植物だよ。ここで育てるのは土壌の塩分濃度が上がって塩害の可能性があるから、どこか違う場所で始める必要があるだろうけど…
農耕の始まりだ」


興奮に頬が染まるのを感じる。かつての歴史を己の手でなぞり書きするように自分が歩んでいる事を、深く強く実感したためだ。いつになく瞳を輝かせた寿々根は、傍目から見てもひどく楽しそうである。横に居た羽京はその様を眺め、帝国で息を潜めていた時とは打って変わって生き生きしている所が可愛いなあ、と頬を緩めた。

それからほどなくして、小麦栽培が始まった。
早速大樹を筆頭に、力自慢たちを集めて関東平野の一角を耕し始める。栽培をするに当たり、寿々根は長い目で収穫を得られるよう指南書を作成した。その指南書を元に実施された青空教室は、幅広い人々へ知識を伝播させるべく大人から子供まで声を掛けている。


「重要なのは、小麦は一粒から八十粒の収穫を得ることも可能なほど、多くの人を支えるのにはもってこいの植物。でも土の中にある養分を大量に必要ともするから、連続して同じ土地で栽培するのはオススメできない」

「じゃあどうするんだよ?小麦を育て終わったらまた暫くお魚生活?」

「いいや、それは効率が悪い。小麦収穫後は土の回復期間として違う作物を植えるのが理想。まあ、それはまた候補が見つかってからにはなるけど
ひとまずパワーチームにまた新しく土地開拓をしてもらおうか」

「じゃあスイカもお手伝いするんだよ!」


腰の下あたりでスイカの被り物がぴょこりと跳ねる。それを宥めるように撫でて、頼もしい王国民だこと、と笑った。人が育つ様は見ていて気持ちがいいし、素直で好奇心旺盛な子供は可愛い。
ちなみにこの青空教室がきっかけで、後に王国内では簡易版学校が作られる。そこで教師を勤めることになるとは、この時の寿々根はまだ想像していなかった。

さて、ある程度小麦を手に入れられたら早速保存食作りをしなければならない。その行程は実際に船に乗る筆頭二人(千空と龍水)に任せようと、寿々根は参加しなかった。その二人ならまあ上手くいくのではないかなとのんびり考え、石油探索へ出掛けたのである。ところが探索から戻ってくると、ガッチリと彼らに腕を掴まれて野外厨房に連れてこられた。そこで非情な現実を目にすることとなる。


「………これは…………炭…?」

「おお寿々根!!香ばしくて中々美味いじゃないか!素晴らしいなパンとやらは!」

「素敵な香り!!」

「うめぇえ!!!」


大喜びしているのは石神村の面々だけで、現代人は地に伏せている。いつも柔和な表情の羽京ですら顔を歪めに歪めまくっていたのだから、味は言わずもがなである。なんせ、目の前にあるのは黒々とした物体で、匂いだけは香ばしい固く重たい塊だ。どう考えても食べ物ではない。恐るべきはそれをバリバリガリガリと巨大ハムスターの如く食べ進めるコハクだったが、寿々根はそれを見ないフリをした。


「使ったのは小麦と塩と水?発酵は?」

「色々試してみたが上手く行かなかった…!これは食えた物では無い!!」

「何を言う龍水!美味しいじゃないか!!」

「クク…料理は科学と言うが中々難関じゃねえか……オェェ」

「とりあえず水飲んで千空」

「…発酵の部分ならどうにかなるかも。これ使っていい?」

「どうするつもりだ?」

「こうする」


羽京に背を擦られている千空から許可を取り付け、炭を持ち上げて台に叩きつけて粉々にする。内側も固いが、ややパンらしき部分は辛うじて残っていた。そこを更に砕き、隣の火で沸かしたお湯に投入、粉と化した炭を溶いていく。


「何を作ってるんだ、これは」

「これは古代メソポタミアで庶民が飲んでたビール…"シカル"って名前。当時の固いパン、バッピルって言うんだけど、それを焼いた後に砕いてお湯で溶けば出来る、簡単なお酒だよ
これを置いておけば自然に発酵するから、アルコールは弱くてもパンを発酵させる救けにはなるはず」

「ほう!博識だな、これでどのようなパンが完成する!?」


パンに並々ならぬ情熱を注ぐ男・龍水が身を乗り出して寿々根の手元の灰色の液体を眺める。視界の大半を埋めるキャプテンハットが邪魔だったのでそれをグイと押し退け、急かすんじゃない!と一言ピシャリと彼に叩き付けた。


「龍水、これは少なくとも明日まで待たなきゃならないからね。で、私ではお望みの完璧な保存食は作れない」

「フゥン…要するにプロのシェフを叩き起こさねばならん!そういう事だな!」

「うん、頼むよ」


そして間もなくフランソワという龍水お抱えの執事が姿を現し、現代と遜色ないパンを完成させる。石神村の面々も加わってその美味しさから感涙にむせぶ中、寿々根はフランソワとパンの歴史と航海中の食料事情について花を咲かせたのであった。








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