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二次創作/夢
土龍は微睡みの中T









ジャリ、と石片が足元で砕ける音がする。

足の裏が傷付かないよう、分厚い布で縫製された靴を杠に作ってもらっておいて正解だったと、3700年前に記者をしていた女−北東西南は胸を撫で下ろした。
北東西は、心酔する我らがリーダー−獅子王司の指示を受け、復活者選定の優先順位付けを一手に担っている。彼女が司を伴って山肌に転がる石像を見て回っているのは、体力や戦闘力に優れた者を多く集める為だった。司は、この石に塗れた世界を汚れなき楽園だと称する。既得権益を翳して威張る大人ではなく、純粋な若者で世界を満たそう、そう言って彼は今日も仲間を求めて歩く。俯くことなく前を見て進む姿に、南は眩しさを覚えた。自分とは違う強い人、この人に付いていけば間違いはないと、そう思えたのだ。だからこそ、自分の情報が役に立つなら幾らでも差し出してみせる。


「何度か来ているけど、この辺りにはもう目ぼしい人は居なさそうだね。行こうか」

「あ、待って司さん!」


司は背も大きければ歩幅も大きい。南も女性の平均身長より大きいとはいえ、スタスタと先を行く男に付いていくのは一苦労だ。大きな背に追いつこうと心なし駆け足になった時、ふと茂みの奥に見覚えのある顔が覗いた。南は彼女を知っている(・・・・・・・・・・)。

その人物は、ある界隈では非常に有名だった。南自身あまり取材した事のない分野で研究をする人だったが、学会に取材で顔を出すと居合わせた人の口からよく聞く名だったのである。何かの役に立つかと思って彼女は司に進言したが、詳細を聞いた彼は静かに首を振ってその人物を復活の対象から外した。
若く才能のある有識者という部分に当てはまりはするのに、何が引っ掛かたのだろう?そうは思いつつも、司の決めた事に否やは無い。そういった経緯があって、石となった彼女は発見されてから優に一ヶ月はそのまま放置されていた。

いつ見たって、自力で復活することは有り得ない。だからこそ動く筈がない。それなのに、南には不思議な予感があった。石に覆われた瞳と目が合った気がして、ふいと逸らす。気のせい気のせい、そう唱えて足早に慕う人を追い掛けた。






*






何度も意識が浮かんでは沈んで、その度にまた思考を巡らせる。
思い起こすのは己が足で踏み入れた過去の栄光を地下に眠らせる遺跡たちだった。かつて人が営みを行っていた場所、その詳細を知る為にひたすらに汗をかいて土を掘り起こしてがむしゃらだった日々。これ以上なく幸せで満ち足りた時間だったことを、例えどれだけ時を重ねても忘れることは無いと、彼女には絶対の自信があった。草木の青い匂い、日差しの明るさ、土のふくよかな薫り、全てを覚えている。叶うことなら今一度、スウと大きく息を吸って−…


「、?」


−息が出来る!

そこで彼女は、どこからか鳴る罅割れの音に気が付いた。匂いも、光も、温度も、自分の鼓動さえも感じられなかったというのに、これは一体どうしたというのだろう。ぱしぱしとまばたきをして目に飛び込んできたのは、生命に溢れた緑に囲まれた己と、動く度に剥がれ落ちる石片たちだった。過酷なロードワークを熟して疲労困憊だった時に比べれば、羽根が生えたかのように不思議と身体が軽やかである。
さてここは何処だろう、こんな緑豊かな場所に発掘調査になんて来ただろうか?そう思って一歩を踏み出せば、足の裏にサワリと柔らかな草の感触がした。動けなくなった時に靴を履いていた筈では?と見下ろせば、靴どころか何も身に着けていない。見事なまでにすっぽんぽんだった。これには本当に驚いて、ぽかりと口が開く。


「私は−いつの間にか裸族になっていたんだろうか…」


深刻な響きで漏らされたそれは、木々のざわめきに消えた。かつてはこんなとぼけた発言にぴしりと突っ込んでくれる友人がいたものだが、近くには影形もない。あるのはいくつかの石像と辺りに散らばる石片だけだ。
理解し難い現状に暫くぼうと突っ立っていたが、そうしていても何も始まらない。ひとまず片耳で僅かに捉えた水の流れる音がする方へ行ってみようと、裸足のまま一歩を踏み出した。






*






キリキリと弓を引き、狙いを定めて手を離す。パッと勢いよく放たれたそれは、鹿の太股近くを正確に捉えていた。地に打ち付けられた体は激しく藻掻いて逃げようとするが、それも難しそうだ。一発で仕留められたことを耳と目で確認してから、男−西園寺羽京は構えを解いた。


「ふう、今日は肉にありつけそうだな」


弱々しく暴れる鹿を持参していた縄で縛り、拠点まで吊るして持っていくために手頃な棒が無いか辺りを見回す。いまいち良さげな物が見付からなかったため、斜面にある低変木の下も覗いてみようと腰を曲げた時、羽京の耳はいつもと違う音を拾った。風の音、木々の葉が擦れる音、せせらぎの音、水に逆らう音。

ハッと顔を上げて、川の方向に目をやる。今のは確かに、人かそれ以外が水の中に居ることを示している音だった。人だろうか?いや、それは有り得ない。羽京が属する司帝国では、不慮の事態を防ぐ為に遠出をする際は申告が義務付けられている。今日己がいる方面に遠出をすると申し出ていたのは、自分一人だけだと彼はしっかり把握していた。だとすると、考えられるのは大型の獣ではなかろうか?
そこに思い至って、羽京の背に冷や汗が伝う。応援を呼ぼうにも拠点までは多少なりとも距離がある上、鹿の血の臭いを嗅ぎ付けて相手が近寄ってくる可能性の方が高い。川までは幾ばくもないのだ。いくら弓の腕に自身があるからと言って、熊のような獣に太刀打ちできるのだろうか?


「今ならアドバンテージがある…なら、行くしかないか」


己の存在を認識されてない今こそ、先手を打てるはず。
そう覚悟を決め、羽京は低い姿勢を保ったまま川の方へじりじりと距離を詰めていく。ある程度川を視認できるほどまで近付いてから、彼はあれと首を傾げた。水を蹴る音が軽いのだ。それこそ熊であればもっと大きく耳に残る音を出す筈だ。想定していたよりも小さな獲物かもしれないな、と身を潜めた藪から顔を覗かせて−彼は思わず手にしていた弓を取り落とした。考えだにしなかった光景が目の前に広がっていたからだ。


「っ、!?」

「あ」


そこに居たのは熊でも小型の獣でもなく、一糸纏わぬ姿のれっきとした人間だった。しかも、ふくよかな膨らみを2つ持つ女性の、である。
肩より少し長い髪はぺたりと肩甲骨にはりつき、そこから水滴が腰のカーブに沿って転がり落ちていく。目を見開く羽京同様、裸を目撃された彼女もその瞳を驚きに染めて固まっていた。光を受けて輝く瞳は、青のようにもグレーのようにも見える、不思議な色合いの宝石が嵌め込まれたようだなあ、と状況を理解しきれない頭でぼんやり考える。

復活者には圧倒的に男性が多いが、女性の復活者もいる。彼女たちは3700年前と比べればかなり露出の多い服装をしていたが、流石に全裸など目にしたことはない。勿論見ようものなら意外と容赦のない女性陣に目を潰されるに違いないが。交際経験はあるが、それにしたって見知らぬ女性の裸をまじまじと眺めて良い筈もない。

そこでようやく我に返り、慌ててキャスケットのつばを目元まで引き下ろした羽京は、川で水浴びをしている女性に背を向けて声を上げた。


「もっ、申し訳ない!気配がしたから熊か何かかと思ったんだ!」

「あ、ああ…私も不用心に水浴びをしていたからお互い様なんじゃないかな…?」


背中越しに聴こえた声は、女性にしては低めの声をしている。特に怒っているような印象は受けなかったので、まずは良かったと彼は胸を撫で下ろした。女性の怒りは怖いのである。


「あー…僕は西園寺羽京。羽京って呼んでくれ。君は?どうしてここに?」

「…私は寿々根(スズネ)。寿々根って呼んでほしい。目が覚めたら素っ裸だったし、欠片がいっぱい体についてたから水浴びしにきたわけ」


なるほど、大変だったねと首肯を返しつつ、羽京は内心驚きを隠せなかった。司から聞いたことはあったが、本当に誰の手助けもなく復活する人が居たとは!何が要因で自力復活を遂げるのか、その原理を彼は知らない。恐らくだが、司の様子を見るに我らがリーダーも知り得ないことなのだろう。故に、突如現れた寿々根は未知の塊だった。
軽く言葉を交わした相手が黙り込んでしまったのを見て、寿々根は静かに胸元まで水に浸かる。どうもお互い知りたいことは沢山あるようだし、まずは目先の問題から解決しないと。そう思って、彼女は考え込む羽京の背に声を掛けた。


「羽京、もし良かったら着るものが欲しいのだけど」

「…あっ!そ、そうだったねごめん!!」


寿々根から窺うようにそう言われ、羽京は彼女がずっと裸のまま行動していたと改めて認識する。何者かはさておき、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。この世界では昔はただの風邪と一笑に付していたものでも、まさに文字通り命取りとなってしまうのだ。
あわあわと肩に掛けていた大判の布を取り、持参していた縄の余りを揃える。簡易で申し訳ないが、これなら女性一人分の衣服もどきにはなるだろう。

川を背にゆっくりと近付き、手にしたそれを大きめの石の上に置く。着替えたら声を掛けてくれと言い残し、返事を待たないまま羽京は結構な勢いで藪の中に突っ込んだ。裸を見てしまった上に、警戒する対象とはいえスマートに女性を助けることもできない己が恥ずかしくなったのだ。何より、寿々根は整った顔をしていた。美女に弱いのは男の性なのである。そんなこんなで、羽京は藪の中で情けない自分を呪った。そんな彼を見送った寿々根はといえば、謎の慌てっぷりから尿意でも我慢してたのかなと失礼な誤解をしていたが、羽京は知る由もないのである。

余談だが、川から上がって水気を飛ばし、布を体に巻き付ける寿々根の一挙一動は羽京の耳に余すことなく入っていた。耳が良すぎるのも考えモノだよ、と分かり切ったことを彼は後に語ったという。






*






「さて、お待たせしてごめんね。羽京さえ良ければ、色々聞かせてもらってもいいかな」

「いや、こちらこそ何と言うか…」

「?」


ぐるぐると布を体に巻き、腰で縄を縛ってから余った部分を垂らせば、なんの変哲もない大判の布でもまるで誂えたかのように目に映る。着る側の素材が良ければそれなりに見えるのだなあ、と羽京は感心の息を吐いた。石に腰掛けた寿々根を一瞥したものの、先程の気不味さが拭えないままなので力んだままスウと目を逸らす。そんな羽京の様子を見て、彼女は得心がいったようにああ、と声を上げた。


「さっきのことなら、此方はそんなに気にしていないよ。私は不注意な行動だったし、羽京は警戒した結果だ。それに君ほどイイ男なら見慣れたものだったろう?」

「…軽々しく自分を売るような発言はしない方が良い」


おどけて肩を竦め、前に腰を下ろした男にウインクを落とす。寿々根としては彼が気に病まないよう敢えて軽い表現をしたのだが、その態度がどうも腑に落ちなかったらしい。羽京から低く咎める言葉が飛び出してきて、彼女はおやと目を瞬かせた。


「問答無用でそのまま連行されたりだとか、手籠めにされる可能性だってあるんだ。僕だって君の姿を思い返して欲情しない保証は無いんだから」

「………それはなんというか…、」


ぽかんとする寿々根を置き去りに、滔々と注意とも説教とも取れる言葉を並べ、自分も警戒すべき男なのだと言い連ねる姿は真剣そのものだ。聞けば聞くほど何だか可笑しくなり、彼女はついに吹き出してしまった。


「っふふふ、…!!」

「…笑う所なんて無いはずなんだけど?」

「いやごめん、本当に笑うつもりは無かったんだけど、っんふふ」

「……」


言葉では謝っているがどこも申し訳無さそうじゃないし、なんなら物凄く楽しそうだ。馬鹿にされているような気がして、羽京はむすりと口を引き結んだ。そんな彼の表情を見て、寿々根は慌てて口に手を当てまた謝罪の言葉を落とす。堪え切れない笑いが指の隙間から吐息となって漏れ出しているが、どうにも暫くは止まりそうに無かった。


「君を馬鹿にしてるんじゃないんだ、ちょっと、ふふっ私のツボに入っただけで…」

「楽しんでくれたなら何よりだよ…」


これ以上何を言っても駄目そうだと判断した羽京は、はあと大きく息を吐きながら寿々根の笑いが収まるのを待った。


「っはぁー…
ごめんお待たせ、もう大丈夫」

「静かそうな見た目に反して中々笑い上戸な所があるんだね、寿々根は」

「んふ、そうかな?こんなの久々だよ」

「言ったそばから漏れてるからね!全く…」


こちらは曲がりなりにも警告をしていたというのに笑い続けた彼女には、最早呆れたくらいである。どうぞ気の済むまで笑ってくれと半ば投げやりに考え、羽京は頬杖をついた。
しかし寿々根とて、馬鹿にしたくてそこまで笑っていた訳ではない。不可解な現状の中で出会った男があまりにも誠実なものだから、どうにも気が抜けてしまったのだ。


「いや、羽京は本当に誠実だ。性根が真っ直ぐなんだろうね、自分を棚上げすることなく寧ろ己も含めて警戒しろと言ってくるとは」

「…性別で差別はしないけど、区別はするべきだ。しかも現状、君は身を守る術を持たない。そうだろう?」

「その通り!やっぱり気が付いてた?」

「君こそ、気付いていただろう。僕以外の復活者がいることに(・・・・・・・・・・・・・)」


問いのようでいて問いではないその言葉に、寿々根はニコリと笑みを返す。どこで気が付いたのかと羽京が目で尋ねると、彼女は簡単な現状把握の一環だと述べた。ついと彼が膝に乗せている弦に目を向ける。


「羽京、君は弓使いだ。
現代のように道具があるならまだしも、こんな状況下では自分の指先の感覚だけで微細なコントロールをしなければならない。そんな君が針仕事をするとは思えないのに、身に着けている服はとても丁寧かつ正確に縫合されている。仲間に針仕事を得意とする人がいるんじゃないかな」

「…すごいね。そこまで分かるものなんだ」

「ついでに言うと、その針仕事をする人は女性じゃない?これは当てずっぽうだけど、さっきの女性関連の話には妙に身が入っていたからね。君か他の誰かが未然に防がないとその人が危うい状況だった−とか考えたんだけれど」


その指摘も当たっている。やや乱暴な推論だがなんとも鋭い人だな、と羽京は内心舌を巻いた。

事の顛末はこうだ。
帝国には古株とも言える人が何人か居るが、大樹と杠もその内に含まれる。特に杠は選定されて復活した者たちの衣服を誂える役目を担っており、目測で服のサイズを確かめるため初期に復活者たちと引き合わされる。押せばいけると思ったのだろうか、その内の一人が杠一人の時を狙って手籠めにしようとしたのである。仕事中は集中したいからと、杠は一度籠もると中々外に姿を見せない。閉ざされた空間で襲われてしまえば、誰も異変に気がつけないのだ。こうして襲う側には好条件が揃ってしまったこともあり、その男は司の目を盗んで狼藉を働こうとした。羽京が男の怪しげな呟きを耳にして追い掛けなければ、どうなっていたことだろう。追いかける直前に杠が危ないかもしれないと大樹に告げたのも功を奏した。


「同意の無い!そういう行為は!駄目だーーッ!!!そして杠はもっと駄目だ!!!!」

「…?なんの騒ぎ?一瞬大樹くんがいた気がするんだけど…」

「ああ、あれね。いいトレーニング相手が見つかって大喜びしてるみたいだよ、彼」


恐るべき速度で杠の元まで駆け抜けた彼は、鼻息荒く杠の仕事場に忍び込もうとした男を羽交い締めにしてその場を慌ただしく離脱したのである。外の騒ぎを聞きつけて中から出てきた杠には、後から追い付いた羽京がそれらしい理由をつけて誤魔化しておいた。大樹は体力バカであったので、杠がおかしそうに笑いながら信じてくれたのがせめてもの救いである。


遠くにやった視線を戻して、羽京は背筋を伸ばした。改めて寿々根を見てみると、細身ながらしっかりと筋肉の付いた体躯をしている。正面から見た瞳は深い青が揺らめき、風に吹かれて靡く髪は黒曜石みたいに鋭さの滲む光を宿していた。
理知的で、お茶目な面もある不思議な女性。年も自分より若そうだし、帝国に迎えることに否を唱えられることは無いだろう。そう考えて、羽京は前提から話すことにした。


「OK、じゃあこの世界の話をしよう。その後に君のことも教えてほしい」






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