【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story162 決意の刻
大魔帝国
中央都市
シュナ、ナツ、ラード、ユリスの4人は崩れ去った大魔帝国にいた。
初めて見る惨状に、誰もが息を飲む。
「ここがリオナの故郷・・・・」
シュナはゆっくりと辺りを見渡す。
自分の生まれ故郷がこんな姿になっていたら・・・・俺は耐えられるだろうか。
[おいシュナ、なに辛気臭い顔してんだ。]
ナツに頭を叩かれ、我に返る。
「いや、リオナは今・・・・どうしてるかなって。」
[馬鹿か。それを確かめにここまで来たんだろうが。]
シキいわく、リオナは間違いなく大魔帝国に向かっていると言っていた。
でもここにはもう何も残っていない。
そう、何も・・・・。
「おいシュナとナツ!」
すると先頭を行っていたラードが足を止め、振り返った。
「ここから二手に分かれるぞ。俺はユリスと西から北へ向かう。シュナとナツは東から北へ向かってくれ。何かあれば悪魔の通信で知らせろ。」
「了解です。」
ラードとユリスは足早に中央都市から離れてゆく。
とにかく時間が惜しい。
シュナとナツもラードの指示通り東へ向かった。
「・・・・リオナ」
早く会いたい。
今、君はどうしてる?
何を感じてる?
何を想ってる?
俺は・・・・
寂しいよ。
[なぁシュナ・・・・]
「なに・・・?」
[この長い長い戦争が終わったら、どうしたい?]
突然のナツからの質問に、シュナはポカンとしてしまう。
ナツはいたって真面目な表情をしていて。
「どうしてそんなこと今聞くのさ・・・・」
[もうすぐ、この戦争が終わるから。]
確信に満ちたその瞳が、怖かった。
戦争の終結・・・・つまり、神やフェイターと決着をつける時だ。
フェイターか、人類か、悪魔か。
どんな結末でも、必ず終焉はある。
「ナツは・・・・決着がつくと思ってるの?」
この長い長い戦いに。
何百年も続いたこの果てしない戦争に。
[正直・・・俺は分からない。この戦争が終わるかどうかなんて、分からない。]
「・・・・・・・」
[だってこんなに長く続いてる戦争だぞ?俺たちが生まれるずっと昔からやってる戦争だ。今まで皆、"早く戦争を終わらせたい"って口を揃えて言っていたが、それは本気だったのかって今になって疑問に思う。きっと心の底では、この戦争に終わりはないって誰もが思って諦めていた気がする。目を背けていた気がする。だから俺は争い事がない平和な世界なんて想像できない。だけど・・・・]
ナツの表情が暗くなる。
眉根を寄せて、拳を握りしめた。
[だけどリオナは・・・・この戦争を終わらせようとしている。本気で。あいつだけが、この戦争と真剣に向き合っている。誰もが諦めていた"希望"を、リオナは自分の為じゃなく、人類のために掴もうとしている。]
「ナツは・・・・何が言いたいの?」
[俺は・・・リオナを助けたい。だけど助けるってどういう事かってこと。リオナの命を救うことが本当に助けるっていうことなのかって疑問に思ったんだ。]
その言葉に、シュナは思わず声を上げる。
「じゃあリオナを見殺しにするの!?そんなこと俺にはできない・・・・!!!!」
[そうじゃない・・・・!!!俺だってリオナには生きていて欲しいさっ!!!だってあいつは・・・・俺の初めての"友達"ってやつだから・・・・]
「ナツ・・・・、」
[だけど、やっぱり戦争にはどうしても犠牲が付いて回る。いつ誰がどんな時に死ぬか分からない。それはリオナに限らず、だ。リオナだって生半可な気持ちで"死"の道を選んだわけじゃない。相当な覚悟をしたはずだ。あいつは裏切ったわけじゃない。この戦争を終わらせるために、フェイターとケリをつけるためにダーク・ホームを出たんだ。]
「・・・・・・・、」
確かに、俺たちがここまでリオナを追いかけてきたのは、リオナを止めるためだった。思い留まらせるためだった。
リオナには生きていて欲しかったから。
リオナは俺の幼い頃からの大切な親友だったから。
"リオナ、生きよう"
"リオナが犠牲にならなくても、他に道はある。"
"皆で力を合わせれば絶対に倒せるよ!"
"一人で抱え込まないで一緒に考えよう。"
リオナに会ったら言おうと思っていた言葉・・・・
結局はどれも綺麗事。
ナツが言っていたように、この戦争が終わらない理由は、俺も含めてこの戦争から目を背けていたからだ。
誰かが犠牲にならなければならない。
間違っていようがなんだろうが、これが"戦争"なのだ。
ああ、自分はなんて愚かなのだろう。
これでリオナの親友だなんて・・・・本当、情けない。
「ナツが言いたい事・・・わかったよ。」
[シュナ・・・・]
「リオナには・・・・・こんな道を選んで欲しくなかったけど、リオナの覚悟・・・俺たちが受け止めてあげないと。」
ナツが言っていた"リオナを助ける。"という意味。
それは俺たちがリオナの"命"ではなく、リオナの"想い"を一緒に守り通すということ。
それがリオナの親友として、唯一できることだ。
[まぁ・・・・、]
するとナツの手が、そっとシュナの頭を撫でた。
ポンポンっと、軽く優しく。
[俺は、リオナを1人で死なせる気はないけどな。]
「・・・・え?」
ナツの口から飛び出した言葉に、シュナは顔を上げた。
[リオナが神を道連れに死のうとしてることくらい、恐らくフェイター達は勘付いてるはずだ。シュナ、これからフェイター達はどんな行動をとると思う?]
「それはリオナを死なせないように守るだろうね・・・・。」
[だったら俺たちのやるべき事は1つだ。命をかけて、フェイターを倒す。リオナを邪魔する者はすべて排除だ。たとえ己の命が消えようともな。]
ナツの自信に満ちた目に、シュナは鳥肌が立った。
この男はなんて強いんだろうと、少し嫉妬してしまうくらい、惹かれた。
「俺も・・・・俺も負けてられないな!」
[は?]
「早くリオナを見つけよう。見つけて、一回だけリオナを怒ろう!それで・・・・」
リオナは何て言うかな。
分からないけど、どうか忘れないでほしい。
「それで、リオナに言おう。最期まで、リオナについて行くよって。」
[・・ああ、そうだな。]
どんなに離れていても、俺たちは無二の親友だってことを。
ナツとシュナは日が暮れる前に隣町に移動しようと早急に中央都市を出る。
どうやら中央都市以外はほぼ何もない更地のようで。
本当にこんなところにリオナがいるのかと疑ってしまう。
その時、ふとシュナの足が止まった。
[シュナ、何かあったか?]
「・・・うん。見て、あそこの家。中に人がいる。」
ナツはジッと目を凝らしてみる。
ナツの目にはただの空き家にしか見えないが、
人影でも見えたのだろうか。
そもそも何もない更地に一軒だけ残っているのも妙な話だ。
「どうする?ここは俺が・・・・」
[待て。こうしよう。お前は玄関の扉を叩け。気がそれた隙に俺が部屋に飛び込む。]
「わかった。でも、気をつけて。中に2人の気配を感じる。うち1人は何か不思議な力を持ってるみたい。」
[お前・・・・分かるのか?]
「え、ナツは感じないの?」
平然と述べるシュナに、ナツはポカンとしてしまう。
普通、悪魔の気配や殺気なら感じることができるが、それ以外の気配などこんな詳しく分からない。
シュナは意外にも神経が鋭いようだ。
[お前にも才能があったとは。よかったな。]
「なっ・・・・さては馬鹿にしてたな!?」
[よし行くぞ。]
「無視かよー!!」
二人は作戦通りそれぞれの位置に着く。
ナツが合図を出すと、シュナはコンコンッと扉を叩いた。
明らかに、中で何かが動く音がした。
シュナはナツに合図を返す。
その瞬間、ナツは窓ガラスを破り、中に進入した。
入った瞬間、本棚の横に隠れている人間と、
玄関に向かおうとしている武器を持った男が目に入る。
ナツは咄嗟に本棚に隠れていた人間を羽交い締めにし、鋭い爪を喉に突きつけた。
それに気がついた武器を持った男がこちらに踵を返す。
だがそれも遅く、シュナが背後から男を取り押さえた。
案外簡単に捕らえることができた、と思っていたその時。
シュナとナツは、ナツが捕らえた人間の顔を見て、驚きで目を見開いた。
そして声を揃えて名前を呼んだ。
「リオナ!?」
[リオナ!?]
ナツは思わず拘束していた手を離してしまう。
シュナもつい男の拘束を解いてしまった。
その隙を突いて、男は"リオナ"に駆け寄り、
抱きかかえてナツとシュナから距離を取った。
そしてこちらに剣先を向ける。
何がどうなっているのか、ナツもシュナも頭が混乱した。
『誰だ・・・・』
男から殺気が放たれる。
ものすごく強い。
一方、"リオナ"は怯えたようにその男にしがみついていて。
それがナツの癇にさわったようだ。
[お前こそ誰だ。リオナを離せ。今すぐに。]
『何を言ってるんだ・・・?』
[だからテメェの腕の中にいるリオナを離せって言ってんだよさもないとお前の脳天ぶっ飛ばすぞ。]
ナツが掌に禍々しい黒い渦を生み出す。
それを見た"リオナ"が、咄嗟に立ち上がり、なぜか男を庇うように両手を広げた。
『や、やめて下さい・・・!!!!!僕は"リオナ"じゃありません!!!!!』
[ぁあ?今度はお前が記憶喪失か?]
ナツが男に向けて力を放とうとした瞬間だった。
今度はなぜかシュナがナツの腕を掴み、阻んだ。
ナツの怒りの矛先がシュナに向く。
[お前邪魔すんな!!!!]
「ま、待ってナツ!!!本当待ってお願いだから!!!!!!!!」
必死に止めるシュナを振り払おうとする。
[離せよ!!!お前いい加減にっ・・・・]
「彼はリオナじゃない・・!!!!」
[はぁ!?]
シュナの言葉に、ナツは一度抵抗を止める。
「よく見て。顔はそっくりだけど、全然違う。この子から、悪魔の反応は感じられない。」
言われてみれば確かにそうだ。
リオナなら、悪魔の反応がある筈だ。
[じゃあこいつは・・・・]
『僕は・・・・ウィキと言います。リオナの弟です。あと、彼はキッドといい敵ではありません。』
[は・・・・?リオナの弟って死んだんじゃなかったか?]
「・・・一度はね。確かアシュールに助けられたとか。それでリオナが賢者との契約で弟さんをアシュールから助けるのを条件にしたってシキさんの話聞いてなかったの?」
確かにそんなことを言っていた気がする。
それにしても本当にそっくりだ。
まぁ双子だからか。
するとシュナは、なぜかウィキの横にいるもう一人の男、キッドを見つめていた。
当のキッドは目線を逸らしていて・・・・
ナツは訝しげに2人を見た。
[おい、何なんだよ。]
「いや・・・・それが、彼・・・」
シュナはキッドに近づくと、そっと顔を覗き込んだ
「やっぱり・・・あなた、メガーナドロア家の方ですね。」
『・・・・』
メガーナドロア?
聞いたことのない名だ。
[なんだよシュナの知り合いか?]
「知り合いというか・・・・メガーナドロア家は代々、光妖大帝国騎士団の指揮を務める由緒ある家系なんだ。いわゆる、国王の護衛隊みたいなものだ。けれどメガーナドロア家は途絶えてしまった。」
[なんでまた・・・・]
すると今まで黙っていたキッドが顔を上げ、
口を開いた。
『それは・・・・俺が王家ピクシー家を裏切り、騎士団を切り捨て、フェイターになったからです。』
『でもっ・・・・今は違うんです・・!!!!だからキッドを傷つけないで・・・・ッ』
キッドを庇うウィキに、シュナとナツは困ったように顔を見合わせる。
確かに今はキッドから殺気は全く感じられない。
それに今回はリオナを探しに来ただけであって、フェイターを裏切った男の事など気にかける暇もない。
だから見逃しても特に問題はないのだが。
するとその時、ナツの目にあるものが映った。
ウィキが大事そうに抱えていた一冊の本が。
あの本は・・・
ナツの口角が上がる。
悪魔のように。
[なぁウィキ、教えてくれ。]
怯えるウィキに、ナツはにじり寄る。
[リオナはどこに行った?]
あの本はリオナがずっと書き続けていた魔術書。
まさかウィキの為に書いていたものだったとは。
この本をウィキが持っているということは、ここにリオナが居たという証拠だ。
『あなた達は・・・・リオナをどうするつもりですか?』
恐怖に怯えたウィキが、シュナとナツを交互に見る。
確かに、自分たちの素性を晒していなかった。
疑われても仕方がない。
[俺たちは悪魔だ。]
『えっ!?』
「いやいやナツ・・・・そんな言い方したらますます怖がられちゃうでしょ。」
[本当のことだろ?]
「あのねウィキくん!俺たちは決して怪しい者じゃないんだ!俺はもともと光妖大帝国の王子なんだけどフェイターに国を乗っ取られてダーク・ホームのみんなに助けられて悪魔になったんだけど悪魔って言われても恐らく悪いイメージしか無いと思うんだけどそうじゃなくて」
[あーあーあーむしろ怪しいわ!!!!お前は何でそう不器用なんだよ!!!]
「はぁ!?ナツに言われたくない!!!!!」
[俺はお前よりかは器用だ!!!リオナだってそう思ってる!!!]
「リオナは俺の方が器用だと思ってるよ!!!よくシキさんに似てるねって言ってくれたもん!!」
[馬鹿だなシキに似てる=不器用ってことだ!!!]
「なっ・・・・じゃあリオナに聞いてみればいいじゃん!!」
[おー分かったよ聞きゃあいいんだろ!?]
2人は火花を散らしお互いに顔を背けると、
そのままウィキとキッドに近づき、声を上げた。
「リオナの居場所を教えて!!!!!」
[リオナの居場所を教えろ!!!!!]
二人の勢いと迫力に圧倒されたウィキとキッドは少し後ずさる。
「お願いだよウィキくん・・・・!!!リオナは俺たちの大切な仲間なんだ!!!!それにっ・・・・」
シュナの目に薄っすらと涙が浮かぶ。
「リオナは・・・・俺の親友なんだ。だから、リオナの元に行かないと・・・。」
『・・・・・・・っ、』
そう、昔からずっとずっと一緒だったリオナとシュナ。
シュナがフェイターを生んだ光妖大帝国の王子だからと言って偏見をもつことはなく、リオナだけはいつもそばに居てくれた。
リオナだけが、本当の親友だった。
『・・・・キッド』
するとウィキは、少し掠れた声で呟く。
『僕も・・・・リオナの所に行きたい。助けたい。』
『ウィキ・・・・でも彼は、』
『分かってる・・・リオナがもう覚悟を決めてることくらい。命に代えて神を倒すことも全部、分かってるよ・・・・。リオナは頑固だから・・・・一度決めたら後戻りしないもんね。それでも僕は・・・、リオナを守りたい。リオナが戦うなら、僕も戦う。リオナの邪魔するものは全部、僕が倒す。』
さっきまでの弱々しい瞳など思い出せないくらい、ウィキの瞳は強くなっていた。
その瞳が、リオナにそっくりだとナツは息を飲んだ。
『だからキッド・・・シュナさんとナツさんにリオナの場所を教えてあげて?』
キッドは戸惑った表情を浮かべる。
言えばウィキも一緒に行ってしまうと分かっていたからだ。
でも、ウィキはリオナと双子の兄弟。
頑固さはピカイチだ。
キッドは諦めのため息を吐いた。
『・・・・リオナくんは、"月の谷"に向かったよ。』
[月の谷?どこだそこは。]
『それは大魔帝国の一番奥地にある森の中だ。そこでフェイターと賢者の更夜と落ち合うことになっている。』
「なんでそんな所で・・・・?」
『それは、その"月の谷"にフェイターと関わるある重大なものがあるからだ。』
キッドの表情が見る見る青ざめてゆく。
勘のいいナツは、すでにその場所の意味に気がついたようだ。
[・・・まさか、]
『・・・君たちダーク・ホームが血眼になって探していたものだよ。』
「それって・・・・」
シュナも顔色が悪くなる。
『・・・・人体実験の研究所だ。』
一時期、ダーク・ホームでマーシャとシキがフェイターの人体実験について探っていたのは聞いたことがある。
マーシャ達が引っかかっていたのはフェイターによって壊滅させられた国の国民たちの死体が出てこないこと。
フェイターたちの実験で使われているとはマーシャたちも予測していたが、肝心のその場所が見つからなかった。
まさか、大魔帝国にあったとは誰が思おうか。
『・・・・俺たちフェイターは、月の谷にある研究所で、神の復活のための"舞台"を用意してきた。リオナくんはそこで"神"として復活させられるはず。』
「・・・そ、その日はいつ!?」
『・・・次の満月の夜だ。』
[なっ・・・!!!!クソ!!!急がねーと!!!!シュナ!!!急いでラードとユリス、シキとビットウィックスに今の情報を飛ばせ!!!!]
『待って!!!!!』
するとキッドは立ち上がってシュナとナツを止めた。
『待って・・・っ、君たちはリオナくんをどうするつもり?』
「だから俺たちはリオナを助け・・・・」
『そうじゃなくて、助けるっていうのは命を?それとも神を倒すために力を貸すってことかい?』
シュナはさっきナツに言われたことを思い出した。
リオナを・・・・どうしたいか。
もう、覚悟は決めたんだ。
俺も、ナツも、ウィキくんも。
だったら答えはひとつ。
「俺たちは、リオナと共に神を倒すために月の谷に向かいます。」
はっきりと言い放ったシュナに、ナツは思わず笑みを浮かべる。
キッドは複雑な表情を浮かべながらも、
安堵のため息を吐いた。
キッドだってウィキの大切な人を見殺しになんかしたくない。
でも、リオナは覚悟を決めた。
キッドに愛する弟を託して。
そのリオナの覚悟を揺らがせるようなことはしたくなかったから。
『だったら話は早い。月の谷にすぐに向かうのはリオナくんが危険すぎるから止めた方がいい。』
[それはどういう事だ?]
『これから話すことはあくまで予測だからそのつもりで聞いてね。これからリオナくんは月の谷でアシュールによって"神"として復活させられ、そのあとはフェイターたちとともに光妖大帝国に戻るはず。』
「だったらやっぱり今すぐ行った方が・・・・」
『君たちはわかってない。』
[何をだよ。]
『だから、"更夜の計画"をだよ。』
確かに、今までリオナの命を救うことばかり考えていたため、更夜を敵としてでしか見れなかった。
だが、神を倒すという同じ目的を掲げた今、"更夜の計画"が最も重要となってくる。
『恐らく更夜は、リオナくんに"死の呪文"をかけたあとにフェイターに引き渡し、神として復活させるつもりだ。"死の呪文"は更夜特有の力でね、ある使命を成し遂げた瞬間に発動する呪文なんだ。』
「ある使命って・・・・?」
『例えば・・・・フェイターのトップであるアシュールを殺す、とか。』
[そんなことまでやらせるなんてなんて奴だ・・・・]
『でもその代わり、死の呪文をかけられた人間はその使命を果たすまで特別な力を得ることができる。必ず死ぬ代わりに、更夜の力を手にすることができる。だからきっと、更夜はリオナくんに死の呪文をかけるはずだ。アシュールを倒せるのはリオナくんだけ。だってアシュールはリオナくんを世界で一番愛していると、更夜はわかっているからさ。』
「でもその使命を果たせなければ・・・・?」
『どちらにせよ死ぬだろうね。死の呪文は必ず命を奪うけれど、必ず使命を果たせるものではない。呪いは徐々に体を貪り、やがて死に追いやる。それが死の呪文だ。』
[だからこそ、俺たちがリオナの使命を果たせるように力を貸すってわけか。]
『そう。話は少し逸れたけど、俺たちは更夜の計画の邪魔をしてはいけない。きっと今、全員で月の谷に向かえばアシュールに更夜の策略がバレてしまう。恐らくアシュールも更夜を疑ってはいるだろうけど、まさか賢者である更夜が神を殺そうとしてるとまでは思わないだろうしね。』
「じゃ、じゃあ・・・リオナは死の呪文をかけられた後、神として復活して・・・・その後光妖大帝国に戻って、アシュールを殺す・・・・ってこと?!」
『あくまで予測だけどね。死の呪文を使うかどうかもわからないけど、更夜はリオナくんを利用してフェイターを殲滅するのは間違いないはずだ。だからリオナくんは復活してすぐに死ぬことはない。だから俺たちが向かうべき所は、』
[月の谷ではなく、光妖大帝国ってことか。]
『そういうこと。きっとリオナくんがアシュール暗殺に動き出せば、フェイターたちも必死になってそれを止めにかかるだろう。リオナくんを殺すわけにも死なせるわけにもいかないから。それを阻止するのが俺たちの役目だ。』
[結局、最後は対フェイターだな・・・・。]
ナツは苦笑を浮かべる。
ツケが返ってきたと言わんばかりだ。
『・・・・きっと、実際はもっと悲惨な状況になるだろうけどね。』
その時、キッドが呟いた言葉にシュナとナツは眉を寄せる。
『君たちは忘れているかもしれない。神が復活するということは、この世界の"時"が再び・・・・・・・・』
「時が・・・再び動き出す。」
桜舞う庭を眺めながら、更夜は小さく呟いた。
終わりが近づいている。
神の世界も、己の命も。
神が復活すれば、あの日止まったままの時が動き出す。
再び、"時"が正しく刻まれる。
「君はどう思う?ルナ・・・・」
更夜は後ろを振り返る。
後ろで座っている少女、ルナを見た。
ルナはいつになく悲しげな表情で口を開く。
「・・・・リオナを、これ以上傷つけないで・・・」
思いもよらなかった言葉に、更夜は乾いた笑い声を上げた。
「今更何を言ってるんだいルナ?これは君と僕が望んだこと。君と僕が仕向けたこと。これでようやく・・・・僕たちは"永遠の死"を手に入れることができるんだ。」
神が死ねば、僕らも死ぬ。
だって僕たちは神から命を授かった"神の半身"だから。
「だからリオナを神の器として作ったんじゃないか。神を殺してもらうために、君が作ったんだよ?」
「・・・けれどリオナは・・・っ」
「これ以上は聞かないよ、ルナ。」
更夜は冷たい表情のまま、再び庭を眺める。
「この世界に、神は要らない。僕も、ルナも必要ない。在るべきは"人"のみ。だってここは"人間"の世界なのだから。」
「・・・・、・・・・そうね・・・・」
「きっとこの景色も最期になる。それでも僕は・・・後悔しない。」
更夜がギュッと拳を握り締める。
その手をルナはただただ見つめる。
神に魅入られ、賢者となった哀れな更夜。
永遠の命を授かり、世界の均衡を守り、人から遠ざかって生きてきた。
家族も死に絶え、独りきりで永い時を生きてきた。
そんな彼が"死"を求めるのも無理は無かった。
ただ、彼が死ぬには神を滅ぼす以外他ない。
更夜は本当は優しい心を持った青年だ。
大昔、神が人間たちに殺されそうになった時、
彼は咄嗟に神を5つの玉、ローズ・ソウルに封じ込めた。
人々は更夜が人類を助けてくれたと口にしたが、
そうじゃない。
更夜は神を護ったのだ。
神が殺されないように。
"優しさ"が上回ってしまった。
だが、永い永い時が、彼の心を汚してゆく。
更夜は疲れ果てていた。
この世界に。
神を滅ぼしてでも、"永遠の死"を手に入れたかったのだろう。
それはルナも同じ気持ちだった。
けれどリオナを傷つけてまで、"永遠の死"を手に入れたいとは思わなかった。
自分で生み出した器に、情が湧いてしまった。
自分ができることは、もう殆ど残されていない。
そう、全ては更夜の計画通りに進んでいる。
それならせめて・・・最期の"あがき"を。
「・・・・さて、そろそろ僕は出発するよ。」
更夜はニコリと笑い、こちらを振り返った。
「すぐに戻るよ、ルナ。僕が戻ったら2人で・・・・最期の時を過ごそう。」
更夜の笑顔は、どこか悲しげな気がして。
「・・・・ええ、待ってるわ・・・・」
そう言うと、更夜はコクリと頷いて姿を消した。
「・・・・・・・・」
誰も居なくなった部屋の中、
静けさだけが残る。
だが、その静けさもすぐに終わる。
一つの足音がルナに近づいてきた。
ルナは驚きもせず、ゆっくりと振り返る。
するとそこに、1人の男が姿を現した。
黒いコートを羽織った1人の男が。
その男に向かって、なぜかルナは安堵の笑みを浮かべた。
「・・・・待っていたわ・・・。」
『・・お前からわざわざ呼び出すとはな。』
「・・・貴方の望みを叶えようと思って・・・・。」
『ほう・・・まだ俺の"こころ"が読めるとはな。それで、叶えてくれるのか?』
「・・・ええ。その代わり・・・・私の望みも叶えて欲しい。」
『神サマお得意の"契約"か?良いぜ。どうせもう俺には何もない。』
「・・・・貴方にこれから、貴方が望む"神の力"を授けます。私の力の全てを・・・・。」
『本当に良いのか?お前、そんなことしたら死ぬんだろ?』
「・・・・遅かれ早かれ、私は消える・・・。更夜が望むように・・・・。だけどどうせ死ぬなら、私が望むように死にたい・・・・」
『・・・お前にも野望があったとはな。』
「・・・・貴方こそ。神の力が欲しいなんて。愚かな人間・・・・神の力を授かるということがどういう事だか分かっているの?」
『もちろんだ。俺は全て覚悟の上で此処へ来た。』
「・・・・ただの"人間"が神の領域に足を踏み入れることは"禁忌"よ。禁忌を犯した人間は必ず・・・・・死ぬ。転生もできなくなる。それでも、神の力が欲しいの・・・・?」
『はっ、欲しくてたまらないね。どうせこの世に未練なんて無いからな。どちらにせよ、これが俺の最後の切り札だから。』
「・・・強がりな人ね・・・。・・・・私の力を全て貴方に受け渡した瞬間、私はこの世から消えるでしょう。けれど貴方の中に、私は生きる・・・」
『それがお前の望みか?』
「・・・・それだけじゃない。貴方にはやってもらいたいことがある。その前に聞かせて・・・・なぜ私の・・・いえ、"神の力"が欲しいのかを・・・・」
『そんなもん、聞かなくても分かるだろう。』
「・・・・貴方の口から聞きたいの・・・。」
『・・・・。これは俺の最期の"悪あがき"だ。お前の力で、俺は俺が望むものを死んででも手にしたいからだ。』
この男が望むもの・・・・それは儚く、とても美しいもの。
『俺は貪欲なんだ。もう、この想いは止められない。この身が滅んでも俺は同じものを求め続ける。』
けれどこの男の愛は、歪みに歪みきっている。
歪みすぎたこの愛の結末は、いかなるものか。
けれど私は・・・・
「私は・・・・その言葉を聞きたかった。私の願いは、それよ。」
『・・・え?』
「・・・・"神の力"で、貴方が心の底から望むものを、手にして欲しい・・・」
私は貴方を好きだったから、貴方には笑っていて欲しいから。
貴方が望むものを与えたい。
「・・・・"リオナ"を、手に入れて。マーシャ・・・」
命を手放してでも、手に入れて。
貴方がリオナを求めるように、リオナも貴方を求め続けている。
今も、リオナの悲鳴が聞こえる・・・・。
だから、リオナのそばにいて。
貴方がそれを望むから、
私もそれを望む。
それが、私が最期に望むもの。
私が愛したあなたへ、望むもの。
1人で死なせはしない。
・・・・リオナも、マーシャも。
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