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【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story163 幕開け
雪が降り始めた。

真っ白で冷たい雪が。

汚れた世界を、白く染めてゆく。

「・・・・B.B.、大丈夫?」

≪ぅむ・・・・大丈夫、なの、だ・・・・≫

小さく震えるB.B.を、リオナはぎゅっと抱きしめる。

リオナはあれから何日も歩いていた。

リオナが体力を消耗する分、B.B.の体力が減る。
B.B.の命が削られる。

日に日に弱ってゆくB.B.に胸を痛めながらも、
リオナはただ前を見て歩き続けていた。

こうしていると、思い出すことがある。

十数年前のクリスマスの夜、
瀕死のウィキを抱えて歩いたことを。

結局俺は・・・・また同じ事を繰り返すのか。

本当に大切なものも、守れないで。

≪・・・・リオナ、リオナ。≫

「・・・・?」

すると、身体を丸めていたB.B.がゆっくりと身体を起こし、リオナを見上げた。

≪オイラね、本当は人間だった頃のこと、全部覚えてるんだ。≫

「・・・・そうなのか?」

B.B.は人間から悪魔にされたアルティメイトプロジェクトの最初の被験者。

ウサギになる前のことは覚えていないと言っていたが・・・・

≪オイラが生まれた国はね・・・すごく荒れた小さな国だったんだぁ・・・だからオイラ、生まれてすぐに捨てられたのだ。オイラを拾って育ててくれた人もいたけど、結局はひとりぼっちだった・・・。≫

「・・・・B.B.」

≪そんなオイラに声をかけたのが、ムジカの母ちゃんのディズなのだ・・・。ディズはオイラにすごく優しかった。悪魔になってからも。でも、オイラが孤独なのは変わらなかった。悪魔たちからもいつだって仲間はずれにされて、挙句ウサギなんかにされて・・・・。でも、リオナと出会えてから、オイラの世界は変わったのだ。≫

「・・・・俺?」

≪うん。リオナは、オイラのことをちゃんと叱ってくれた。ダメなものはダメって、逆に良いことをすればすごく褒めてくれた。ちゃんとオイラを見てくれた。それはマーシャも同じなのだ。マーシャとは喧嘩ばっかりだったけど・・・マーシャはなんだかんだ優しかったのだ。不器用だけど、オイラを愛してくれてたかなぁって。へへっ、本人には絶対言わないけど。言ったら殴られそうだけど。≫

そう言って小さく笑うB.B.は本当に幸せそうで・・・
だから逆に、リオナの中で悲しみが込み上げてくる。

なぜ、もっとB.B.を愛してやれなかったのかと、悔いが残る。

徐々に声がかすれてゆくB.B.を、リオナはしっかりと抱き寄せる。

命の炎が、消えてゆく。

≪リオナ・・・・≫

「・・・・B.B.もう喋るな」

≪リオナ・・・心配しないで・・・・オイラ、≫

「ダメだ・・・っ、聞きたくない」

≪オイラ・・・・リオナより先に、行っちゃうけど・・・必ず、また会えるって・・・・信じてるから・・・≫

「嫌だ・・・」

≪次会う時は・・・・"本当の家族"になれたら、いいな・・・≫

リオナの目から、涙が零れ落ちる。

B.B.とマーシャと3人で過ごしてきた日々が、脳裏を駆け巡る。

どれも・・・・かけがえのない、大切な思い出・・・

恐らく、人生で一番幸せだった時間・・・

血の繋がった本当の家族との時間より、
B.B.とマーシャといた時間が、
俺の中で一番の思い出かもしれない。

「バカだな・・・・俺たちは、もう家族だろ?」

涙を流しながら、リオナはそっと笑いかける。

そうすれば、B.B.も目を細めて笑った。

「・・・もう喋るな。まだ大丈夫だから。」

≪うん・・・・≫

ギュッと抱きしめ、リオナは足を早める。

道が徐々に白い雪で覆われてゆく。

そこに自分たちの生きた軌跡でも残すかのように、足跡をくっきりと残す。

しばらくすると、突然道が開けた。

靄がかかり、前がよく見えないが明らかに先ほどまでの道とは違った。

リオナは足を止めて辺りを見渡す。

「・・・・ここが、」

だんだんと視界も晴れ、
リオナは目の前に広がる光景に思わず息を飲んだ。

目の前に現れたのは凍りついた巨大な滝と、
ひっそりとそびえ立つ白い城。

こんな所があったなんて、リオナは驚きで言葉が出なかった。

ここが誰も知り得なかった場所、「月の谷」。

フェイターたちが隠し持っていた孤高の城。

まるで御伽噺のような幻想的な世界に、思わず息を飲む。

「・・・・すごい」

リオナは歩みを進めようと足を踏み出したその時だった。

『驚いたかい?』

突然聞こえた声に、リオナはビクッと振り返った。

「・・・・っ!」

『ごめんね、脅かすつもりはなかった。』

そこに現れたのは、更夜だった。

長い髪を1本に結い纏め、
相変わらず乾いた笑みを浮かべている。

リオナは更夜の姿を見ると、少し安心したように小さく溜息をついた。

「・・・なんであんたが・・・・まだ約束の時間じゃない。」

『ほら、これは僕の最期の大仕事だから。いや、君と僕との、か。』

そう言ってクスクスと笑う更夜を、リオナは心の底から睨み上げる。

『・・・・。僕を恨んでいるのかい?君から大事なものを奪った僕を。』

どこからどこまでが更夜の仕業なのか。

知りたくもない。

「・・・・あんたは、残酷だ。」

『はは、よく言われる。』

更夜は満面の笑みを浮かべる。

『君達人間は分かってない。神が残酷じゃないと誰が決めた?神が優しいなんて誰が言った?神が天使だなんて誰が思った?』

「・・・・っ」

『人間は傲慢だ。自分たちのことしか考えてない。何かと言えば神頼み。それで思い通りにいかなければ「神なんていない」と暴言を吐く。なんと愚かな生命体だ。』

「・・・・そんな生命体を生んだのは、神だろう。違うか?」

『そうだよ。だから面白いよね。』

リオナは更夜の笑みを訝しげに見つめた。

・・・・こいつは狂ってる。

そう思わないと、気が狂いそうだった。

『さて、雑談はそこまでにして。本題に入ろうか。・・・・ってリオナ、君・・・』

すると更夜はリオナの腕の中にいるB.B.に手を伸ばした。

しかし、咄嗟にリオナが更夜との間に距離を取る。

「・・・触るな。」

『・・・なぜ?そこにいるのは確か・・・・僕が逃した悪魔じゃないか。なぜ一緒にいるの?』

「・・・B.B.は俺を助けてくれた。」

『そう・・・・それで力尽きてしまったんだね。可哀想に・・・』

その言葉に、思わずカッとなる。

「B.B.はまだ死んでない・・・・!!!」

『リオナ・・・・よく見てごらん。もう彼は息絶えている。』

「違う・・・寝ているだけだ・・・!!触るな!!!!」

『・・・・リオナ』

更夜の顔から初めて笑顔が消えた。

わかってる・・・・そんなこと、俺が一番わかってる。

だけど認めたくなかった。

この酷く苦し悲しみを、受け入れたくなかった。

『君は本当に我が儘な"人形"だ。この悪魔が哀れで仕方ないよ。』

「・・・・っ」

『まぁいい。どうせ君ももう"リオナ"ではなくなる。ただの"器"と化すんだからね。』

更夜はそう言うと、地面に何かを描き出す。

まるで魔方陣のような。

リオナは訝しげにその様子を伺う。

「・・・・これは、」

『これはね、君を"殺す"ものさ。』

ああ、ついにその時が来たのか。

リオナは妙に冷静な頭で理解した。

理解したその瞬間、肩の力がスッと抜けた気がした。

安堵というか、なんというか。

「・・・・ようやく、楽になれる。」

無意識に呟いた言葉に、更夜でさえ少し驚いた表情を浮かべる。

『死にたいのかい?』

「・・・・わからない。ただ、もう何も考えたくないんだ。」

そんなリオナに、更夜は苦笑を浮かべた。

『・・・そう。ならばさっさと済ませようか。』

そう言って更夜はリオナを魔方陣のような紋様の中央に立たせた。

リオナは動かないB.B.をギュッと抱き寄せる。

『まず、これから君の"心"を奪う。その瞬間、君の中の"リオナ"は完全に消滅する。君の最期だ。けれど"器"であるこのカラダは動き続ける。』

「・・・それはなぜ?」

『"死の呪文"だ。』

「死の呪文・・・・」

『これは僕にしか使えない呪文だ。この呪文は君の空っぽのカラダに、ある命令を下すことができる。その命令を遂行するために君のカラダは動き続ける。たとえフェイターによって君のカラダが神に乗っ取られても、だ。その命令を遂行した瞬間、君のカラダは復活した神と一緒に死に絶え、全てが終わる。』

これは自分がこのカラダから消滅した後の話・・・・自分の事のようで自分の事ではないこの感覚が、妙に気持ちが悪い。

『ただし、死の呪文には限りがある。死の呪文は同時に術者である僕の命を蝕む。僕の命が尽きれば、君のカラダの命も尽きる。だから命令を必ず遂行できる呪文ではない。わかったかな?』

「・・・・・・それで、その命令の内容は?」

『知りたい?』

リオナはコクッと頷く。

『・・・・フェイターを殺すんだ。特に・・・・カイを。』

「・・・カイ?」

若干予想と反した命令に、思わず聞き返してしまう。

恐らくフェイター絡みであるとは思っていたが、
まさかアシュールではなく、カイの名があがるとは思わなかった。

「カイって・・・・確かアシュールの兄の?」

『正確には義兄だけどね。』

「・・・・なぜアシュールではなく、カイを?」

『・・・・。君達も、もちろんアシュールでさえ気づいていないだろうね。これは重要なことだ。フェイター達は神を復活させたい。君を使ってね。アシュールとカイは目的こそは一緒だが、ある重要な点で食い違いがある。』

「・・・・つまり?」

『アシュールはリオナと神を手に入れたい。けれどカイは・・・・』

その時、更夜は言葉を切った。

何かを感じ取ったのか、周囲の様子を伺い始める。

「・・・・更夜?」

『・・・・しっ。』

更夜の真剣な表情に、リオナも息を飲む。

これからどうなるのか、どうすればいいのか、
今、何が起きているのか、
何にもわからない。

不安だけが募るばかり。

『大丈夫、か・・・・。』

しばらくして、更夜の表情が少し和らいだ。

『リオナ・・・・今はここに結界を張っているから気づかれないが、フェイターもそう馬鹿じゃない。ここに居ることに気づかれるのも時間の問題だ。』

「・・・・そう。」

『話はこの辺までにして、今からリオナの"心"を完全に消滅させる。その後の事は何も心配しなくていい。さぁ、覚悟はいい?何か最期に・・・・言いたいことは?』

最期に言いたいこと・・・・?

そんなこと、考えたことも無かった。

思い返せば色々なことが湧き出てくるだろう。

だから、思い返すことはしない。

前だけを見る。

これは自分が決めた事だから。

でも、一言だけ言いたいことがある。

「更夜・・・・」

『・・・?』

「・・・・ありがとう。」

いくら憎い相手でも、
この世に生まれることができたのは、更夜のおかげだから。

リオナは少しだけ、笑って見せた。

『はぁ・・・・君って子は。』

更夜も呆れたように笑う。

初めて、更夜の本当の表情が見えた気がした。

『さて、それじゃあ始めるよ。』

更夜がリオナの胸に手を伸ばす。

ゆっくりと、ゆっくりと。

リオナもそっと、目を閉じる。

全てが真っ黒に染まる。

自分の終わりが近づく音がする。

これが、最期。

苦しいかな、悲しいかな。

できたら最期くらい、楽に・・・・

『っ・・・・・・リオナ逃げろ!!!!!!!』

だが、その瞬間。

聞いたことのないような更夜の声が耳に入り、
パッと目を開けた。

そしてそのまま更夜に突き飛ばされ、地面に倒れこむ。

『リオナ走れ!!!!ここから離れるんだ!!!!』

何が起きたのか、頭が混乱する。

「更夜・・・・!?」

『いいから早く逃げ・・・、っ!!!!』

更夜の必死な表情が目に入った瞬間。

更夜の体から血しぶきが上がった。

ものすごい勢いで、血が空に舞う。

ボタボタと、リオナの体を赤く濡らす。

「こ、うや・・・・?」

更夜が地面に倒れこんだ。

ピクリとも動かない。

一体・・・・何が起きて・・・

「あーあ。賢者の最期もあっけなかったねー。」

突然、誰かの声が聞こえた。

血に染まった地面に、幾つかの足音が響き渡る。

この場に相応しくない陽気な話し方に、
リオナの体が無意識に震えだす。

そして一つの足音が、更夜の前で止まった。

「死んじゃった。本当に呆気ない。賢者のくせに出しゃばるからこうなるんだよ。」

ガッと更夜の死体を蹴りつけ、今度はリオナに近づいてくる。

嫌だ・・・・怖い・・・・

何が起きた・・・?
死んだ?
あの更夜が?
賢者の更夜が?

頭が混乱し、体が動かない。

「ああ・・・・リオナ」

嫌だ、イヤダイヤダイヤダ

俺はこいつを・・・・知っている。

こいつは俺を・・・・

「会いたかったよリオナ・・・」

「っ・・・・!!!」

アシュールが、目の前で笑っていた。

なぜ、見つかった?

だってここには結界が・・・

「先回りして正解だったよ。まさか更夜が本当に"神"を殺そうとしていたなんて。さすが兄さん。」

すると後ろからカイも姿を現した。

気がつけばリオナの周りにはフェイターたちがおり、
ぐるりと取り囲まれていた。

「・・・ふん、この賢者の思惑くらい筒抜けだ。邪魔などさせるものか。」

「クスクス・・・・でもまぁ、俺が一番気にくわないのは、リオナのココロを勝手に消滅させようとしたことかな。俺の一番の楽しみを奪うことは許さないよ。」

するとアシュールは座り込むリオナに近づき、リオナの腕の中にいたB.B.を取り上げた。

リオナは呆然としてしまい、抵抗すらできない。

「このウサギには感謝しなきゃね。まさかここまでリオナを案内してくれるなんて、馬鹿なのか頭が良いのか。まぁ、馬鹿なのか。ははっ!」

そう言ってアシュールはB.B.を更夜の死体の上に投げ付ける。

そして、ガタガタと震えるリオナを、ぎゅっと抱き寄せた。

「ああ・・・リオナ、リオナ!!会いたかったよ・・・・とっても。もう大丈夫だ。怖がる必要はない。リオナを利用しようとする奴はもう死んだ。」

気が狂いそうだった。

何が正義で、何が悪なのか。

目の前に広がる血に塗れた光景が、
過去のウィキの姿と重なる。

思考が全て、停止する。

「さぁ、行こうかリオナ。俺たちの国へ帰ろう。」

アシュールの歪んだ笑みが、リオナの脳を麻痺させる。

そして、アシュールの唇が、リオナの耳に押し当てられた。

「帰ったらたくさんたくさん愛してあげる。リオナのどこもかしこも愛して、可愛がって、舐めて、吸って、噛んで、嬲って、痛めつけて・・・・俺の手でリオナのココロを粉々に打ち砕いてあげる。そしたら一緒に、神を復活させようね。」

耳元で囁かれた狂った"愛の言葉"に、
リオナは静かに涙を流す。

正しく動き出したはずの歯車が、再び狂い出す。

世界の終わりが近づく警報音が、再び鳴り始めた。

絶望が、リオナを優しく包み込む。

結局、自分には何もできない。

もう、誰にも止められない。

世界の終焉が、幕を開けた。


第十六章 月光の道標

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