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【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story155 親愛なる友へ
あれから、シキはすぐにマーシャの部屋までやってきた。

ああは言ったものの、やはり緊張はする。

だがここで引き下がったら終わりだ。

シキは意を決して扉を軽くノックした。

「・・・・」

だが、中から返事はない。

マーシャが部屋にいることはわかっている。

何度かノックしてみたが、
やはり反応がない。

試しにドアノブに手をかける。

するとその時、
手をかけたのと同時に扉がグイッと開かれた。

シキは驚いて一瞬前のめりになってしまった。

そしてゆっくりと顔をあげ、
扉を開けた目の前の男と目を合わせた。

「なんだ・・・・シキか。」

そこにはやはり、マーシャがいた。

まさか自分から出てくるとは。
少し予想外だ。

「なんだとはなんだ。失礼だな。」

「・・・・またアイツらが来たかと思ったんだよ。」

そう投げやりに言ってマーシャは部屋の中に戻っていってしまう。

扉を開けたままということは、中に入っても良いということだろうか。

マーシャの機嫌がいまいちわからないため、シキも中に入るか迷っていた。

だが、そんなシキをマーシャは自ら招き入れた。

「・・・用があるならさっさと入ってこい。」

「あ、ああ。」

シキはマーシャを追うように部屋に入る。

久々に部屋に入ると、部屋は想像以上に荒れ果てていた。

カーテンはビリビリに破かれ、
家具もめちゃくちゃに破壊されている。

まるでマーシャの心の中を実体化させたようだ。

恐らく、あの日からマーシャは悲しみと後悔に打ちひしがれていたに違い無い。

リオナというかけがえのない存在を失った悲しみ。
リオナを救えなかった後悔。
自分の無力さへの怒りを感じていたのだろう。

自室に入ってゆくマーシャに続いてシキも入った。

するとその部屋は、ひどいというものではなかった。

壁に爪痕がたくさん残り、
血の跡まで付いている。

ハッとしてマーシャの手を見れば、
手には血で染まった包帯が乱暴に巻かれていた。

あまりの光景に、シキはショックを受ける。

ベッドに腰掛けたマーシャは、そんなシキの反応を見て、乾いた笑い声を上げた。

「・・・あはは。無様だろ?」

「マーシャ・・・・お前」

「なに?引いた?」

「違う・・・そうじゃない。」

「そう・・俺は自分自身に引いたよ。」

そう言ってマーシャは部屋をゆっくりと見渡した。

「知ってるか?この部屋も、あっちの部屋にも、ダーク・ホームにも、どこにも、"リオナの跡"が無いんだ。」

「・・・・」

「リオナがぜーんぶ捨てちまった。俺とリオナの大事な大事な思い出を・・・・全部だ。だけど、リオナをそうさせたのは・・・・俺なんだ。ははっ・・」

マーシャの乾いた笑い声が、胸に突き刺さる。

マーシャの悲しみが、ひしひしと伝わるからだ。

「・・・なぁ、シキ。」

マーシャの虚ろな目が、こちらに向けられる。

「・・・・俺を、殺してくれないか?」

そしてその瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

笑いながら涙を流す彼に、
なんて声をかければいいのか。

「マーシャ・・・・っ」

シキは思わず、マーシャを抱きしめた。

あんなに強引で、強情で、最強とも言われた男が、
こんな顔して涙を流すなんて。

見ていられなかった。

たちまちマーシャは笑顔を無くし、
シキにしがみつく。

今まで我慢し続けたマーシャの涙は、とめどなく流れ続けた。

「シキ・・・俺は・・・・っ、俺は、本当に・・リオナを愛してたんだ・・・、リオナだけだったんだ・・・・リオナが俺の"いのち"だったんだ・・っ」

ああ・・・・そうか。

なぜもっと早くに、彼の想いに気づいてやれなかったのか。

マーシャがリオナを誰よりも愛していたのはわかっていた。
けれどその愛は、もっともっと、大きかったんだ。

どんな時でもリオナを想い、
彼は行動していた。
なぜなら、
リオナも同じようにマーシャを想っていたからだ。

リオナはマーシャに、
優しさと、温かさと、愛を教えたのだ。

マーシャの"いのち"

マーシャはきっと、他の誰かが愛する人を愛すより、
ずっとずっと大きい愛をリオナに抱いていたのだろう。

真剣な彼の愛を、"異常"であると少しでも思ってしまっていた事に、悔しさと、罪悪感が残る。

マーシャがこうなるまで気がつかないなんて。

「マーシャ・・・すまない。」

「なんで謝るんだよ・・」

「俺は・・・・お前の想いを軽く見ていた気がする。」

「はは・・・そうだろうね。でも、それは仕方ない。俺がこーゆー性格だからさ・・・・」

マーシャは涙を拭い立ち上がると、
なぜかコートを羽織りだした。

「シキ・・・ありがとな。」

「何を言い出す・・・・」

「お前がここに来たのは、一緒にリオナを追わないかって言いに来たんだろう?ラードたちと一緒に。」

やはり、マーシャもそこまで鈍感じゃないようだ。

「ああ・・・。マーシャ、リオナが北のフルカトル村を通過したのがわかった。」

「・・・・そう。」

「今からでもまだ間に合う。一緒に、リオナを追わないか?ビットウィックスに先を越されたら、リオナは何をされるかわからない・・・・」

頼むから、一緒に来てくれ。

シキは心の奥底から願う。

だがなんとなく、先ほどから嫌な予感はしていた。

「シキ・・・リオナは俺たちを裏切ったわけじゃない。俺たちを、この世界を救うために1人で全部背負いこんだんだ。」

真剣な表情で話し始めるマーシャに、少し違和感を感じる。

「更夜との契約だ。俺の病気を治し、リオナの弟であるウィキとB.B.を助けだす代わりに、リオナが神の器となり、神と共に死ぬっていう等価交換だ。」

「ウィキ・・・・?なぜウィキが・・・」

「アシュールの仕業だろう。生き返ったんだよ。それにリオナは元々人間じゃない。更夜とルナが生みだした器だ・・・・」

突然聞かされた事実に、
衝撃を受ける。

「なんてことを・・・・っ」

「リオナがその事実を知って・・・・どれだけ苦しんだか、想像すらできねぇ・・・。俺はリオナにそんな想いをさせた更夜を許せなくて、更夜を殺そうとした。だが・・・・甘かった。そのまま呆気なくリオナの記憶を奪われちまったんだ。」

そういうことだったとは・・・・

全てが繋がった事で、様々な感情が溢れ出す。

だが何よりも、あまりの更夜の冷酷さに、怒りが込み上げた。

「これが俺が知るリオナの全てだ。あとは何もわからない。」

そう言って、マーシャは小さな鞄を持ち上げ、肩にかける。

先ほどの嫌な予感が、徐々に現実となってゆく。

予感が現実になる前に、
シキはもう一度マーシャに呼びかけた。

「マーシャ・・・さっきも言ったが、俺たちと一緒にリオナを追おう。」

「・・・・シキ」

「お前が追わないで誰が追うんだ?リオナの真実を知るお前が、どうして追わない・・・。頼むから一緒に・・・・」
「悪い。無理だ・・・・」

その時、マーシャは強く拒否した。

まさか、本当に嫌な予感が的中するとは。

シキの肩が下がる。

「本当にすまない・・・俺は、お前らと一緒にリオナを追うことはできない。」

「なぜ・・?お前はリオナを愛しているだろう?今も・・・・」

「・・・・ああ。今でも愛してる。どうしようもできないくらい。だけど、愛してるからこそ、お前らと一緒に協力して追うことはできない。リオナが生きようが死のうが、俺にはもう関係がないんだ。」

「関係ないわけないだろう・・・!」

「・・・・俺ね、言われたんだあの日、リオナに。愛されるのも愛すのも憎まれるのも憎むのも全部嫌なんだ・・・ってね。」

マーシャはそう言って、苦笑した。

「もう・・・終わったんだよ。全部。だから俺は・・・・・・もうこれ以上、」

マーシャの言葉が途切れた。

もう、さっきからずっと嫌な予感しか、しない。
さっきの予感なんかより、もっともっと最悪な予感が。

「マーシャ・・・・お前、」

「悪い・・・もう、ここにもいたくない。」

「どこに、行くんだ・・・・」

「・・・・、ずっとずっと、ずーっと、遠くの、」

「お前まさか・・・・」

言葉が、出なかった。

マーシャは、死のうとしている、のか・・・・?

言葉を失うシキに、マーシャは困ったように笑った。

「シキは本当に俺の母親みたいだな。お前のそーゆーところが好き。」

「やめろ・・・・マーシャ考え直せ!」

「俺ね・・、きっとお前がいたから、こんなクソみたいな組織で生き残れたんだと思うんだ。シキの真面目さに、ちょっと憧れてた。」

「なんだよそれ・・・っ」

「シキ・・・・俺の人生は、誰よりも"人"に恵まれたものだった。家族を失った時、支えてくれたのは婆ちゃんとリオナの両親の・・・・ダンとモナで。モナを失った時も、俺を救ってくれたのは、師匠であるダッドと、初めて仲間になってくれたお前、シキだよ。」

そう言って、マーシャは笑う。

「そして・・・ダッドを失った時、俺の目の前に現れたのは・・・・リオナだった。確かに失ってきたものは多いけど、得られたものはもっともっと大きかった。でも・・・・」

マーシャの瞳に、翳りが残る。

「でも、・・・・リオナを失った悲しみは・・・・・・・・大きすぎる。」

「だからといって・・・・お前死ぬ気か!?」

「・・・俺の人生はもう、これ以上もこれ以下もない。この大きな穴を埋められるほど、俺ももう強くない。だから最期は・・・・最期くらいは、・・・」

マーシャは顔を上げ、
いつもみたいに二カッと笑った。

「最期くらいは、1人で、思うようにしたいんだ。」

「マーシャ・・・・っ」

自分の中で、なぜだか怒りが込み上げる。
ふつふつと、熱い何かが爆発する。

「なんでお前はいつもいつもそう勝手なんだ・・・!!!!」

気がつけば、声を荒げて怒鳴り散らしていて。

「お前は俺の気持ちを少しでも考えたことあるか!?」

「・・・・シキ」

「俺はお前が羨ましかった・・!!!いつもいつも馬鹿みたいに前向きで、強気で、わがままで・・・!!!!自由なお前が羨ましかった!!!!そーゆーお前を見ているのがすごく楽しくて・・・好きだった!!大好きだった!!!!」

シキはマーシャの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。

「どんな勝手なことしようが今までは目をつむってきた・・・!!!だってお前が楽しそうだからだ!!!!だが今回だけは許さない・・!!!!なんだよ最期くらいはって・・・・!!!!勝手に1人でお前の人生終わらせようとするな馬鹿!!!!」

ああ、堪えていたものが、ボロボロボロボロと零れ落ちる。

「お前にはリオナだけかもしれないっ・・・・けど俺たちはマーシャがいないと何にも楽しくないんだよ!!!!お前の人生はお前だけのものじゃない!!!お前に関わってきた全ての人間のものだ!!!!!!!」

自分でもわかってる。
めちゃくちゃなことを言っている事くらい。

だけど、もう、言葉を選んでる余裕なんてない。

「頼むから・・・頼むからお前までいなくなるな・・・・!!!!!!なんだって俺がマーシャの我が儘聞いてやる!!!!だからっ・・・・」

その瞬間、ぎゅっと優しく、そして強く抱きしめられた。

あのマーシャに。

「・・・シキは卑怯だな。」

ああ、卑怯だ・・・・そんなこと、わかってる。

だから・・・・頼むから・・・

そばに・・・・・・

「ごめん・・・本当に、すまない・・・・」

マーシャの口から発せられた言葉は、とても小さく、とても震えていた。

「やっぱり俺は・・・・行くよ。」

わかっていた。
マーシャが強情で人の話を聞き入れないことくらい。
わかっていたはずなのに。

「どうしても・・・・か?」

涙が、とめどなく溢れ出す。

マーシャも、シキも、涙が静かに流れてゆく。

「ああ・・・・ごめんな、シキ。どうか・・・どうかリオナを・・・・頼む。これが俺の、最期の"我が儘"だ。どうか情けない俺を・・・・見逃してくれ。」

そう言って、泣きながら笑うマーシャを引き止めることなんてできなかった。

必死に生きてきた男が最期に選んだ道・・・・

それは"死"という名の逃げ道なのかもしれない。

それでも、今まで苦しみ続けた彼の心が少しでも楽になれるのなら・・・・

親友として・・・送り出してやらなければならない。

「やっぱり・・・・、やっぱりマーシャは最期まで我が儘だ・・・っ」

そんな親友を、絶対に嫌いになんかなれない。

だから涙を拭い、
顔を上げる。

「・・・・行ってこい。」

これ以上、後悔をしないように。

これ以上、苦しみを背負わないように。

「俺は・・・お前がどこへ行っても、何をしてても・・・・ずっと、ずっとお前の味方だ。」

「シキ・・・・っ」

マーシャは顔をくしゃっとさせるが、すぐにクルリと背を向け、涙をゴシゴシと拭った。

そして、

「シキ・・・・」

「・・・・?」

マーシャは再び振り返り、シキに近づく。

そして、シキの顎を軽く掴み、顔を近づけた。

「お前そんな顔してたら襲われちまうぞ?」

「・・・・っ!!!」

この言葉・・・・忘れもしない、あの時の・・・・・・・・

"お前こんなとこで寝てたら襲われちまうぞ?"

初めてマーシャと出会った時、彼が言った最初の言葉・・・・

まったく・・・・こいつは。

・・何にも、何にも変わってない。

今も昔も。

シキの口から、小さな笑いが漏れる。

「・・・ったく、この変態が。」

「あははっ!変態で何が悪い!」

「開き直るな変態。・・・・さっさと行っちまえ。」

「うるせぇなぁわかってるっての!!」

そう言って、マーシャはシキに背を向ける。

「あばよ、親友。愛してるぜ!」

マーシャは最後に最高の笑顔を見せ・・・・姿を消した。

「・・・・、っ・・・・」

ああ・・・・本当に行ってしまった。

こんなにも呆気なく・・。

心にポッカリと穴が空いたような虚無感が襲ってくる。

・・・・そうか、これか。
これがマーシャの心にもあるのか。

「謝るのは俺の方だ・・・・マーシャ」

お前の気持ちに気付いてやれるのは、いつだって全てが終わってしまった後だ。

失ってから気がつく。
君がどれほど大切な存在だったかを。

この世に永遠なんて存在しない。

誰だって人は死ぬ。

どんなに強い人間だって。

終わりが近づく音がする。

自分の選んだ道が正しいのか間違いなのか。

それは終わりが来なければ分かりはしない。

だけど俺は、君が選んだ道は正しかったと、心の奥底から願う。

親愛なるマーシャ・・・・

君は、



俺の光だった。


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