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Novel
01*11【喰らう】U

「……はぁ?」

侵入者、それも銀の匂いを漂わせている人間相手に、羊は思わず首をかしげた。内心は『何を言っているの?』と、そのような感じである。開口一番に「殺してやる!」と叫んでくる人間はいても、
「お前なら、俺を消せるか?」
等と珍妙な事を告げてくる人間はこれまでに誰もいなかった。殺せるか、ではなく”消せるか”という不可思議な質問。しかし羊は油断せずに静かに息を整える。

「変な事言って、油断させようとしてる?そんなの、全然通用しないんだけど」

羊がまだ若い頃、妙な発言で羊を困惑させ、殺そうと企ててきた人間は何人もいた。自分はこの城に迷い込んだだけだ・お前が吸血鬼である事など知らなかった……と。どれも愚劣な人間の思考……羊はそのような人間は、最早信用することなく殺してきた。例えそれが事実であったとしても。だが今回の例は初めてである。迷ったのでも、羊自身の事を知らなかったのではなく、予め知識としてそれらを得て、その上で質問をしてきているのだ。平生を保ちつつ、羊は少し困惑していた。このような例は初めてである、と。

「油断……?あぁ、俺が銀のナイフを持っているからそのように感じたのか」

「……」

「事実、俺は銀のナイフを持っている」

羊が対策を練っているうちに、相手は次々と語りだす。

「それ、言っちゃっていいの?」

「……?なんの事だ?」

「銀のナイフを持ってる、とか……僕の警戒心を増長するだけなんじゃないの?人間からしたら」

「あぁ……確かにそうだな」

確かにそうだな、って……!
羊は半ば呆れながら、石の壁にもたれかかった。顔は精悍で、決して”頭が悪い”わけではないという事は会話の中の声で感じる事ができた。……しかしどこか抜けている。目的がわからない。何故、どうして、この青年はこの城に侵入してきたのか…?その根拠の不明さに、羊は少々困惑した。

「……君、馬鹿なの?」

「む……」

「む、じゃなくて。何か目的があって来たんでしょ?銀のナイフを持ってるとかなんとか、こっちが警戒しやすいように言ってきてくれたけど、本当になにが目的なの?」

壁に持たれつつ、いつでも躱せるよう神経を集中させる。余裕をみせておきつつ、相手を一気に叩き込む事も羊の得意とする手段であった。羊の容姿で油断をする人間は少なくない。少しでも怯えたフリをすれば人間の脳は無意識に”油断”を生み出す。『相手は自分に怯えている。目下の相手である』と……そこにつけ込むのもまた戦術の一手であったが……やはり相手はピクリとも動こうとしない。まるで、こちらの言葉を、指示を待つように。
羊は怪訝に思い、続けて質問を浴びせた。

「消して欲しい、って……一体どういう事?ここに来るくらいだから僕については知ってると思っていいよね。……僕は”食べる”、けど……”消す”なんて事はできないよ。悪魔じゃないんだから」

羊は人間を喰らう。しかしそれは魂を食う悪魔とは違い肉の”食事”である。”消し去る”事とはまた異なる(悪魔に”食われる”事と”消える”事は根本から異なる要素であるので割愛するが)。しかしこの青年は「消して欲しい」という。羊を吸血鬼であると知っていながらそれを求めてきたという事は……何かしらの思慮があったはずだ。羊はそれを問うた。

「……そうだな、確かに全てを消すことはお前には無理だろう」

「いきなり腹立つ事言うね。……いや、事実だけどさ」

「すまない。ただ……俺は消して欲しいだけなんだ。”俺の肉体”を」

「……は?」

疑問符にまみれた羊の脳内が混雑する。
”消える”ことを望んでいても”肉体”のみの消滅を望んでいる……?だからこの城に来たの……?
疑り深く自分を眺めてくる羊の目を察したのか、相手の青年は苦笑しながら口を開いた。

「質問ばかりで自分の事を言っていなかったな。俺は宮地という。……肉体が欠損してもすぐに再生してしまうんだ」

”だから、喰い尽くして消し去って欲しい。蘇る余裕がなくなるくらいに”

















人間、いや、生物とは不思議なものである。その場に適応し、進化を遂げて環境に合わせて身体を変化させる。しかし時に、進化”をし過ぎた”者が現れる。その物を”古い”者は攻撃し、進化を望みながらも新種の生命を滅ぼそうとする。
この宮地龍之介も同じものであった。いくら肉体が欠損しても無限に再生する新種の細胞を持った人類。それはつまり、人類の永遠の繁栄を意味した。……しかし古く固まった人類は受け入れる事ができない。龍之介を”異種族である”と認識し攻撃した。
その攻撃にすら再生してしまう進化した細胞を呪いながら龍之介は逃げ、走り、そして人食趣味があるという羊の存在を知った。
……龍之介は消え去りたかったのだ。進化した人類でありながら旧種に侮蔑され、差別される日々から。

「君みたいな人間は本当に初めてだよ」

近づいてくる羊の牙を見つめる。
『これで終われるかもしれない』
肉体が無限に再生しようとも痛みは肉体を刺激し続ける。それを覚悟しながらも、龍之介は羊に身体を預けた。




もう、”死”を超えた”消滅”を……それだけを望んでいたのだ。









Continued


2015.7.14


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あきゅろす。
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