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Novel
01*11【喰らう】T
吸血鬼 の続きモノです。
吸血鬼だった哉太が死んだ後の話。




















遠い地に、奇妙な吸血鬼がいたらしい。……人間を魅了する為の美しい容姿、快楽を刻み込む鋭い牙。それらを持ちながらも、一人の人間に堕ちてしまった吸血鬼が。


「まったく、あり得ないよね」


吸血鬼にとって、人間など所詮食料に過ぎない。食い物に情が移り、終いには愛してしまう……など、捕食者としてあり得ない事であった。しかもその吸血鬼は、一人の人間を愛するあまり、他の人間の血を吸うこともなく命果てていったという。


「しかも銀のピアスをしていたんだって?
マゾヒストの気でもあったんじゃないの」


……吸血鬼はこの世のいたるところで、血液の甘美な熱に舌鼓を打っている。そして時に、異端とも言える嗜好を持つ吸血鬼が現れる事がある。人間に恋をしてしまう吸血鬼は、その異端の中でもまだ一般的なものであった。魔物といえど美しい人型をしていれば、"間違い"が起こることも考えられる。
しかし"彼"は……鮮やかな、新鮮な血液を浴びたような髪色をした彼は、その異端の中でも異常な嗜好を持っていた。


「んぐ…っ、ん、」


「あ゙、が……ッぐああ゙あ゙あ゙あ!!!」


「五月蝿いなぁ」


この男……土萌羊は、吸血鬼でありながら人の肉を喰らう事を至高とする、人食嗜好を持つ吸血鬼であった。穏やかで女性的な見た目からは想像できない暴力性、手足を平然と千切り抜く圧倒的な腕力……。そして、興味の無いものへの冷酷性。


「人間の悲鳴って、とうしてこんなに汚いのかな……」


一つ、溜め息。……当然だろう、下等な食物の悲鳴など捕食者にとっては喧しいものでしかない。
だがそう感じる事は誤りとも言える。本来血液を飲み、生きていく吸血鬼にとって、肉を抉られ噛み千切られる人間の声は聞くべき悲鳴ではない。彼等の鼓膜を揺らすのは、甘美で愚劣な欲望のさえずりだけで良いのだ。


「真似して"教会の人間"を食べてみたけど、何も変わらない」


同族――吸血鬼が教会の人間に堕ち、破滅する話は昔からよく聞いていたが、少ないと言えない例にも関わらず、羊は理解を示そうとしなかった。
『有り得ない』
と、そう考えたのだ。
『有り得ない』
自分の嗜好の異常さを棚にあげて、羊は馬鹿にした。……人間の温かさに堕ちた、同族の浅はかさを。
……わかりあえるはずがない。
羊は思い返す。異常嗜好が影響し己が過去に同族から受けた冷徹な仕打ち、突き刺さる言葉を……。吸血鬼同士でもわかりあえないというのに、種族の違う者同士が歩み寄れるはずもない。
羊はずっと一人で、しかしそれを悲しむことも恥じることもなく日を過ごしていった。


「最近、人間の肉にも飽きてきたなぁ……。はあ……美味しい人間くらい、たまには出てきて欲しいよ」


己の塒に戻り、ベッドへと向かう。朝日が上ってくるのを感じ、羊は重い鉄の窓を容易く閉めた。
明日は少し遠出してみようかなぁ……最近男しか食べてないし、たまには女の子の肉が食べたいなぁ。
羊は欠伸をしながらベッドに横たわった。頬にこびりついていた血液を乱暴に拭い、ゆっくりと目を閉じる。永遠を生きる吸血鬼の何度とも知れぬ眠り……。羊は、ただひたすらに退屈していた。












翌日の夕方、普段より早目に目を覚ました羊は、何かが近付いてくる気配にスン……と鼻を鳴らしていた。吸血鬼は人間に比べて嗅覚が利く。その嗅覚が何か異物をとらえたかのようにツン、と鼻腔を刺激した。
……人間の匂いだ。
しかし羊は、獲物がわざわざ近付いてきている状況にありながら……その表情は固かった。人間の匂いにわずかに混じった銀の……吸血鬼の弱点である純銀の気配を感じたからである。


「……」


今羊が住み着いている場所は、かつての豪族を皆殺しにして得た巨大な石造りの城である為、時折興味本意で近付いてくる者もいる。しかし流石に純銀の香りを持ち込んでくる者は殆どいなかった。
数多の人間を食い殺してきた羊である。復讐と喚きながら銀のナイフや弾丸を向けられた事も無論あった。だが復讐心に乱れた素人の攻撃など当たるはずもなく、逆に食らってやっていたが……。


「……変なの」


今回もどうせ復讐の類いだろうと思っていた羊であるが、どうにも腑に落ちない顔をしている。
……殺気が無いのだ。
意識を集中させ相手の気配を探るが、呼吸や足音にまるで殺気を感じない。かといって興味本意で侵入してきた時の様な、跳ねた呼吸でも慎重な足取りでもない。城に忍び込む人間は大抵この二者に分けられるのだが、そのどちらでもない。ただただ淡々としていた。


「面白そう」


永遠を生き、日々の生活にも飽き飽きしていた羊は、嬉々としてベッドから降りた。重い扉をゆっくりと開け、窓から射し込む僅かな夕陽の明かりだけの薄暗く不気味な廊下を歩いていく。壁には所々に血飛沫や肉片がこびりついており、古く変色した血痕の上に新しい赤色が付着している。夕陽に淡く照らされ一層の不気味さを増すが、羊にとっては見飽きた光景であり関心の目線を向ける事はない。今はただ"興味深い侵入者"の事のみに関心が向いていた。
長い階段を降りるのも面倒くさく、羊は思い切り飛び降りるが足音の一つも立てず静かに着地した。身体能力は人間の比ではない。高く飛翔し静かに着手する事は容易い。加えて戦い慣れしている為、並の人間では羊に傷一つ付けることもできまい。
階段を降り、長い廊下を歩き……段々と相手との気配が近付いていくのを羊は感じていた。相手は落ち着いてはいるが初めて乗り込む城の構造に困惑しているのか、立ち止まったり道を戻ったりとしている。


「ふふっ」


悩んでいる様を観察するのは面白い。そろそろ魔物が活発になる晩となる。羊の配下にはマナナンガル、ナハツェーラーといった強力な魔物が存在する。彼ら単体ですら相当な力を持つはずだが、それすら凌駕する羊の力は計り知れない。
……さあ、そろそろ不思議な侵入者との距離も、足音も近い。コツ、コツと足音が聞こえる当たり……警戒心がないのか?
ついに廊下とその曲がり角の死角、という距離まで近付き……相手に明確な殺意が無いと感じた羊は廊下を抜け、不思議な侵入者へと姿を現した。


「…………お前なら、俺を消せるか?」


途端、第一声。羊は「はあ?」と首をかしげた。
羊の城に侵入してきたのは……自らの死を望むような…不可思議な金髪の青年だった。




















continueed



2015 7、13

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あきゅろす。
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