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Lv.2-18
 俺はハッとして上半身を起こす。
 そうすれば寝起きの気だるさを纏うミツハさんの全体が見えてきてなんだか視線に困った。

「…はよ、彼方…」

 そしてミツハさんは笑んだ口元を緩めてそう音を紡いだ。少し掠れた声が俺の鼓膜を震わせる。それだけでゾワリと何かが俺の背筋を走り抜けていった。怖気に似た、けれども全く正反対の感情のそれは、俺の腰の奥に広がってジクリと熱を灯す。端的にいえばドキドキした。
 それでも俺はホッと息を吐く。とりあえず、起きてくれたミツハさんに安堵した。
 それにミツハさんは苦笑して「なんだよ? 用でもあったのか」と俺の背を撫でながら問うてくる。そのくすぐったさに俺は肩を持ち上げた。

「っちょ、ミツハさん! …っくすぐったいですって!」

 俺がそう正直に零せば、ミツハさんは「んー…」と俺を見上げながら小さく零して、「おい彼方」と俺を呼んだ。俺はなんですかと首を傾げながら起こした上半身を近づける。
 そうすれば、背中に回っていたミツハさんの掌が強く俺を引き寄せてきた。
 あ、とも言う間もなく、俺の上半身は崩れる。けれども咄嗟にベッドに両手をついたおかげで、今度こそミツハさんに衝突するなどという失態は避けることが出来た。さっきのは地味に痛かったからな。
 しかし、ミツハさんは俺のそんなささやかな努力も気にすることなく、今度は背中に回していた手とは反対の手で俺の後頭部を包んで引き寄せてくる。

「…っミ、ミツハさん?」

 大分近くなったその美貌にくらくらしながら俺はなにをするつもりなのか全く意図が掴めないミツハさんに疑問の声を投げた。
 ミツハさんは、寝起きの少し腫れた瞼を細めて「いいにおいがする」と返してくる。

「は…?」

 いいにおいってなんのことだ、と思った俺を、ミツハさんは強引に同じ視線の高さへと―――つまり、俺はミツハさんのベッドの上に寝転んでしまったわけだ。なんと恐れ多い!―――引き寄せ、するりと背に回していた掌を俺の頬に這わしてきた。滑らかな指先は、俺の羞恥に熱の上がった頬を撫で、そして俺の半開きの唇をなぞった。

「甘いにおいがする」

 そしてミツハさんは嫣然とした笑みを浮かべ、その目の潰れそうな色っぽい顔を近づけてくる。

「ミ、ツ…っ」

 ハさん、と続けようとした俺の唇は、しかし全て音を紡ぐ前に、ざらりとした感触とともに滑った何かに触れられて言葉を途切れさせた。
 そしてそのまま、それをなんだと思う暇もなく、ぐいと後頭部を引き寄せられて温かくて柔らかいものが唇を塞いだ。
 ここまできたら、いくらなんでもわかる、俺は今、ミツハさんの唇を奪っているのだ。なんだなんでどうしてなにがおきた!
 俺の脳内は柔らかいそれにパニック状態だ。思わずミツハさんの寝巻きをぎゅうと握り締めれば、ミツハさんがちゅっと音を立てて俺の唇からその薄くて形のいい唇を離した。
 そして、わなわなと震える俺の後頭部を撫でて、にこりと笑む。

「…やっぱり甘い…チョコ食った?」

 俺は、とりあえず頷く。確かに食べたというか飲んだ。思わず唇をぺろりと舐めれば、もうそこは唾液の滑りしかなかった。急に羞恥心が擡げてきて俺は頬といわずに耳まで上気する。うおお、俺はなにをした。

「そ、いいな…。まぁチョコもいいけど、俺は彼方も食いたい」

 そしてミツハさんはそんな言葉を紡ぎながら、真っ赤に染まった俺の頬をまた撫でてくる。俺は内心嬉しいんだか恐れ多いんだかよくわからない悲鳴を上げて首をぶんぶんと振った。食中毒になります。
 しかし、俺はふと我に返り、いやそうじゃなくて、と自身の思考に突っ込みを入れた。そして恐る恐る口を開く。

「ミ、ミツハさん…寝ぼけてます…?」

 寝起きのミツハさんがキス魔だなんてそんな情報は初耳だ。これでは、毎回ミツハさんを起こしに行っている未来が羨ましいことになるじゃないか。
 そしてそこまで考えて、俺はハッとする。そうだ、うっかり役得というかなんというか、ミツハさんの唇を奪ってしまって気が動転していたが、俺の本来の目的は未来のことだったのだ。危ない危ない。


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あきゅろす。
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