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Lv.2-17
 俺は急ぎ足で、ミツハさんの部屋の前まで向かう。そして今度は慎重に、ゆっくりとその部屋の扉に手をかけた。
 ギイ、と小さな音を立てて開いた扉に内心ドキリとしながらも、最終的には起きてもらわなければならないのだからと俺は躊躇した手を一気に引いて扉を完全に開ける。そうすれば薄暗い部屋の奥、そこに置かれたベッドにうつ伏せになって眠るミツハさんの姿を見つけて、俺はホッとしながらそろそろと近寄った。
 物の少ない室内を進んでベッドに歩み寄れば、俺の視界には艶やかな黒髪を白いシーツの上に散らし、薄い寝巻から細いがしっかりとした筋肉のついた腕を投げ出して無防備にその美麗な寝顔を晒すミツハさんが映りこむ。
 どんなミツハさんも格好いいなぁと頬を染めた俺は、しかしそんなことを考えている場合ではないと思いなおし、意を決してミツハさんの肩に手をかけた。

「ミツハさん、起きて、ミツハさん!」

 そんな俺の声は、しかし小さな寝息を立て続けるミツハさんには届かなかったようで、その白い瞼はピクリともしなかった。そう、ミツハさんの寝ぎたなさは筋金入りなのだ。
 俺は更にミツハさんを揺さぶる。

「ミーツーハーさーん! おーきーて―!」

 俺のそんな間延びした大声と揺さぶり攻撃は、しかしベッドをギシギシと軋ませるだけで肝心のミツハさんを起床させるには至らなかった。
 それに俺はハァ、と息を吐いて視線を下へ向ける。そうすれば幸せそうに眠りの世界に旅立っているミツハさんの横顔が視界に映りこんだ。
 黒髪が首筋にかかるその様が麗しくて、直視していられない。頬に熱が上がって目を逸らした。けれども、それでもつい見てしまう。ああ素敵、格好いい、大好きだ。
 そこまで考えて、俺はハッと我に返り頭をぶんぶんと振った。危うくミツハさんに見惚れて本来の目的を忘れるところだった。
 俺は奥歯を噛みしめて、ミツハさんを夢の中から現実世界へ引き上げるべく更に揺する手に力を込めた。

「ミツハさんミツハさんミーツーハーさーん!」

 そしてとうとう、俺は揺さぶりすぎた反動でミツハさんの身体を仰向けにすることに成功した。いや成功も何も、それが目的ではないのだが。
 しかし、そんなことになっても、ミツハさんが起きる気配は一向にない。それどころか、むしろ呼吸がし易くなったようで更に安定した寝息がその薄い唇から零れていた。
 もうここまでくると凄いとしか言いようがない。邪魔するのが忍びないというか。
 勿論、俺としても、本当ならミツハさんには満足いくまで安眠の中を漂っていてもらいたいのだけれども、やはり未来のことが気がかりだった。こればかりはどうしようもない。
 俺はミツハさんに叫び続けるしかなかった。
 
「お願いです、起きて、ミツハさん! 未来が変になっちゃって…! お願いですミツハさん!」

 けれども、そんな必死の懇願にも一向に反応のないミツハさんに俺はとうとう焦れ、ベッドに片膝をついて身を半分乗り上げた。
 ギシリと2人分の体重を受け止めたベッドが軋んだ音を立てる。俺は気にせずに形のいいミツハさんの耳介に顔を寄せた。こうなったら悪いけれど、耳元で叫ばせてもらおう。本気の声量で。
 そしてひゅうと息を吸い込んだ時、不意に背中を押されて―――否、上半身を引き寄せられて―――俺はベッドの上に沈んだ。いや、むしろミツハさんの上に倒れ込んだ。

「っわ、あっ!」

 俺はなにが起きたか一瞬理解できずに、素っ頓狂な声を放った。同時に、鼻を襲う鈍い痛みに眉を寄せる。結構痛い。
 それに、うう、と唸って涙目になった俺の耳に、不意に小さく笑う声が届いた。俺はそれに慌ててそこから顔を上げる。
 そうすれば、そこには寝起きで少し乱れた前髪を片手でかき上げながら、面白そうにその薄い唇を上げたミツハさんの顔があった。もう片腕はきっと俺の背中に回っているのだろう、人の温もりが背中にじんわりと広がっていた。

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