Lv.2-10
「あーあ、ばれちゃった」
そしてそんな軽い声が未来の背に隠れた俺の耳に届く。
恐る恐る未来の背から前方を見れば、そこには先程までは存在しなかったはずの小柄な男が立っていた。一体何処から湧いて出たのか、少なくとも左右は廃ビルの壁に囲まれて、窓はおろか隠れる場所などありはしないのに。
けれども、確かに男はそこに存在していたのだ。
見れば見るほど、本当に小柄な男だ。俺と同じくらいの身長に、まぁ、どちらかといえば小動物を想像させるような顔立ちをしている。つまり、背丈だけ同じで顔立ちは平々凡々な俺とは違うということだ。なんだか言っていて虚しい。
俺のそんな感想を他所に、俺の前の未来の緊張は解けない。空気が乾いて肌を刺すようだ。
「ま、気付かなかったらどうしようかとも思ったんだけど」
正体不明の男はフフ、とまた小さく笑って言った。若干高めのその声に未来がようやく口を開く。
「…なんのつもりだ」
低い、敵愾心を露にした声音は俺の身体をも震わせて響いた。けれども、目前の男はまた小さく笑っただけだ。
「そう毛ぇ逆立てんなって、未来ちゃん?」
見かけにそぐわぬ軽い口調のその男は、肩を上下させて「後ろの子は彼方ちゃんでいいんだよな?」と続けてきた。
俺はますますビクビクと恐怖に身を竦ませる。未来の名どころか、俺の名まで知っているなんて、ますます得体が知れない。
俺の怯えを感じ取ったのか、より一層未来が俺を隠すように動き、そして一拍置いて再び口を開いた。
「…もう一度言う、なんのつもりだ」
さらに深く低い声だった。今度は、殺気すら乗っている。けれども、その矛先が俺のほうを向いていないから、俺はグッと息を飲むだけで耐えられた。強者の殺気は俺の心臓に悪い。ヤマトの怒気にすら怯えるのだから、どうにもならない。怖い。
未来の本気の殺気に男はまた肩を竦め、「はいはい、わかったから怒んなってば」と両手を挙げた。そして降参のポーズをとったままニコリと笑んで続ける。
「ちょっと君たちのところにいるミツハの旦那に用事があってね」
男の口から『ミツハ』さんという単語が出て、俺はピクリと反応する。ミツハさんの、知り合いか何かなのだろうか。
「…ミツハの関係者か」
未来はしかし、警戒を解かない。確証もないのだから当たり前か。俺はミツハさんの名前だけで安堵しかけていた自分自身を叱り付ける。これだからすぐ騙されるのだ。
「そ。…あ、信じてないって顔してんね。あーもー疑い深くてやんなるなぁ、俺そんなに不審者っぽい?」
そして男はうーんと唸ってから、閃いたように口を開いた。
「そうだ、『流れ星』って言えばわかる? 俺はそのおつかいなわけ。…未来ちゃんも知ってるかと思うんだけど」
どう? と問われた未来は、しばし沈黙した。
その数秒か、数十秒がやけに長く感じて俺は喉の渇きを覚える。
俺には、話の内容が全くわからない。何のことを言っているのだろう。蚊帳の外に出された気分で、俺は未来の服をぎゅうと握り締めた。
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