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Lv.2-166

「……コレに気づいている人間はうち以外にいるか?」

 そして衝撃的な報告を受け、数十秒をかけて俺がどうにか絞り出した声に、犬たちは一様に否定する。それを片目で見やり、一気に膨れ上がった危険性に俺は別の意味で頭が痛くなった。

「はぁー……、わかった。少なくとも向こうに何かあるってことだな。理由はわからないが、監視は今までより二つ、いや、最上級に引き上げて対応しろ。手が足りない場合は千里の方に振ってもいい。俺から話は通しておく」

 俺は得たばかりの情報への対処として脳内で新たな『制限』を構築しながら−−−今度のそれは超限定的であり、個人的なものだ−−−執務机の上の書類と書類の間に置かれた物体に手を伸ばす。
 簡易的に包装された飴玉のような球体のそれの正体は、ブドウ糖を多量に含んだ簡易食料である。食料と銘打たれているが、肉体を維持する目的ではなく精神系能力者にとって最も重大な脳への栄養補給剤だ。
 幾重にも『制限』を張り巡らせ、今も自動的に『扉』の制御を行う『門番』としての俺の脳はいつでも軽度の糖分不足なのだ。特に今は、あれこれとやることが多く、気づいた時に口にしなければ大事な時に倒れてしまいかねない。
 ちなみに飴玉も一種の嗜好品であり、純粋な砂糖の塊はそれなりに値のはるものだ。しかも精神系能力者の脳への急速な糖分摂取を目的として作られたそれはただの飴玉ではなく、吸収率の高い化合物である。つまり、一つでただでさえ高価な飴玉の十倍以上の値段となるのだ。
 俺はそれを躊躇なく数個口に放り込み、そのまま奥歯で噛み砕く。本来ならば味覚を感じるはずの舌、そこに広がる味蕾は既にその機能を失いかけていた。これは高度な精神系能力を扱う者の宿命とも言える現象である。
 俺は義務的に、機械的に、砂のような食感のそれを嚥下してから「よし」と席を立った。
 それに合わせて直立していた犬たちが踵を揃えるように構え直す。乱れることなく横並びになった兵隊は、それまでの空気とは一線を画し、感情を排した機械そのものだ。そして、俺の命令を待っている。

「緋夏は佐々に代わってそのまま指揮をとれ。『異種門(ヘテロロガスゲート)』が出現した場合は俺の方で封鎖するが、2時間を目安に定期連絡を入れるから応答しろ。俺はそのまま『外』を回ってくる」

 俺の言葉に緋夏が無言で深々と腰を折り、他の犬もそれに倣う。
 俺はがたんと椅子を後ろに引いて執務机から離れながら、犬のなかの一人、大柄な緋夏の隣で頭を垂れたままの男に視線をやり「雲珠目(うずめ)」と声をかけた。それに「はっ」と男が顔を上げる。
 この男は緋夏のように目立つ屈強な容姿ではないが、その能力は俺の痒いところに手の届くもので重宝していた。雲珠目はこの第8地域に根付く特殊な血統で、不破とも不死眼とも交わらない家だが、その分、宵未同様に独自の進化をした能力者たちが排出されている。この男は、その一家の長子だ。

「……『絶対不可侵領域』の方はどうなっている?」

 俺の低い声に、雲珠目は「『私達』の視覚上、変化はありません」と返す。俺はそれに小さく嘆息し「それなら『向こう』は問題ないな」とこぼした。そして脳内に第8地域の地図を展開し、俺はまず赴くべき場所を決める。

「……念の為、あいつのところに行っておくか」

 俺はガリガリと後頭部を掻いてから首を垂れ続ける男たちの道を通り過ぎ、重い扉を再び開いたのだった。





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