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Lv.2-167

 ―――この限られた資源で生きていかなければならない世界において、最も重要なものは『光源』である。
 もちろん、有害な外界の空気を遮断、浄化し、人工的に天気すら制御するシェルターの天蓋部の機構も大事ではあるが、人間が生活していく上で最も重要なものは、やはり『光源』であると言って過言ではない。事実、それは第8地域だけではなく、各地域における最大の懸念事項であり、全地域において取り組まねばならない問題でもあった。
 ちなみに光源と言っても天然の太陽光のことを指すわけではなく、むしろそれは過度な紫外線を含み、シェルターの天蓋部によって減弱されなければ、いかに『能力』を身につけて力を得た人間であっても細胞が癌化する魔の光だ。つまり、この『光源』とはまさしく言葉の通り、光の源―――街灯などの電気による光のことだ。
 一度文明が破壊された世界において多くの技術は廃れていったが、代替として『能力』によって補われ、発展していった。その中で代替がままならなかったのはこの発電システムである。この偉大なシェルターを建設した過去の人間たちですら、限られた資源の中で電気を永遠に作り出すことは不可能だったのだ。もちろん、一定量はリサイクルによって半永久的に発電可能な機構を残したが、それは地域内の全てを補えるほどのものではなかった。
 そしてその電力供給の優先度は、天蓋部の制御を担う地域の政治的な中枢部に集中し、必然的に上流階級が住まう東や西地区、一部の南地区までがその範囲になった。
 つまり、底辺の北地区は、日中以外は光源がなく、人間的な活動を行うことに支障がでる程なのだ。

「……まぁ、ウチはヤマトの贔屓で他よりだいぶ北のインフラ整備が進んでるんだけど」

 そう、ポツリと独り言をこぼして人工的な光のない暗闇の中を俺は躊躇なく歩く。
 地区の境界線には明確な柵―――『制限』のかかった特殊なものであり、誰が移動したかが自動的に記録されるものだが、それ以上に強い『制限』でカナちゃんの移動不可を刻んでいるため、実を言うと『扉』同等とまではいかないが、俺の脳に負荷をかけている物体である―――があるが、地域の『門番』である俺は問題なく飛び越えられるものだ。
 東地区から一直線にやってきた北地区は、それまでの夜だというのに煌々と眩しい電気の無駄遣いと言って過言ではない光の氾濫が嘘のように静まり返っている。街灯などあるわけもなく、柵を飛び越えてしまえばもはや遠くの電気の光も届かない。
 とはいえ、暗闇の中でも行動するための『能力』は十分ある。『暗闇順応(ノクターナル)』か『夜光(ルミナス)』を使えば、昼間と同等の行動ができるだろう。その『能力』を手に入れるだけの伝手と『余地』があるかどうかは別として。
 北地区に押し込められている人間は総じて能力が低いため、おそらくそれは不可能に近いだろう。
 俺は『暗闇順応(ノクターナル)』を発動させた状態で舗装されていない砂利道を進んだ。
 これは暗闇でも視覚情報を安定させる能力だが、基本的にそれを用いなくともこの『第8地域』であれば目を瞑っていても歩ける程度に地理を理解しているし、『熱源探知(サーチ)』と同等の探知能力は常時展開されているので問題はない。
 ただ、現時点では念には念を入れた対応が必要だった。ここで俺に何かあれば、ヤマトに合わす顔がない。
 そして何より、本来ならば暗闇であるべきこの場所で、俺は確かに明かりが着く場所に辿り着いていた。

「マジでウチになんてもん作ってるんだよあいつらは」

 俺はそうぼやかずにはいられない。
 時間は深夜だというのに、白色灯だけではなく様々な原色の灯りを点すそこは、薄汚れた低い建物が立ち並ぶ区画の外れにあった。昼間は雑然とした商店街―――闇市ともいう―――の顔を持つそこは、おそらくこの世界で最も物が充実している場所だ。血と肉と金で出来上がった『裏』の人間たちの寝床、そして一種の治外法権を持つ、独特の王国なのだ。


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あきゅろす。
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