Lv.2-25
そんなことを思っていると、ミツハさんは俺の頭から手を離した。
「あ」
頭上から温もりが消えて、俺は名残惜しげに声を上げる。それにミツハさんが「続きは帰ってきてからな」と身を屈めて直接俺の耳元に囁き落とした。
耳朶に触れた吐息の温かさにぞわりと背筋が粟立って、俺はびくりと身体を震わせた。
「じゃあ俺はちょっとコイツの件で出かけるから」
そんな俺に満足したのか、ミツハさんは片手の手紙を掲げるとそれをひらひらと振り、俺の隣を通り過ぎていく。
「え、あ、はい」
俺は硬直していた身体を慌てて動かし、その背を見送りながら答えた。それに顔だけ振り返ったミツハさんは「じゃあ着替えてくるな」とリビングを出て行った。
一人ぽつんと残された俺は、のろのろとソファに向かうとぼすんとそこに腰を下ろした。なんだか気が抜けてしまったのだ。
俺はソファの冷えた布の感触に眉を顰めながら、ぐったりと全体重をそこに預けた。
そうしてぼんやりと数分も過ごせば、寝巻きから着替えたミツハさんがまたリビングに戻ってきた。
「じゃあ行ってくるからな。…ついでに、あの馬鹿拾ったら帰るように言っとくから、マジであんまり気にすんなよ?」
そしてそういうと、俺の返事を待たずにミツハさんはまたくるりと踵を返してしまう。
それに俺は慌ててソファを立つとその背中を追った。未来のときのように、それを見失う前に、駆け出す。
「あ、あの!」
そして、ドアノブに手をかけていたミツハさんに俺はそう声をかけた。ミツハさんは振り向いて「ん?」と俺を見やる。
「あ、ありがとうございます! あの、未来のこととか…!」
俺が大きな声でそういえば、ミツハさんは「だから彼方のせいじゃねぇって」と苦笑した。
そして小さく「鏡だけじゃなくて未来もちょっくらしめてくるか」と続けたのが聞こえたが、俺はあえて聞こえなかったふりを決め込んで「いってらっしゃいです」とミツハさんを見送る姿勢をとった。鏡はいいとしても、未来ごめん、俺はミツハさんを止められない。
心の中で未来に謝罪する俺に、ミツハさんは苦笑ではなく見惚れるような微笑を浮かべて「ああ、いってくる」と返してくれた。俺はそれに文字通り見惚れてしまう。
そしてミツハさんは、今度こそドアノブを回して、その麗しい肢体を扉の向こう側へと吸い込ませていった。…去り際にミツハさんが嬉々とした声音で「なんかこういうのもいいな」と呟いた気がしたが、気のせいだろう。
俺はとりあえず、ミツハさんを見送ると、未来の帰宅を待つためにソファに戻った。
帰って来たら何を言おうか、ごめんというべきか、それとも腹が減ったというべきか。とりあえず、一発ぐらい殴ってもいいだろう。
俺は一人ほくそ笑むと、お気に入りのクッションを抱いてごろりとソファの上に寝転んだ。そして一頻り報復を考えてから、俺ははぁと肺に溜まっていた息を吐き出す。
―――未来の馬鹿、これじゃ一人暮らしに逆戻りだぞ…早く帰って来い。
寂しくなったなんて、秘密だ。
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