Lv.2-23
俺はドキドキする心臓の上を押さえながらベッドの上に座り込んだ。そうしていれば、俺はふと、そもそもミツハさんには別の用事があったような、と少し前の記憶を思い起こした。
そして俺はハッとして口を開く。
「そ、っそうだ! すっかり忘れてたんですけど、マーケットからの帰り道の途中で変な奴にあったんですよ!」
俺が急に口を開いたことに、隣のミツハさんは少し驚いた風だったが「おお、それで?」と先を促した。俺は頷いて続ける。
「『鏡』って奴で、手紙? かな、渡してくれって頼まれたんです」
それはリビングに置いてきちゃったんですけど、と俺は続けてちらとミツハさんをみやる。
視界に映り込んだミツハさんは、俺の口にした『鏡』という名に珍しく苦々しい表情を浮かべてから、ハァと息を吐いてガリガリと頭をかいた。
「…あの野郎…よりにもよってお前たちのとこにいったのか…」
そしてミツハさんはチッと舌打ちして「どおりで未来が荒れるわけだ」と続けた。俺はミツハさんが続けた言葉も気になったが、とりあえず小さく頷いた。
「なんか『流れ星』とかいうののおつかいって言ってたんですけど…」
俺は恐る恐る続ける。
『流れ星』と聞いて未来は鏡がミツハさんの関係者だと認めたのだから、それなりの意味があるのだろう。
しかし、目前のミツハさんの反応に、俺はもしかして受け取ってきてはいけなかったのかも、となんだか不安になってきてしまう。
ミツハさんは『流れ星』という単語にピクリとシーツの上の指先を震わせ、そしてそれを隠すようにまた艶のある黒髪にその指を突っ込んだ。
「ん、そうか…」
そしてミツハさんはそう言うと口を噤み、何かを思案するように前髪に手を突っ込んだままの姿勢で視線をシーツの上に向けてしまう。
しばらく沈黙が続いた。
俺はなんだか居た堪れなくなって、乾いてしまった唇を開いた。
「…ミツハさん?」
俺の不安に塗れた声は僅かに上擦って静かな室内に響いた。それに声を発した俺自身が一番驚いてしまう。
羞恥に頬を染めて慌ててミツハさんを見やれば、ミツハさんはシーツの上に向けていたその双眸を俺に視線を向けていた。
そしてその美麗な容貌を苦笑のそれに変える。俺はそれに不安が増すが、しかしミツハさんはそのまま何も言わずに俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してきた。
「ミ、ミツハさん!」
もともと乱れていた髪だが、ミツハさんの指に絡んでますます乱れた。俺はミツハさんの名前を呼んで制止を乞う。
そうすれば、ミツハさんは「可愛い声だすなよ」と笑って俺の額に唇を寄せてきた。
ちゅと小さな音を立てて離れたそれに、羞恥というよりは驚きにかっと頬が熱くなってしまう。今日の俺は何度赤くなったり青くなったり繰り返せばいいのだろうか、いや、嬉しいんだけれども。
「ま、とりあえず…リビングだっけ? 鏡からの手紙って」
ミツハさんはそういうと俺の頭から手を離し、ギシリとスプリングを軋ませてベッドから降りた。俺は「あ、はい」と答えて同じように後に続いた。
すらりとした細身の背中を追いかけて俺はぺたぺたと冷たい床を歩く。
視界に映るミツハさんの背中は寝起きのそれとは思えないほど背筋がピンと伸びて麗しい。未来よりは低いけれども、それでも十分長身の域のミツハさんは立ち姿も艶やかで、ついついその背中に突撃したくなる。うずうずする。
ちなみに、思うだけで出来たためしがない。恐れ多くて思うだけだ。恥ずかしいし。
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