Lv.2-19
けれども、当のミツハさんは小さな笑みをその唇に乗せて「寝ぼけててほしいか?」とむしろ俺に問うてくる始末だ。
細められた漆黒の双眸が濡れて酷く艶かしい。白い歯の覗く薄い唇はまだ近距離で熱い吐息を放っていた。
それにうっと頬を染めて視線を逸らせば、ミツハさんは「じゃあ一緒に寝ちまおうぜ」と俺の身体を抱きしめてくる。温かい腕に身体を取られて、同じようにミツハさんの熱の移ったシーツに俺は埋もれた。
「っミ、ミツハさん!」
俺は慌てて声を上げる。
ミツハさんは相変わらずニコニコと、どこか面白そうな面持ちで至近距離から俺を眺め、俺の必死の制止にも「んー?」と伸びた声で答えるだけだ。うう、嬉しいけど今はそれどころじゃないんです。
「話、聞いてくださ…っわ!」
俺がとにかく未来のことを話そうとすれば、ミツハさんは俺の背を抱き寄せて腕の中に収めてしまう。
ミツハさんは痩身だけど背が高いから、貧相な身体つきの俺など簡単に両腕に収められるのだろう。なんだか嬉しいような悲しいような。とにかく、俺はそれにまたしても言葉を途切れさせてしまう。
背を抱くミツハさんのその掌の熱が、俺の薄い服越しに皮膚を焼いた。ぞわぞわと全身に伝播するむず痒さと羞恥心は脳に危険信号を送る。色々と反応してしまいそうだ、主に俺の若い下半身が。
「チョコのにおいがまだ残ってる…」
ミツハさんが俺の前髪に鼻先を埋め、そしてスンと鼻を鳴らした。そのまま顔を下にずらして、真っ赤になっているだろう俺と視線を合わせると、にこりと、絶世の微笑を浮かべた。まずい、反則です。
俺はもう、ミツハさんを直視できなくなってぎゅうと目を瞑った。そうすれば、ミツハさんが喉奥でくぐもった笑いを噛み殺すのが聞こえた。それすら俺を煽るのだからどうしようもない。
不意に柔らかい感触が額に落ちる。それに俺は肩をビクリと震わせて、恐る恐る瞼を持ち上げた。
そうすれば、視界に映るのは綺麗で端整で妖艶で、今は凄く男前なミツハさんの顔だった。
「ぎゃっ!」
俺はこともあろうことか、うっかり変な声を発してしまう。いや、だってそれくらいの破壊力だった、主に俺の思考に対して。それにミツハさんは苦笑する。
「ヒデェなぁ、ぎゃはねえだろ。…ま、彼方らしくて可愛いけど」
そしてちゅっと、今度は顔色を忙しなく変える俺の鼻先に柔らかい感触―――それはミツハさんの唇に他ならない―――が降ってきて俺は声もなく背を震わせた。
「…オイオイ、こんくらいで固まんなよ」
俺の反応にミツハさんがまた笑う。今度は小刻みに肩まで震わせていた。
「す、すみません…ん、…ん?」
とりあえず、俺はなんだかよくわからないけれども謝罪の言葉を口にする。
けれども、そうだ、だからそうじゃなくて、と俺は本日何度目かの突っ込みを自身に入れた。ミツハさんが絡むとついつい流されて本来の目的を失ってしまうのは俺の悪いところだ。
そう、ミツハさんが悪いんじゃない、そんなミツハさんにメロメロな俺が悪いんだ。…ちなみにこれをいうと、未来が酷く不機嫌になるので未来の前では禁句だったりするのだが。
「そうだミツハさん、未来が!」
俺はようやくもって本来の目的である未来の名前を口に出した。
そうすれば、目の前のミツハさんは笑いを治めて、「未来?」と俺に返してくる。俺はシーツに側頭部を擦り付けるように頷いて続けた。
「未来が、その、未来が出てっちゃって…! あの、俺…!」
俺は未来が出てってしまったこと、俺が何かしてしまったのではないかと不安であること、尋常ではない様子だったこと、それらを伝えたいのに上手く言葉に纏められない。
結局口篭って、唇を噛んで顔を俯かせた。どうしてこう、うまく言えないのだろう、もどかしさに胸が痛んだ。
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