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Lv.2-9

「…なんか変なこと考えてんだろ」

 不意に、そう未来が口を開いた。俺はハッとして未来を見上げる。なんだか今日は物思いに耽りすぎだと俺は自分自身を叱責した。
 見上げた未来といえば、先ほどまでの笑顔が、今度は少し怒ったような、否、むしろ拗ねたようなそれに変わっていてなんだか俺は居心地が悪い。

「な、なんでもない…」

 俺は未来のなんだか突き刺さるような視線に耐え切れずに顔を背けた。
 そうすれば、「どうせまたミツハのことでも考えてたんだろ」という不機嫌さの滲んだ未来の声が鼓膜を打つ。その通りだが、けれどもそれだけではないのだと主張しようにも、なんだかそれをいうのが怖い。なんだろう、言っても怒られる気がするんだ。
 そして俺は、そっと肺に溜めていた息を吐き出した。
 一緒に暮らしだして、未来はこういう態度をよくとるようになった。俺がミツハさんミツハさんと嬉々として件の人に寄って行けば、首根っこを引っ掴まれて「ミツハミツハうるさい」と怒られ、一緒に出かけようとすれば「駄目だ」と切って捨てられる。用事があるのに、といえばかわりに「ほら行くぞ」と腕を取られて目的地まで強制連行だ。
 だから、最近の未来は少し強引で俺はドキドキする。基本的に優しいのは変わりないのだが、ミツハさんが絡むとなんだか少し怖い。いや、怖いという種類にも色々あるが、本能的なそれ―――ヤマトに向けるような『恐怖』―――ではなくて、後が面倒だという意味で怖い。正直どうしたのだろうと思う。
 それにミツハさんは気分を害することもなく「おーおー頑張れ」というだけで全く俺には理解できない。どういうことでしょうと問うても、「先は長そうだな」と苦笑されてしまう。だからそれはどういうことでしょう。
 結局そんなミツハさんとの会話も未来に遮られて終わってしまうのだからどうにもならない。

「…まぁいいけどな。ほら、早く帰ろうぜ」

 未来はそういい、歩調が緩くなっていた俺を促す。俺は慌てて未来に駆け寄った。足の長さが違うから、気を抜くとすぐ遅れてしまうのだ。折角、未来が歩調を緩めてくれているのにもかかわらず、だ。

「わ、悪かったよ」

 俺が近寄りながらそう小さく零せば、隣の未来は「もういいさ」と笑った。ただ、「ミツハの分はつくんねぇけど」と付け加えたので容赦なくその脛を蹴ってやった。…やっぱりかわされたけど。
 そんなことをしながら、寝座まであと歩いて数分の距離に差し掛かったとき、不意に未来が足を止めた。俺はどうしたんだと未来を見上げる。

「なに、みら…」

「彼方」

 未来が俺の声を遮る。緊張した声音に、俺は口を噤んだ。不安に駆られて未来に一歩近寄る。未来が、俺を背中に隠すように一歩前に出た。
 シンとした静寂に包まれた路地裏で、俺は未来の背に隠れて息を殺す。ドクンドクンと不安に心臓が早鐘を打って煩いくらいだ。ただ、未来の背中が大きくて、それだけが俺の心の拠り所だった。

「…隠れてねぇで出てこい」

 未来が、不意に口を開いた。その声は、低い。俺はビクリと震え、空の両手で未来の服を掴んだ。口を挟める要素は何処にもない。
 相変わらず、音のない空間で俺たちは佇んでいた。未来の警戒する向こう側は動かない。けれども、未来は焦らなかった。俺というお荷物がいる以上、下手なことは出来ないのかもしれない。
 そして数十秒の間のあと、フフ、と軽い笑い声が俺たちの鼓膜に届いた。俺は肩を強張らせ、未来はより一層ピリピリとした緊張感を纏う。得体の知れない恐怖に足が竦んだ。怖い。


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あきゅろす。
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