[携帯モード] [URL送信]
Lv.2-7
 そして、そんなブラックマーケットに未来という名の財布と来た俺は、ここぞとばかりに欲しいものを買い込んだ。それはもう、俺の財布が数十回は空になるくらい買った気がする。
 会計の際に読み上げられた数字の羅列に、正直、いくら未来の財布を当てにしているとはいえ、俺は若干といわずダラダラと冷や汗をかいた。しかし未来は、そんな俺に気付いていないのか、反対に「他に欲しいものはないのか?」と問うてくる始末で、これには俺も完全に撃沈した。なんだかもう、俺と未来のなかの金銭感覚はずれ過ぎている気がする。そのくせ、「あっちの店のが安かったぜ」と少しでも高い商品を値切ろうとするのだから庶民なのかそうでないのか全くわからない。なんだかもう、どういうことだと詰りたい心地だ。
 とにかく、未来の財布は偉大だったので、俺たちは店の肉になることもなく目的のものを購入できた。
 そして今、俺と未来の腕の中の袋のなかにあるのは、いつもは財布が寂しすぎて手の出せない食材―――生鮮食品―――と、日用品だった。ちなみに料理するのは未来で、俺は食べるのが専門だったりする。俺は、自慢ではないが食べられればそれでいい人間なのだ。つまり、料理などできない。
 そのお高い食材は俺の腕の中にあり、今も俺の腕から体温を奪っている。正直、底の部分の冷たさは異常だ。俺が元々冷えているだけかもしれないが。
 そして隣の未来の腕の中には日用品の類がつまった袋がある。細々としているくせに嵩張って重いそれを、未来は難なく、そしてさりげなく、それを持とうとした俺の腕から自分の腕に移動させた。そしてそのまま店を出て、こうして俺の隣を歩いている。そういう、ちょっとした動作が憎たらしいほど格好良くて、なんだかむかつく。嬉しいけど。
 そんな複雑な思いで隣を歩く未来を見上げれば、悔しいくらい男前な容貌が網膜を焼いた。痛んだその髪さえ未来をより一層男らしく見せるのだから、ずるいとしか言いようがない。俺がそんなことをした日にはとち狂ったのかと心配されるか、そのまま放置されるかのどちらかだ。なんだか考えていて悲しくなってきたのでやめよう。

「彼方」

 俺は不意に名前を呼ばれて我に返る。思考の海に片足を突っ込んでいた俺は、慌てて俺の名を呼んだ未来を再度見上げた。そうすれば、俺の視界の中、サングラスで隠されたあの赤紫の双眸が困ったように、心配するように細められているのに気付く。

「まじで気分悪いのか? やっぱりそっちも持ってやるから、…ほら貸せ」

 俺は未来の言葉にうっと詰まる。未来の奴、これで優しいなんて完璧じゃないか。というか、未来に対して酷いことを考えていた自分がなんだか恥ずかしくなって、俺は慌てて首を振った。

「大丈夫だって!」

「彼方の『大丈夫』は信用できねぇからな、ほら」

 全然大丈夫、と主張する俺に、しかし未来はそう続けて、俺が否定する暇を与えずに俺の腕の中の袋を取りあげてしまう。冷たい感触が腕から消え、そしてそれはすぐに既に二つの袋を抱えていた未来の腕の中に収まってしまった。なんということだ。

「っちょ、未来!」

 俺は慌てて未来の腕から自分の分のそれを取り返そうとするが、未来は「んなのはいいから、早く帰ろうぜ」と俺を急かした。そうもいかない。なんだか居た堪れないというか。

「いざとなったら『飛んで』帰ってやるから」

 そう俺に言い聞かせるように言って、未来は「ほら」と更に俺を急かす。
 未来は完全に誤解していた。
 確かに、沢山の人の気配に、『熱源探知(サーチ)』能力者の端くれである俺は無意識下で働く能力の反動で気分が悪くなることがあるのだが、低能力者ゆえにその影響も小さいのが現実だった。そのため俺自身、あまり気にしたことがないのだが、今回、うっかり物思いに耽っていたところをそれと勘違いされたらしい。むしろ心配してくれているので嬉しいことなのだが、しかしなんだか背中のあたりがむず痒い。

「家帰ったら温かいもの作ってやるから、もう少し我慢してな」

 そしてそう笑顔で続けられて、俺は吐き出そうとした未来への文句の言葉を喉の奥に押し込む。その言葉のかわりに、俺の口腔は刺激を受けた唾液腺からのそれで充満した。温かいスープでも、飲み物でも、きっと未来の作ってくれるものは何でも美味しい。

「…豆抜きだぞ」

 俺が例のように小さくそう言えば、隣の未来は、また頬を緩めて「わかってる」と返してくれる。なんだか嬉しくなって、俺は少し離れていた未来の側に駆け寄った。やっぱりミツハさんも好きだけど、未来も大好きだ。


[*down][up#]

7/167ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!