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Lv.2-4
 ヤマトが唸りながら再び書類に向き合ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。俺はいい加減細かく堅苦しい文面に向き合うのが苦痛になって疲れた目頭を片手で揉んだ。
 不意にヤマトのほうへ視線を向ければ、当のヤマトは相変わらず、カッカッカと規則正しい音を立てて書類と格闘中だった。カナちゃんに会うために必死なのだろう。
 基本的にヤマトは何でも器用にこなす人間だ。頭も悪くない―――というか凄くいい―――ので、やる気さえあればなんでも出来るに違いない、と俺は思っていたりする。ただ、そのやる気を引き出すのが非常に困難なだけで。
 そしてそれを常に引き出せず、毎回期日間際に溜まりに溜まった書類と戦う羽目になるのだ。何故学ばないといわれると非常に俺も胸が痛いのだが、しかし、ヤマトはそれを改める気はないようだった。それだけはどうにかしてほしいことだったりする、俺の精神のためにも。
 とにかく、ヤマトも頑張っているようだし、俺ももうひと頑張りするかと文面に再び向き直ったとき、コンコン、と規則的な音が俺の鼓膜を叩いた。俺は折角やる気を出したというのに、と少々苛立ちながら顔を上げ、音のしたほうへ視線を向けた。
 視線の先には大きな扉があり、豪奢な飾りが付いたそれはこの執務室の扉だった。音はそれを叩くもので、俺は眉を寄せる。
 気付けば、何時の間にかヤマトの発していた規則正しい音は途絶えていた。苛立った感情のままチラとヤマトをみれば、ヤマトもまた作業を中断されたことへの不満で渋い顔をしていた。俺はそれに苦笑してから、視線を扉に戻して「入れ」と扉へと声をかけた。
 そうすれば再び、件の音は再開した。一分一秒も惜しいのだろう。

「失礼いたします」

 そして音を立てた扉が開き、そこから一人の男が室内に入ってきた。
 俺の視界に映るその男は、黒の制服を寸分の乱れもなく身に纏い、すらりと高い長身で最敬礼を取った。そしてゆっくりと、しかし隙なく上半身を元に戻す。男は、黒衣のそれと同じような漆黒の髪の下に秀麗と形容できる容貌を持っていた。
 その男は、低いが凛と響くその声音で音を紡ぐ。

「ヤマト様、駿河様、執務中、大変申し訳ありません」

 そして男は、薄氷のような淡い青の双眸で俺たちを見つめてそう口を開いた。
 俺はまず、ヤマトをちらと伺う。この室内で最高位なのは代表者であるヤマトだ。ヤマトが口を開かなければ、男に発言権はない。
 しかしヤマトは声に反応することもなく、書類に向き合ったままだ。カッカッカという音と紙を捲る音だけがしばらく場を支配する。俺は肩を一つ上下させ、しかたなくヤマトのかわりに男に問うた。

「…それで用件は? 千里(せんり)」

 そう、男の名は千里という。この第8地域の『監視者(カラーズ)』と呼ばれる、不穏分子や犯罪者を取り締まる組織のトップだ。この『監視者』は『特例』を除いて代表者に絶対服従する組織でもある。そしていうまでもなく、能力が高いことが組織に入る絶対条件の精鋭の集まりだ。その上につくのが、代表者であるヤマトと、そして俺、という構造になっている。
 そのトップである千里は、俺の問いに閉ざしていた口を開いた。

「最近になって当地域で多発している失踪事件について、報告に参りました」

 その機械的で淡々とした報告に、俺は眉を顰める。

「そういやそういう報告が上がっていたような…」

 どっかで見た気がする、と俺が首を捻った。
 その報告書は、今、ヤマトの前に堆く積まれている書類の塔の一部を構成しているに違いない。それを崩すのは、ヤマトの機嫌を考えると出来るだけ避けたい事柄だった。


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