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ド短編 小間切れ集
殺したくれと彼女は嘆いた ,未完

夢だ。夢だとわかっているのに、眠りから覚められない。
何度も繰り返す場面が、じりじりと目に焼き付く。


2度3度と腹に突き立てた剣は白銀の刃が見えないほど赤く染まり、柄の豪奢な細工にまで血が滲み込んでいた。
やってしまった。
やってしまってから、我に返った。
不思議と痛みは鈍い。それよりも心がギリギリと引き絞られるように痛んだ。座りこんだ脚から容赦なく体温を奪う灰色のざらつく石のタイルの地べたから、直接生えたかのような首が正面にあった。
どんどんと体温が抜け紙のように白く色をなくしていく肌はどす黒い赤に塗れ、首から下が無い頭を軽々と持ち上げた指で頬をなぞった。

「来世、来世があるなら」

女はそっと抱き締めた。
自らが弑しいした愛しい人を。自らを騙した憎い男を。

「縁も所縁ゆかりも、無いと良い」

頬を濡らす涙もそのままに、彼の冷たい唇に口づけた。
















「ユキ、父さんと母さん頼んだ」


炙られるかのような焦燥感。飴のように引き伸ばされた刹那の間に互いに目があった。
久方ぶりに出会った姉はそう言って苦く微笑んだ。

「ねえさ、」

ぱりぱりとゆう音が耳についた。瞬く間に足元から首筋まで、そして振り返った姿勢のまま
彼女は物言わぬ彫像へと姿を変えた。
はじかれたように駆け出す足、延ばした手が頬にあと少しで触れられたのに。穏やかな表情を描き出す硬質な肌はつるりとして、すでに体温すら感じられなかった。

「アニ、キが…女?」

旅の道連れの騎士は呆然と呟いた。
絶句する。きしむほどにかみしめた歯からは嫌な音がする。

「帰りましょう」

気が付けば呆然と立ち尽くしたまま時間ばかりが過ぎていた。



初めから最初から話をするならば単純な英雄譚。勇者の旅の一行が魔王を倒すまでの冒険の物語。
その始まりは、姉弟がちりじりになった事から始まった。


通学路、たそがれ時のオレンジ色の住宅街。
アスファルトの道を二人並んで歩いた。たまたま弟の行平ゆきひらの部活が早く終わり、姉の文学部とは名ばかりの趣味サークルの帰宅時間と被ったから。

遠くカラスの声を聴きながら、肌寒くなり始めた秋口の風に姉は肩を抱いた。
互いにけだるいような空腹を感じながら、言葉少なに家路を急ぐ。

「っユキ!」

初めに気付いたのは姉だった。

夕焼け色した太陽よりまばゆい金色の光が足元からせり上がり、すぼまりが緩むように真円を描き、音がなくなり空気が停滞した。夕凪とは異なる、それと足元がスコンと抜ける無重力感。

きいぃんと甲高い耳鳴りに顔をしかめながらも、姉はユキに手を伸ばした。



小さいころから、姉だ姉だと言われることが嫌いだった。
ある意味よそ者に対しての方が優しくできたかもしれないし、弟と姉なんて大体が冷戦状態か主従のような関係だと私は思っていた。

ざりざりと肌を削る石の感触に、何故と真っ先に疑問がうかんだ。頬に擦り傷が出来そうだ。
瞼の裏の闇に、自分がいつの間にか眠っていたことに気が付いて、うっすらと目を開いた。

くさい。
生ごみとは違った、酸っぱいような人の体臭や排水溝のような何とも言えない匂いが鼻についた。
視界は石畳と同色の壁。三四階の建物に切り取られた空は曇天。石造りかモルタルかわからないが、漆喰がはがれ屋根を失ったあばら家も点在する。隅のほうはカビかコケか判断しかねるモフモフとしたものがはびこり、散乱するガラス片や鉄屑に生ごみが見えて、慌てて飛び起きた。

しらない、知らない路地裏だった。うちの近隣ではお目にかかる事のない風景だった。



吹き抜けたビル風が肩口で切りそろえた髪をかき回す。
呆然と立ち尽くしたのちに、ようやく自分の身に何が起こったかじわじわと記憶が浮かび上がってきた。
ユキが、行平が居ない。

思い至った途端、全身の血液がざあざあと音を立てた。
くらりと力が抜けそうになった四肢を叱咤して、視線を走らせた。

いない居ないイナイ。
かっと熱くなる目元を乱雑にぬぐいながら、弟を探す。
居ない。

泣きそうになるのを歯を食いしばりこらえながら、あの学ラン姿を必死に思い浮かべた。
ゆるゆると歩みだした足は、やがて駆け出し、蚊の鳴くような声は、びりびりと喉を傷めるほど張り上げるものへと取って代わった。

「ユキ!ユキ!行平ぁ!」

返事をしなさいと叫んだ声に答えたのは、見知らぬ薄汚い男だった。





ぽつぽつと雨が降る。石畳に染みて、色を変えてゆくそれが肌を打った。
腿やへそ、紙やすりのようなざらついた手や指にまさぐられた柔肌を清めるように、冷たい雨が音を立て雨脚を強めていく。

呆然と、目にすら流れ込んでくるそれに瞬きながら身を起こしたが、何もできなっかった。
言葉がない。
ナメクジのように壁にすり寄って、力の入らない下肢を立てようとした。
痛い。何もかもが痛い。

嗚咽が漏れた。
声にならない悲鳴は、誰にも届かず。静かに消えていった。




獣くさい。暖かいような、蒸し暑い何かに寄りかかりながら、それが人の背中だと築いた途端にのけ反った。

「ぅおっッと?!」

足を掴んで離そうとしない誰かに、半狂乱になって暴れまわる。

「ゃだ!やだ!や!や!ぁあああ!」

空気を震わすような絶叫に、彼女をおぶっていた誰かは堪らず怒鳴りつけた。

「やかましぃい!だぁらんかい!」

恫喝にちかい怒声、恐怖から身がすくむ。
地べたにゆっくりと頭が着けられた事すら恐ろしくて、しゃくりあげながら息を詰めた。

腿が離され、ゆっくりと顔が覗き込んだ。
茶色く、メッシュのように黒が混じった毛色の犬。それが成人男性の体から生えていて、


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