Story-Teller
【番外編】桜井さんの恋愛事情T




「相楽君」と高い声で名を呼ばれ、怪訝な顔をして振り返った。

総務部のオフィスを出てから数歩も進んでいないところで相楽を引き止めたのは、十数秒前に相楽から書類を受け取ったばかりの女子総務部員だった。

すらりとしたスタイルと、無駄にふわふわした巻き毛の女子総務部員・藤谷雛子だ。
相楽は、彼女の声が好きではない。

彼女の背に隠れるようにして、二人の女子総務部員がこちらを見ていた。その二人については、相楽はよく知らない。


渡した書類に何か不備があったのかと、体ごと彼女達に向き直れば、先頭に立つ藤谷はにっこりと微笑んだ。

「ごめんね、引き止めて」
「いえ……何か、ありました?」

彼女の、媚を売るように甘ったるく伸びる声が不快だった。
すぐに用件を終わらせるべく早々に先を促せば、藤谷は背後にいる女子に目配せしてから、あのね、ともったいぶった様に切り出す。

「こんな事聞けるの、相楽君しかいないから。迷惑かもしれないんだけどね」
「はい」
「関さんって、彼女いるのかな?」
「……関?」

ぽかんと口を開いて反復すれば、藤谷は一気に頬を赤らめる。
もじもじと後ずさる彼女に、背後の女子が「頑張れ!」などと声援を送っていた。何を頑張るのか、相楽にはわからない。

ちらりと向けられた得体の知れない期待を含んだ視線に、相楽は藤谷の言葉を脳内で反復する。
どうにか意味を理解してから、更に怪訝な顔で口を開いた。

「いない、と、思う」
「ほらぁ! やっぱり!」

藤谷の背後で声がする。妙に興奮している外野たちが、一層顔を赤くして身をくねらせている藤谷の肩を揺さぶっていた。
眉を寄せて首を傾げている相楽などお構いなしで、彼女達は見る間にテンションを上げていく。

「だから告白しようって言ってるんじゃん!」
「え〜、でもぉ」
「雛子、可愛いんだから押せばすぐ落ちるって」
「え〜、そんなに可愛くないよぅ」


なんだこれは。

鳥肌が立つような独特の生温さを放つ光景に、相楽は口元を引きつらせて踵を返す。
よく解らないが、藤谷の用事は済んだのだろう。


さっさと退散しようと歩を進めた相楽の左腕に、燃えるような激痛が走る。
咄嗟に腕を振りながら首を捻れば、藤谷の背後に居たはずの女子が目をぎらぎらと嫌な色に輝かせていた。
負傷したばかりの相楽の左腕を遠慮無く掴んだのは、彼女だろう。一瞬沸いた殺意をどうにか静める。


なんですか、と小さく問えば、一層ぎらついた目が相楽を捉えた。

「じゃあ、吉村監理官は?」
「……」
「あと、篠原隊長と、高山副隊長も!」
「……」
「関さんって、どんな子が好きなの?」
「篠原隊長って、普段どんな話をするの?」
「吉村監理官の好きなものって何?」
「高山副隊長って、休みの日は何をしてるの?」
「教えて、相楽君!」


……相当、面倒臭いものに捕まったかも。

気付いた時には既に遅く、彼女達の質問が止まる気配は無い。

獲物を狙う肉食獣の目をした彼女達は、相楽という獲物を罠にして、更に大きな獲物であるファースト・フォースの面々を釣ろうとしている。

キャンキャンと小型犬が吠えているような甲高い声で続く質問攻めを受けながら、相楽はぼんやりと意識を別の所へと移した。





総務部員・藤谷雛子は、密かに男子隊員達の人気を集める存在らしい。

相楽から見れば鬱陶しいだけのふわふわふわふわふわふわしている巻き毛や、わざとらしく口端を上げて突き出された唇(関曰く、アヒル口、というらしい)、華奢な体躯に似合わないほど豊満な胸のサイズが、彼女を瞬く間に軍内のアイドルへとのし上げたようだ。


元来、そういう話題に疎い相楽が何故それを知っているかというと、ファースト・フォース内で最も恋多き男・桜井昇から散々聞かされたからだ。
惚れっぽくて、しかし振られた回数も尋常ではない桜井の今回の恋の相手は、このアヒル口だ。


うっとりとした目で、「目が大きい」、「胸がでかい」、「睫毛が長い」、「口が可愛い」、「胸元のボタンがはち切れそうなのが良い」、「腰が細い」、「足が細い」、「やっぱり胸がでかい」などと熱弁を奮う桜井に、捕まってしまった相楽と関は辟易していた。
胸ばかり見ているじゃないか、と。


改めて相楽は、荒い息で詰め寄ってくる藤谷を見下ろした。
アヒル口じゃない。意識して形成していないと、普通の口らしい。
睫毛が長い、と桜井は言っていたが、よく見ればこの睫毛は人工だ。騙されている。

確かに、胸はでかい。……でかいな。



◆◆◆ A へ続く ◆◆◆



[*前へ][次へ#]

11/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!