「つまりキミ達はさぁ」
桜井が言う。その声は飽くまで楽しげだ。
けれど、そこに含まれている怒気に気付いた相楽は、口を塞ぐ関の手を思わず握り締める。
桜井が怒るところを、見たことは無かった。
見た目は派手で軽薄そうだが、関や相楽を率いて前を歩いてくれる、頼りがいのある兄貴分のような人だ。
軽く注意をすることはあれど、はっきりと怒りを見せたことは無い。温厚な人だと思っていた。
しかし今、相楽から見える桜井の背中からは、じわりじわりと滲み出るような怒りが感じ取れる。
その怒りの矛先は、桜井の視線の先にいる三条寺だった。
「ファースト・フォースは……『俺達』は、寝ればホイホイ手の平の上で転がせるような、かっるーい奴らだって言ったわけだ」
「!! ち、ちがいます」
はっと我に返った三条寺が、縋るように桜井の足にしがみ付くのが見える。
桜井は、それを見下ろしていた。
「何が違うのか解んないんだけど」
桜井の声は、嘲笑うようだ。
そこで相楽は漸く気付く。見えた桜井の横顔は、笑ってはいないのだ。
声は笑みを含んだような色なのに、そこにあるのははっきりとした怒りだけで、そして笑っているように見えるのに、目は冷え冷えとしている。
桜井の目は、まるで汚いものでも見るように三条寺を見下す。その視線に、三条寺が再度震えだした。
「キミは俺達を侮辱して、ついでに俺達の仲間の相楽も侮辱したんだよ。何が違うのか、説明してくれんの?」
「桜井さん、あんまり苛めてると飯食う時間無くなるよ」
相変わらず楽しそうな関が言えば、桜井はちらりとこちらに目を向けてから、三条寺へと視線を落とした。
桜井は、笑う。
満面の笑みだ。形だけは。
目は三条寺を射るように鋭く、反UC派を前にした時と同じ鳥肌が立つような激しい敵意を発していた。
ゾッとしてしまった。
侮蔑で塗れた桜井の目は、反UC派にも怯まない相楽を震わせるほどの威圧を含んでいる。
「今度会うとき、ゆっくり聞かせてもらうよ。えーと……」
桜井の手で三条寺のツナギの胸部分が引き寄せられる。三条寺はひっと短い悲鳴を上げた。
「サンジョウジくん、ね」
ツナギに金糸で縫い付けられている氏名を読み上げて、突き放す様に手を離した桜井は、そのまま勢いよく振り返る。
こちらを向いた桜井は、何事も無かったかのようにいつもの笑顔に戻っていた。それが、一層恐ろしい。
関の手はいつの間にか離れていた。
それでも身動きが出来ずに立ち尽くしていた相楽に、桜井はどうしたぁ?と笑いかける。
「桜井さん、カツ丼食いに行きません? カツ丼と蕎麦のセットが食いたいんですよね、俺」
軽い足取りで隣を擦り抜けていった桜井を、関が追った。
彼らの話題は既に、今日の昼食をどの店で摂るかへと変遷している。呆然と背を見送る候補生達など放ったらかしだ。
相楽は、床に座り込んだまま涙目で放心している三条寺を一瞥してから、背を向ける。
養成所の出口を潜った先で、関と桜井は立ち止まって待っていた。
「相楽、何食いたい?」
問う桜井に、一瞬目を左右に泳がせ、こくんと唾を飲み込んでから駆け寄った。
「……カツ丼」
「決まりー。カツ丼にしましょ、桜井さん」
「おー」
相楽が追いつくと、桜井が歩き出す。
その背を見上げていた相楽に、関は手を伸ばして、頭を無遠慮に撫でてくる。ぐしゃぐしゃと髪を乱されて、相楽は亀のように首を縮めた。
どこから聞いていたのかは解らないが、三条寺に言われた侮辱は全て聞かれていたらしい。
見下ろしてくる関の目は労わる様に優しくて、妙に照れ臭くて恥ずかしさが増す。
「……別に慰めてくれなくていいんだけど」
「いいから、いいから」
相楽の右腕を軽く引いて、関も歩き出す。
見える二人の大きな背中が、いやに頼もしく見えてしまった。
「……ありがとうございます」
小さく呟いた声を拾った桜井は、一度だけ振り返り、優しく笑う。
いつもの笑みに、相楽はホッと息を吐き出して、三条寺の怯えきった姿を思い出して声を出して笑った。
>>>To be continued,