Story-Teller
XV




『自信を無くした』


あの事件の後のファースト・フォースを形容するならば、そんな状態だった。

―軍内外から尊敬や畏怖の目を向けられ、自分達の能力がどれ程高いのかも自覚していたし、そんな彼らだったからこそ、篠原も躊躇せずに任務に駆り出させ、必ず功績を残して来ていた。


それなのに。






─桔梗組の当主は、ファースト・フォースの敗北を語らなかった。


マスメディアを通じて、国民全体に『ファースト・フォースはたった一人に手も足も出なかった』と言えば、ファースト・フォースを疎む反UC派からすれば最高の晒し上げだったのに、だ。

いつまで経っても、あの夜の惨劇がニュースや新聞の一面を占めることはなかった。反UC派側の者すら、あの夜、桔梗組の当主が一人でUC館に現れたことを知らなかったようだ。
それどころか、あの夜以降も変わらずに反政府の演説をして拘束されたやつや、UC館に武器を持って立ち入ったやつらは、桔梗組の当主が帰国していたことすら知らなかった。


「まるで、桔梗組の当主に情けを掛けられた様だ」と呟いたのは桜井だっただろうか。

皆、その言葉に俯いていた。


桔梗組の当主が何を考えていたのかは知らないが、ファースト・フォースの存続は守られた。それがまた悔しかった。





「篠原さん……」

小さく聞こえた声に、ハッとした。

見れば、篠原に掴まれたままの手首を見下ろしていた相楽が顔を上げたところだった。
何も言えずにグッと息を飲んで見下ろせば、相楽は不思議そうに首を傾げる。


「……篠原さん、俺、夕飯まだ食べてないんで早く帰りたいんですけど……」


困った様に呟かれた言葉に、心底安堵した。
あの敗戦直後の淀んだ空気を払った張本人は、いつもと変わらぬ暢気な口調のまま。
無意識に、ファースト・フォースの徹底的な敗北を教えることで、相楽が『あの挫折』に同調してしまう事を恐れていたのか。

相楽のきょとんとした丸い瞳に、知れずに笑みが漏れた。
そんな篠原の微笑に、相楽が殊更目を丸めている事に気付いて、然り気無く彼の手首から手を離した。


「……奢ってやる」

「え?」


呟けば、まだ大きく丸まったままの目がジッと見上げてくる。


「夕飯。俺も食ってないから奢ってやるって言ってんだ」


言いながらデスクに放っていた上着を着直し、外したネクタイはポケットに突っ込んだ。

引出しから、オフィスのカードキーと自分の愛車のキーを取り出す。
扉を開いて振り返れば、相楽は口を半開きにしたままポカンと立ち尽くしていた。

片手で扉を押さえたまま、もう片手を照明のスイッチに添えると、ハッとした様に相楽が駆け寄ってくる。
相楽が篠原の腕の下をすり抜けて廊下に出た事を確認してから明かりを消せば、オフィスは一気に暗闇に沈んだ。


「篠原さん、抹茶アイスが食べたいです」


オフィスの扉をカードキーで施錠している背後で相楽が言うので、思い切り眉をしかめて振り返れば、珍しく満面の笑みで篠原を見上げていた。
そんな稀少種な笑みに面食らっていると、相楽は首を傾げて付け足す。


「篠原さんが奢ってくれるんでしょ? デザートに抹茶アイスがあれば、どこでもいいですよ」


どうやら、こいつは脳内まで糖分で出来ているらしい。
今まで相楽に『あの事件』を教えるかどうかを悶々と悩んでいたのが馬鹿らしくなる程、相楽は無邪気に笑う。



呆れた溜め息と共に、再度安堵の笑みが溢れてしまった事に気付き、踵を返して歩き出した。

パタパタと付いてくる足音が妙に愛しく思えたのは、気のせいだと頭を振り、わざとらしく大きな溜め息を吐く。


「お前、お子様セットでいいんじゃないのか?」

「それって抹茶アイス付きます?」


問題はそこなのか、と苦笑し、緩んだ口元を片手で隠した。






そういえば、こんなに笑ったのは、あの日以来だ。

そんな思いがよぎったことに、僅かに動揺しながら。


>>>To be continued,




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