Story-Teller
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病室から飛び出した勢いのままオフィスには戻らずに屋上まで逃げ出した相楽は、晴れ模様の秋空を見上げて、そっと目を伏せた。
日が暮れるのが早くなってきている。恐らく、もうちょっとで夕焼けが屋上を覆って、相楽も真っ赤に染まる。ひやりとした風に頬を叩かれて、ゆっくりと目を開いた。

あの夜のことを思い出すと、眠れない。

目を伏せると、目蓋の裏で真っ赤な色が飛び散る。篠原の血だ。
悲鳴を上げそうになるのを堪えて、目を開く。
真っ暗な部屋の天井を見て、飛び起きる。
意識が戻らないままベッドの上に横たわる篠原を見て、目を伏せる。
眠れるわけがなかった。
朝までずっと、目を伏せて動かない篠原の手を握り締めて過ごした。ごめんなさい。と何度も何度も懺悔するように唱えた。

暗闇の中で、都築の目に宿ったものと同じ蒼い光がゆらゆらと炎のように揺れては消える。相楽の目に焼きついた蒼い炎は、病室の中にまで現れて、その度に相楽はぐっと息を飲んだ。
篠原の弱い息遣いを感じながら考える。あれは、あの蒼い光は、なんだったんだろう。

あの、蒼い光は、もしかして。





「相楽!」

唐突に背後から掛けられた声に大きく肩を揺らした。振り返ってみれば、屋上の扉を開いた状態のまま、こちらに手を振っているチームメイトの姿がある。

「木立さん」

呼べば、にっこりと笑った木立が駆け寄ってきた。
隣に来た彼は、相楽の手を引いてベンチへと腰掛ける。きょとんと見つめていれば、手に持っていたコンビニの袋をがさがさと揺らしてみせた。

「ちゃんと食べてないでしょ? 俺、これから夕飯なんだけど、一緒に食べない?」
「……ありがとうございます」

相楽が座ったまま深々と頭を下げれば、笑顔のままの木立はサンドイッチを押し付けてくる。受け取ってみれば、やけにずっしりとした重さだ。包装を見れば、カツ、チーズ、ツナと胃を直撃しそうな文字列が並んでいる。
助けを求めるようにちらりと木立を見たが、「食べなきゃだめだよ」と笑顔で押し切られてしまった。

「隊長、顔色は悪いけど、かなり元気そうだね」
「……病室に行って来たんですか?」

油の臭いがするカツの挟まったパンを手に相楽が問えば、丸いクリームパンを頬張って中からカスタードクリームを溢れさせていた木立がこくこくと頭を縦に振って頷いた。

「相楽は病室にいると思ってたから。怪我人扱いされるの嫌だからって、すぐに追い出されちゃったけど」

くすくすと笑う木立に釣られて微笑む。大丈夫ですか! と甲斐甲斐しく世話をしようとした木立が、いいから出て行け、と篠原に追い出される姿は容易に想像ができた。

カツの端に口をつけて、一口分だけ咀嚼する。口の中に広がった濃い味に目を細めてから、そういえば、篠原の意識が戻らない間、まともな食事をしていなかったことに気付く。食事をするどころか、あの病室からほとんど出ていなかった。

報告書を作るために各方面への事情聴取は行ったが、それもすべて病室でパソコンの映像通信機能を使っていたから一歩も病室を出ていないし、夜は室内に備えられている簡易ベッドで過ごした。
食事は、風早が持って来た気がする。ただ、ほとんど手をつけていない。食べようとはしたが、どうしても飲み込むことが出来なかった。

「おいしい?」

そう問う木立に、こくりとカツを嚥下してから頷いた。
体に栄養を取り込んでみれば、そこでようやく自分の体が疲労していたことも知る。空っぽだった胃が、突然入ってきた食糧に驚いてぐぅ、と悲鳴を上げた。その音に木立ははにかむように笑う。

「……木立さん、心配かけてごめんなさい」
「いいよ。でも、隊長も目が覚めたんだから、これからはちゃんと食べて」

はい。と木立は袋からプリンを差し出してくる。食事をしない相楽を心配して色々と持って来てくれたようだ。
やけに胃がもたれそうなパンばかりを選んでいるあたり、木立が一人で買ってきたものではないのだろう。恐らく、関も一緒に選んだ。
ありがとうございます。と呟いてから、「関にも」と付け足せば、木立はくすくすと笑った。訂正しないところを見れば、やはり、このずっしりとしたカツサンドを選んだのは関だったのだろう。
要らない心配を掛けさせてしまった。と反省していれば、メロンパンに齧りついた木立が「ところで」と唐突に口を開いた。

「相楽の報告書、読んだよ。すごくわかりやすかった。あの報告書のおかげで管理部にあの夜の経緯の説明がしやすかったから、思ったより早く検査も終われたよ。相楽のおかげ」
「……検査って、オフィスの警報の?」

相楽が問えば、紙パックの牛乳をストローでずぞぞと音を立てて啜る木立は頷く。

「やっぱり、警報が鳴ったのは誤作動ではないみたい。管理部のメインシステムにハッキングの痕跡があって、オフィスの警報だけを鳴らされてた。UC館への見回りの要請を入れてきたのも、都築の仲間で間違いないだろうね。管理部は皆、存じ上げませんを貫いてたし」
「……基地内のほぼ全てを掌握されていたってことですか」
「そういうこと。管理部が必死になって基地とUC館のシステムの強化に当たってるところ。……一度突破されちゃえば、どれだけ強化しても、すぐにまた潜り抜けられちゃうんだけどね」
「そうですか……」

どうにか重たいカツサンドを食べ終わって、膝の上に乗せたプリンを見つめれば、横から木立の視線が刺さる。顔を上げると、口の端にメロンパンにコーティングされていた砂糖を付けたままの彼は真剣な表情をしていた。



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