木立の目が真っ直ぐにこちらを見つめていることに気付いた相楽が首を傾げれば、「相楽」といつもよりも低い声が呼んだ。
「上層部に任務の免除を願い出たのって、相楽だよね」
「……」
「てっきり高山副隊長か吉村監理官だと思ってたんだけど、違うんだよね?」
刺さる視線と普段の柔和さが薄れた低い声に、相楽は思わず目を逸らす。その反応が肯定になると気付いたのは、目を逸らしてしまってからだった。
慌てて木立に視線を戻す。目が合っても、なにも言えなかった。
暫し目が合ったままの沈黙が流れる。その重たい空気を払ったのは、木立の苦笑だった。困ったように眉を下げて微笑んだ木立に、知らずに胸が軽くなる。
「ごめんね、問い詰めるみたいになっちゃった」
「いえ……あの、木立さん……」
「あ、待って。ストップ」
プリンをベンチに置いてから身体を木立に向けて口を開いた相楽に、木立は慌てて右手を向けた。相楽が話し出すのを制止したその手で口許をごしごしと拭ってから、「ストップ」ともう一度呟く。
「言わないで、相楽。言いたくないんでしょう?」
「でも」
「相楽が本当に言いたくなるまで、言わなくていいよ」
不意に右手で髪を撫でられる。その手は、甘い砂糖の匂いがした。
縋るように上目遣いで木立を見つめると、彼は穏やかに微笑む。
「相楽が、他の人とは違うのかもしれないって、ちょっと前から気付いてた。なにが違うのかはわからないけど、でも、相楽が言いたくないなら俺は聞かないよ」
「木立さん……」
「上層部を黙らせられるような存在、なんてカッコイイけどね。どうして相楽が秘密にしてるのか、あまり良い理由ではないんだろうな。だから、今は聞かないでおく」
ほら、とベンチの上に置いたプリンを再度差し出してくる。受け取ってから、ぎゅっと唇を噛み締めた。
一度止まった涙が、また出てきてしまいそうだった。でも今度は、悲しいや辛いの感情ではなくて、木立の優しさにどうしようもなく胸が温められたからだ。
篠原といい、木立といい、どうしてこんなにも温かい人ばかりなんだろう。
相楽が上層部に直談判に行ったことに気付いているのは、木立だけではないのかもしれない。ファースト・フォースの他の皆も、木立のように黙っていてくれているのかもしれない。
そう気付いて、目頭が溶けてしまいそうなほどに熱くなった。
「隊長は、知ってるんだ?」
「はい……」
「そっか。うん、わかった。とりあえず、相楽」
プリンの蓋を開くと、甘い匂いが溢れ出す。黄色くふるふると揺れる表面を眺めて涙を堪えていた相楽は、唐突に木立に頭を抱きかかえられたことでぎょっと硬直した。
木立さん? と上擦った声で呼べば、一頻り相楽の頭や身体を撫でた木立が、体を離してから満面の笑みを向けてくる。
「ありがとう、相楽。頑張ったね」
その笑顔を見た途端に、ぼろり、と一粒流れ出た涙に、木立がぎょっと目を丸めた。
「ど、どうした? 大丈夫?」
「大丈夫です。すみません。なんか、情緒不安定で」
ごしごしと手の甲で目を乱暴に擦ってから顔を上げると、木立はおろおろと心配そうにこちらを覗き込んでいる。行き場無くふらふらとした手で相楽の髪やシャツの袖やらを引っ張る木立の八の字に下がった眉を見上げて、相楽は深呼吸のように大きく息を吐き出した。
プラスチックのスプーンをプリンに突き立てる。一口掬い上げて口に入れると、甘いカラメルが口内に広がった。
ごくん、と音を立てて飲み込み、木立に向かって深々と頭を下げる。木立は、一層困ったように眉を下げていた。
「木立さん。いつかちゃんと、言いますから。ちゃんと、覚悟決めますから」
「う、うん。焦らないでね」
へらり、と力なく笑う木立に釣られて笑って、プリンをもう一口食んだ。
覚悟を決めようと思う。
まずは、あの夜からずっと気になっていたことを聞く覚悟を。