「ねぇ、聞いてる? 相楽君! 関さんって、どんな子が好きなの?」
一向に答えない相楽に焦れたのか、藤谷はしっかりと描かれた形の良い眉を寄せ、口を尖らせる。
ハッとして、相楽はまじまじと藤谷を眺めた。それから、控えめに口を開く。
「……藤谷さんは、関が好きなんだ……」
「え? え、やだぁ、いきなり何言うの〜?」
頬を染めて、藤谷は口をわざとらしく形作る。
アヒル口だ。
「好きっていうか、なんていうかぁ」
……はっきりしない。聞かなければよかった。
しかしどうやら、『また』、桜井は失恋したらしい。それも恋敵は、散々惚気を聞かせていた関だ。
……どうしよう。
今度桜井が藤谷のことを話し出したら、相楽は居た堪れなさと罪悪感で死んでしまうかもしれない。
「……ねぇ」
相楽が意を決して口を開くと、藤谷や彼女の外野が目を見開いて見つめてくる。
ようやく答えが聞けるのかと、そういう期待が込められていた。
「……桜井さんは?」
「え?」
「いや、さっきから、桜井さんの名前は出ないなって……」
求めていた答えとは違う問い掛けを返してきた相楽に、藤谷たちは目に見えて怪訝な顔をしてみせる。
非難の込められてい表情に、相楽は慌てて視線を逸らした。
「篠原さんとか、高山さんとか、吉村さんとか、あと関も出たのに、桜井さんの事は聞かないんですか」
「桜井さん? あー……」
藤谷はアヒル口のまま、視線を左右の女子へと移した。目が合った彼女達は、苦笑のような表情を向け合う。
雲行きが悪い。
やばい。また、聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。
藤谷は、ちらりと相楽へと視線を戻してから、「ふふ」とわざとらしい程の満面の笑みを見せた。
「正直、パッとしないよね、桜井さんって」
「わかるー」
「は?」
相楽がぽかんと口を半開きにすれば、彼女達は顔を見合わせながらくすくすと笑い出す。
「確かに、かっこいい方だとは思うんだけど。なんていうか、『それだけ?』って感じ」
「わかるー」
わからない。
全く解らない。
なぜ、関が良くて、桜井がだめなのか。その違いが解らない。
「……優しいですよ、桜井さんは。仕事も早いし、それに」
「うーん、違うの。そういうのじゃなくてぇ」
藤谷は人差し指を唇(相変わらずアヒル口)に当てて、人工の睫毛で覆われた目を細めて笑った。
「なんか、地味?」
「金髪にメッシュ入ってるのに地味は無いと思う」
咄嗟に言い返せば、彼女達は一斉に笑う。その笑いの意味もわからない。
「だってさ、ファースト・フォースの前線六人が並んだ時に、一番パッとしないよね?」
「わかるわかる。篠原隊長は文句なしにカッコイイし強いじゃん? 高山副隊長は爽やかで頼れる感じでぇー、吉村監理官は上品で頭が良さそうでぇー」
身を寄せ合って頬を赤らめる彼女達の脳裏には、ファースト・フォースの前線を担うメンバーの姿があるらしい。
篠原が文句無しにかっこいい、とは何事だ。
相楽の脳裏に浮かぶのは般若のような面で怒鳴り散らす篠原だけなのに。
「関さんは、元気で明るいし爽やかじゃん?」
「相楽君は、お人形さんみたいに可愛いしね。『ファースト・フォースのマスコットキャラクター』って感じ」
「……」
さり気なく傷つく事を言われたぞ。男性としての自尊心がばらばらに砕かれるような。
相楽の動揺になど気付くわけも無く、藤谷たちの楽しげな声は続いている。
「桜井さんはさぁー……」
「うーん、桜井さんって……」
パッとしないじゃん?
そう言って朗らかに笑い合う藤谷たちから、相楽はそっと視線を逸らした。
つくづく女運の無い人だ、桜井は。
よりによって、なぜ藤谷を選んでしまったのだろう。
桜井の女運の無さは、逆に言ってしまえば、「微塵も脈が無い人間を引き当てる能力」なのではないか、と冷静に考えてから、人の良い先輩の顔を思い浮かべた。
哀れみながら溜め息を吐き出して顔を上げた相楽は、そのまま硬直した。
視線を上げたその先。
藤谷とその他の後方数メートル先に、今一番、『居てはいけない人』が居たのだ。
引き攣った笑みを顔面に張り付けたまま呆然と立ち尽くしているのは、キラキラと輝く金髪に赤いメッシュを入れた、派手な風貌の先輩。
やっぱり、『パッとしない』は腑に落ちない、華やかな容姿なのに。
硬直したままの相楽の視線の先で、桜井はゆっくりとした動作で背を向けた。
桜井さん、と呼ぶ声が掠れて喉から出て行かなかった。
藤谷たちが、「関と高山の醸す爽やかさの種類の違い」などと相楽には理解し難い内容で激しく論議を繰り広げる向こうで、桜井は廊下をガタガタと蛇行しながら去っていく。
壊れたからくり人形のような歩行に、桜井の受けたダメージがどれ程のものだったのかが表れていた。
時折躓いたように前後に揺れて、桜井は徐々に遠ざかる。
「さ、くらいさ……」
ようやく相楽がそう呟いたのは、桜井が廊下の向こうに姿を消した後だった。
一気に体内から溢れ出した温い汗が、背中を滝の様に伝う。
ごめんなさい、桜井さん。
どうしよう、桜井さん。
藤谷を押し退けて、桜井が消えた廊下への先へと走り出す。
窓の向こうに見えたのは、何も知らずにいつもと同じ満面の笑みで桜井へと駆け寄った関と、彼の目の前でワッと叫んで両手を振り回す桜井の悲惨な姿だった。