Story-Teller
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右手で握ったペンで綴られる字は拙い。
書き慣れているはずの自分の名前すらぎこちない筆跡で記されていて、上手く動かせないもどかしさが募る。

相楽が利き手である左腕を負傷してから、一週間が過ぎた。
たった七日間、と言ってしまえばそれだけだが、その七日間がどれだけ長く感じられるものか、相楽本人にしか解らないだろう。



左腕をデスクの上に乗せて、ぼんやりと眺める。
包帯が巻かれた腕は、未だに痛みが引かない。痛みに鈍い相楽だが、こう毎日毎日じわりと広がる痛みに侵されていれば、さすがに気も滅入ってしまう。


左利きだった相楽が、左腕を封印しなければいけなくなった。
それは、日常の業務のほぼ全てが不可能になるという事である。

いつどこで抗争になるか解らない巡回には勿論行けない。足手まといになるからだ。
かと言ってデスクワークをこなすにも、右手一本ではなかなか難しい。
唯一出来るのは、毎日膨大な量を書き上げなければならない報告書の代筆くらいだ。
それも、拙い文字で四苦八苦しながら書いている始末で。


反UC派との交戦で利き手を負傷した相楽が戦力から外されるのは、ファースト・フォースには大きな不利益である。
毎日反UC派とギリギリのラインの睨みあいをしているファースト・フォースにとっては例え入隊一年目の新人であっても、大事な戦力だった。

相楽が負傷したその日のうちに、ファースト・フォースの全てのシフトが変えられることとなった。
巡回やUC館の警備等から外された相楽は、専らオフィスで留守番だ。
忙しなく働き回るメンバー達の補佐、と言えば体裁は良いが、使用制限が多すぎる使えない雑用と等しい。

役に立てないもどかしさで密かに落ち込んでいるのを、いち早く察したのは吉村だった。

彼が相楽に任せたのは、連絡係だ。
丁度、ファースト・フォースのオフィスに置かれているファックスが故障したのも重なり、メンバー達は報告書や諸々の書類をいちいち該当部署まで運ぶはめになっていた。
その全てを、相楽が担うことにしたのだ。

「ずっと座っていては、気も滅入ってしまいますからね」

と微笑んで言う吉村に、思わず抱き着いて感謝を述べると、何故か篠原の機嫌が悪くなった。さっさと行って来い、と怒鳴られて、慌ててオフィスを飛び出す破目になる。




巡回と警備で相楽以外は出払ってしまったオフィス。
聞こえるのは常時稼動している篠原のパソコンの起動音のみで、危うく睡魔が襲ってくる。
慌てて右手で目を擦り、席を立つ。
今の時点で任されている報告書の代筆は終わった。次は、書類を届けに行く作業だ。

オフィスの隅に山積みにされた書類の山を慎重に崩す。
大体は総務部と管理本部へ運ぶ書類で、他には医療班から借りているカルテの返還や簡易治療道具の補填の申請書、UC館へのスケジュール申請の書類などが主だ。

運ぶ部署ごとに書類を分別していると、A4サイズの茶封筒が出てくる。
それは、吉村に頼まれていたものだ。
UC軍基地内にある隊員養成所の教官に届けるように云われていたことを思い出す。
少しだけ、気が重い。



高校卒業と共にその養成所に入隊した相楽は、二年制である養成所の一年目でファースト・フォースに引き抜かれた。
突然のことで、養成所の候補生も教官も騒然としていた。あまりに突飛過ぎる配属だったからだ。

養成所での訓練期間を終えた候補生たちは、まずは下っ端隊員としてあちこちの部署で経験を積むのが普通だ。
そこから前線部隊に配属されたり、または総務課員になったり、と自分が望む役職に辿り着くまでは時間が掛かる。
けれど相楽は、前線部隊を望む隊員にとっては高嶺の花である『精鋭部隊ファースト・フォース』に、実戦経験も無く引き抜かれたのだ。



それがどう影響するのか、しっかりと知っている。



本来ならまだ候補生である相楽は、ファースト・フォースの業務の傍ら、膨大な課題に追われている。
その課題は養成所にいる教官に届けているのだが、そこに行くのはいつも憂鬱なのだ。


はぁ、と息を吐き出してから、ファースト・フォースの制服である防弾機能が施された黒いベストの胸ポケットに常備しているミルク味のキャンディを取り出して口に放る。
振り分けた書類を腕に抱えて、相楽は足取り重くオフィスを出た。





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