Story-Teller
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「篠原さん」

伸ばした指で、篠原の手に触れた。
ひくりと驚いたように跳ねた指先を強い力で握り締めてから、相楽は意を決して篠原を真っ向から見つめる。
高い位置にある切れ長の瞳が、珍しく、戸惑ったように揺れていた。反対に相楽は一度も目を逸らさずに篠原を見据え、口を開く。


「俺をファースト・フォースに配属してくれて、ありがとうございます」

はっきりと言えば、篠原の目が驚きで見開かれた。

「……わかってます。俺をファースト・フォースに入れてしまったから、面倒なことになっているって。でも、」

早口になるのを必死に抑え、相楽は掠れかけている声をどうにか張って言葉を続ける。
でも、と切り出しながらも、先を言うのが躊躇われてしまった。

その先を言ってはいけないと、脳の一番奥で警鐘が鳴っている。
自分が言わんとしている言葉は、誰にも投げてはいけない言葉なのだ。
己を守るため、相手を守るため、両方の意味で。

けれど篠原には、言わなければいけない。
身を懸けて、相楽自身を守ろうとして傷つき始めている篠原には、言わなければならないのだ。



「でも、俺には、やっと居場所が出来たんです」

吐き出した声が、遂に嗚咽のように震えてしまった。

「どこにも居場所が無かった俺に、やっと、『帰る場所』が出来たんです」

『帰る場所』。そんなもの、作ってはいけないのに。
すぐに彼女に壊されてしまうものだから、決して作ってはいけないものだったのに。

「貴方が、くれたんです」

それは、あまりにも温かくて。柔らかくて。明るくて。楽しくて。優しくて。居心地が良くて。
もうずっと、望まないようにしていたものがすべてあった。
相楽が奥底では欲しがっていて、けれど必死に目を背けていたものを、篠原は与えてしまった。

そして相楽はその温かさに、慣れてしまった。ずっと居たいと、思ってしまった。


「……その代償に貴方を苦しめてしまっている。充分わかっています。だから、今までは自分から避けていました。誰かを盾にしてまで、俺は幸せになっちゃいけない人間だから。けれど、俺は、」

言い掛けて口を閉ざす。
最後の最後。篠原に一番伝えたい言葉が、喉奥で閊える。

リスクが大き過ぎるのだ。相楽が『ファースト・フォース』にいるという事は。
篠原の心身を削ってまで己がここに居るほどの価値が、本当にあるのだろうか。
相楽が一番言いたい言葉は、伝えた時点で篠原に一層の負荷を掛けてしまう。


幾度も言い淀んだ末に、相楽は篠原から目を逸らした。

じわりと目の端に浮かんだ涙を、痛めた腕とは反対の手の甲で拭う。
頭の中や、胸の奥が熱い。

沢山の想いが内で混ざり合って、どれが『正解』に繋がるのかも判別が出来ない。
ただ解るのは、今相楽が篠原に伝えようとした気持ちは、『不正解』だったということだけだ。



口を閉ざして、篠原から一歩退いた。
逃げ場を探して、後ろ手にドアノブを探す。
このまま、逃げてしまおう。このどろどろに混ざり合ってしまった想いをすべて閉ざして、逃げてしまえばいい。そうすれば篠原も楽になれるのだから。




再度目尻に浮かんだ涙は、冷たい指先に拭い取られた。




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