Story-Teller
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高山と相楽が巡察に出るのを見送ってから、関はトレーニングの為にオフィスを出て行った。

黙ってオフィスで待機しているのは性に合わない、とは前々から言っていたが、ちらちらとこちらを窺いながら「トレーニング……」と呟く姿は、大型犬がボール遊びを要求している様子にそっくりだった。
「最近、忙しかったら全然トレーニングしてないんすよ! ついでに養成所の実技講習もちょっかい出してくるっすね!」と心底興奮した声で言い切ってから出て行った関は、こちらが少々引いてしまうほどに脳筋……脳みそまで筋肉なのかもしれない。
関の底抜けの明るさが、心身ともに疲弊している今の篠原には眩しすぎたので、オフィスから出て行ってくれたのは良かったのだが。


篠原は溜め息を吐いてから、白いワイシャツに隠れた自分の腕を撫でてみる。
軍部の精鋭部隊に所属しているのだ。一般人よりは、断然筋肉も腕力も有るはず。それなのに昨夜、高山に押さえつけられた時はビクともしなかった。
篠原は長身の部類だ。ただ、高山や関が隣に並ぶと、些か細身には見えるかもしれない。
かといって、ああも簡単に動きを封じられてしまうとは思わなかった。

襟元の第一ボタンまでしっかりと閉じたシャツと、きつく締めたネクタイを見下ろす。
首元まで、紅い痕がはっきりと残っている。なにがあっても、シャツがはだけることは防がなければいけないな、と冷静に思った。
一夜明けてみれば、昨夜の動揺も薄れ、真正面から高山を見据えることも出来た。
だが、「昨夜のあれはなんだったんだ」とは、きっとこの先も、問うことはできないんだろう。


デスクの上に無造作に置いてある資料に目が留まる。
医療班の風早から奪い取ったままだった、新薬の説明書だ。医療班のオフィスから度々こういったものを拝借しては、熟読して返す。
篠原が持って行く頃には風早も中身を暗記しているので、暫し借りていても支障は無いらしいが、そろそろ返した方がいいだろう。
幸い、今は急ぐ仕事も無い。

緊急連絡が来れば自分の装備する無線にすぐに繋がるよう設定を直してから、資料を手にし、オフィスを出た。







医療班のオフィスにノックも無しにずかずかと入って行けば、風早が眉を寄せながら溜め息を吐く。

「ノックくらいしろ」

「どうせ誰も居ないんだろ。相変わらず暇な所だな」

「余計なお世話だ」

篠原の言うとおり、医療班のオフィスは閑散としており、苦々しく顔をしかめる風早以外に人が居なかった。患者が居ないどころか医療班の隊員すら居ないのは、さすがに「暇」という問題では無い。
どういったことだとオフィス内を眺めれば、いつもは並べて置いてある応急セットがいくつか持ち出されていた。どうやら、風早以外の隊員は実技の訓練にでも行ったのだろう。
「留守番してる」とでも言って、オフィスで一人ぼんやりできる時間を作った風早の要領の良さというか、怠け癖に、改めて彼を「副班長」の地位にに置いた医療班の体制が不安になる。

篠原がなにを考えているのかを察したらしい。「留守番だって大事な役割だ」と不満げな声で言って椅子から立ち上がる風早は、首を傾げて片手を腰に当てた。

「具合でも悪いのか?」

「いや?」

眉を寄せて聞いてくる風早に、こちらも眉を寄せて首を横に振れば、不思議そうな目が見つめてくる。

「顔色が悪いように見えたんだが」

「……気のせいじゃないか。借りてた物を返しに来ただけだ」

視線を逸らしてから、手に持っていた説明書を風早に押し付けた。受け取った風早は、そうか、と呟いてから、さして興味も無さそうにデスクに寄り掛かる。

ビーカーに入った珈琲を揺らす風早に、篠原は思いきり顔をしかめた。

「……ビーカーの使い方、間違えてないか」

「カップが割れたんだ。ちゃんと洗ってるから、衛生的には問題無い」

「そういう問題か……?」

ビーカーに口をつけてコクンと美味そうに喉を鳴らす風早に堪えきれず、視線を外す。
あのビーカーにたっぷりの消毒液を注ぎ、ピンセットだかなんだかをがちゃがちゃと放り込んでいる光景は、幾度も見ていた。
いくら洗っているとはいっても、それは、茶器ではない。どういう神経をしているのかと眉を寄せる。

ビーカーをデスクに置いた風早はぼんやりとした表情で窓の外を眺めてから、のんびりとした口調で口を開いた。

「さっき、副隊長さんと相楽が一緒に出て行ったな」

「……」

風早に視線を戻せば、やはり風早はデスクに寄り掛かったまま、窓の外を眺めている。歩み寄って同じように窓の外を見てから、なるほど、と一度瞬きをした。
いつも風早が眺めているこの窓のすぐ下には、専らファースト・フォースが任務時の出入りに使っている裏口があった。
気付かぬうちに上から見下ろされていたことに、篠原は小さく不服に思う。

「巡察に行ったんだ。医者なら、相楽が怪我無しで帰ってくるのを祈るんだな」

いや、無理か。と内心付け足した。手綱をしっかりと握っていても、一瞬でも目を離せばその手綱をぶちりと食い千切り、大暴れして怪我をしてくるような奴だ。
大型犬サイズの関と比べて小型犬サイズどころか子猫サイズのくせに、その読むことができない動きは飼い主を振り回すには充分すぎる。今頃、高山も振り回されていることだろう。

僅かに目線を落としていれば、横から風早の視線を感じた。
いつから窓の外から目線をこちらへと移していたのか、じっと見つめてくる風早に、怪訝に眉を寄せる。

「なんだ」

「……なんで副隊長さんと一緒に出てったんだ? お前が居るときは、相楽はお前と任務に出るのに」

静かに問われる言葉に、篠原は思わず口を閉ざした。
確かに、篠原と相楽のシフトが合う日は相楽のパートナーは必ず篠原が務めてはいた、が。

そんなことを知っているくらい、風早はいつもこうやって窓から見下ろしているのだろうか。相当暇なんだな、こいつ。

喉元まで出掛かった言葉は、溜め息と共に霧散した。




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あきゅろす。
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