菓子パンヒーロー擬人化
商業用トークには気をつけて
*食panとカレーパン*
相談する相手を、激しく間違えたかもしれない。
コトリと目の前に差し出された陶磁器の綺麗なカップには、まだ湯気を立てる真紅の液体が注がれている。
それは優しいローズの香りを発して、なんとも言えない上品さを醸し出した。
バロック調の家具が並ぶ部屋の中。
宮殿にでもありそうな凝った造りのチェアに落ち着かないまま座る俺に、テーブルを挟んで向かい側にいるその人は、優雅にカップを揺らした。
「どうしました?折角のローズティーが冷めてしまいますよ?」
異常なまでに強い目力でジッと見つめられれば、慌ててカップを煽ることしかできない。
それに満足したのか、その人はまた優雅な仕種でカップの中の香りを楽しむ。
―か、帰りたい。
切実な願いとは裏腹に、俺は、この場を切り抜ける語句が出てこなくて焦っていた。
カレーパンマン、今年で20歳。
人生最大の間違いを犯している様な気がします。
「はぁ…」
小さな溜め息が漏れたのは、30分前のこと。
日課になっているご町内のパトロールを終えれば、もう夕暮れ時で、あちこちの家から美味しそうな夕飯の香りが漂っていた。
近くの公園にいた子ども達を家に帰し、自分はベンチに腰掛けた。
「ふぅ…」
別に疲れたわけじゃないのに、溜め息は止まらない。
もう何度目かの溜め息が出かけた、その時。
「Hay,カレーパンマン?何かお困りで?」
その人は、現れた。
下げていた視界に入ったのは、先が尖ったツヤツヤピカピカした靴に、裾の広がったパンツ(パンタロンとかいうらしい)だった。
もはやそれだけで誰なのか解るけれども、更に、そのどこか台詞掛かった(鬱陶しい)話し方。
ソロソロと顔を上げると、思った通りの人物が、思った通りのポーズで立っていた。
標準より少し背の低い俺よりも頭一つ分は高い身長で、スラリとした体躯。
整った洋風的な顔立ちに、流れる様な長い金髪の縦ロール。
口には何故か一輪の薔薇の花をくわえ、片手は腰に当てている。
ヒラヒラツヤツヤの、ジャニ○ズもびっくりな宝塚風のシャツを羽織った彼は、(あまり認めたくはないけど)俺の大事な仕事仲間だ。
食panマンさん。
街を悪から守る仕事に就いた俺の先輩に当たる人。
今は完全に仕事放棄のアンパンマンさんに代わって、俺と食panマンさんがパトロールをしていたけれども、面と向かって話をした事は少ない。
だってほら、なんかちょっと…変な人だから。
突然の出現に呆然としていた俺は、食panマンさんが「Boy?」と呼んできたことで我に返った。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。どうしたの、溜め息なんて吐いてしまって?悩み事でもあるのかい?」
普段は自分のことしか頭に無い食panマンさんが、凄く心配そうに見つめてきたから、俺はおかしくなっちゃったのかもしれない。
この人に、人生相談をするなんて。
食panマンさんの愛車のデコトラに乗っけてもらって辿り着いたのは、彼の自宅(またの名を、"聖域(サンクチュアリ)")。
外観も内装も、ベルサイユ宮殿を意識し過ぎなきらびやかさで、俺はもう圧倒されていた。
向かいに座る食panマンさんが、チラリとこちらを見る。
ポカーンとしながらあちこちを見渡していた俺は、慌てて姿勢を正した。
「さっきの話だけれども」
「は、はい」
「つまりキミは、年上で、恋人のいる女性に恋をしているわけだね」
「…はい」
「キミはとても運が悪くて、その女性が恋人と幸せそうにしている瞬間にばかり立ち会ってしまうわけだね」
「………はい」
「それで、諦めた方がいいと思っている」
「………」
「でも諦めきれない、優柔不断な男なわけだね」
なぜだろう。
相談したら、余計苦しくなってきた……
「それはキミ、無駄な時間を過ごしていると思わないかい」
「………無駄………」
よりによって、『無駄』。
俺が溜め息漏らして、悩みに悩んでいることを、『無駄』。
「だってそう思わない?
思い悩んで、ベンチではあはあ言っているよりも、バスルームでお肌を磨いた方が、美しさを保つ為にも大事な時間を過ごしていると思うのだけれど?」
あれ?
なんか趣旨が微妙に変わってないか……?
でも、食panマンさんの言うことも解る。
確かに無駄な時間は過ごしてたけど、でも……
俺が押し黙っていると、食panマンさんは、カップを置いて、両肘を立てる。
組んだ長い指の上に顎を置いて、にっこりと微笑んだ。
「新しい恋を見つけることも、また一方だと思うわ」
「新しい、恋ですか?」
ええ、と頷いて、食panマンさんは真っ直ぐに見つめてきた。
「良い恋をしている時が一番美しいのよ?
今のキミの恋は良い恋とは言えないけれども」
「…良い恋、ですか」
ふと、頭をよぎったのは、ウジウジと悩む俺をいつも後押ししてくれる、年下の女の子の笑顔だった。
新しい、恋…?
……………いやいやいや。
あの子は友達だし。
でも、いつもいつも、応援してくれるんだよな…
それなのに、簡単に諦められないよな…
「食panマンさん、俺、なんかわかった気がします。俺は…」
「心配しないで!貴方なら、必ず私の良い後継者になるわ!」
「…………後、継、者?」
顔を上げれば、激しい目力が俺をしっかりと捕らえている。
それは捕食者の様にギラギラとしていて、知らずにチェアごと後ずさった。
しかし、その距離を埋める様に立ち上がった食panマンさんの手が伸びてくる。
こ、怖い怖い怖い
「しょ、食panマンさ…?」
「まずはお肌を白くしましょうね!まぁ、貴方の健康的な肌も良いと思うけれどね?今なら美白剤が100ml\5980!保湿剤もセットで\10000!プルプルの肌は美への第一歩だわ。入会キャンペーンでリップクリームもついてくるのよ!あぁ、カレーパンマンは仕事仲間だから特別に私特製のローズ入浴剤もつけてあげる!薔薇の薫りは一番美しさを引き立てるのよ?さぁ、この契約書にサインを!あ、いいのよ、拇印で!指一本でいいのよ!さあさあ!」
それからの記憶は、ほとんど無い。
気付いたら、俺は指を朱肉に押し付けていて、食panマンさんが出した謎の書類に判を押していた。
そして、食panマンさんの声が頭に響く。
「恋を成就させる為にも、美しくなりましょうね、カレーパンマン」
俺はベンチに座って夕暮れを眺める。
手には食panマンさんから届いた、目がクラクラする様な額の請求書。
―大丈夫よ。24回払いで。
優しく笑う食panマンさんを信じて付いていった俺が悪いんだ、そうだ。
見れば、俺の唯一のオアシスの女の子が、心配そうに駆け寄ってくるところだった。
2011/4/17
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