菓子パンヒーロー擬人化
アイリス
*ホラーマン&ロールパンナ
「…さん…ホラーさん…ホラーさんっ?!」
「え?あ…」
呼ばれて、我に返った。
見れば、自分を心配そうに覗き込む女性と目が合う。
慌てて微笑すると、彼女は一層心配そうに目を細めてしまった。
失敗したなぁ、と内心ひやひやしてしまう。
眼鏡を指で押し上げてから、ホラーマンはもう一度微笑した。
「ごめんね…ちょっとぼうっとしてた」
そう言って、今度は自分が彼女の瞳を覗きこんだ。
途端にパッと頬を紅く染めた彼女は、ぶんぶんと首を横に振ってからソッと見つめてくる。
「具合が悪いのかと思って…大丈夫?ホラーさん…」
未だ心配そうに下げられてしまっている彼女の目尻に、胸が締め付けられた。
しかし、自分は満面の笑みを返す。
「うん。大丈夫だよ。
…もう遅いから、送っていくよ」
彼女の背後に見えた蒼白い月に気付いて、もうとっくに日が暮れていたことを知る。
いつもの様に喫茶店や公園で話をしていたけれど、今日はもう暗いし、家まで送ってあげよう。
彼女は、嬉しそうにふんわりと笑んだ。
彼女―ロールパンナちゃん―と出会ったのは、友人のバイキンマンの紹介だった。
サラサラの長い髪に、三歩後ろを歩く控えめな態度、よく気がついて料理も上手。
とても女性らしくて、可愛い人だと思った。
自分が守ってあげたいって、すごく愛しているんだって気付いて、気持ちを伝えた時は、目眩がするほど緊張したのを覚えている。
ロールちゃんは、「私もです」って、恥ずかしそうに真っ赤になって、そう言ってくれたんだ。
でも。
僕は、彼女と一緒にいていいのかな……?
僕は人間じゃない。
見た目は人間と何も変わらない様にしているけれど、身体中の構造が人間とは違う。
制御を解けば、標本骨格。
皆が逃げ出す様な骨人間だ。
年中、身体中を風が通り抜けて寒いし、どうやら体温も相当低いらしい。
………そんな自分が、これから先、ロールちゃんを幸せに出来るんだろうか?
最近、そういう想いが何度もよぎる。
………きっと、ロールちゃんは、ちゃんとした人間と一緒になった方がいい。
…僕は…ロールちゃんを幸せには出来ないから。
「じゃあ、また明日」
彼女の家の前まで着くと、控えめに言った。
それに対して彼女はにっこりと微笑んで、静かに身を翻す。
彼女の小さな背中を眺め、ああ、また言えなかったなあ、と息を吐いた。
彼女を悲しませない様な、別れの切り出し方が解らない。
…なんていうのは言い訳で、本当は、彼女と別れたくないだけなのかもしれない。
門を開けた彼女が、不意に足を止めた。
どうしたのかと顔を上げると、彼女はゆっくりと振り返る。
ジッと、僕を見つめてくる。
真っ直ぐに。でも、寂しげに。
「…ロールちゃん…?」
呼んだ瞬間。
急に、彼女は僕の胸に飛び込んできた。
驚きながらも、彼女が倒れてしまわない様に両腕で抱き止める。
どうしたの、と言う前に、さっきと同じ真っ直ぐな目が見上げてきて、動けなくなった。
「…私、嬉しかったんです」
少しだけ震えた声が、僕を押さえつけた。
「…ホラーさんに、好かれているってことが…
私が、一方的に好きだと思っていたから…」
泣いてるみたいに声が震えているのに、目は真っ直ぐに僕を見ていた。
「…だから」
「…私は、幸せです」
「私は、ホラーさんと一緒にいられて幸せです」
そう言って、彼女は笑った。
僕が一目で惚れた、優しくて明るくて、とても可愛い笑顔だった。
忘れてたんだ。
僕が、彼女に気持ちを伝えた時に言った言葉を。
彼女の笑顔を見て、思い出した。
―僕は、ロールちゃんが好きです。
君を幸せにしたいです―
ロールちゃんは笑った。
―私も、ホラーさんを幸せにしたいです。―
「ホラー、どうなのさ、最近」
友人のバイキンマンに問われて、首を傾げた。
「最近楽しそうじゃん」
僕は、勿論、と笑った。
「だって、ロールちゃんがいますから」
はあ?と目を丸めたバイキンマンに、声を上げて笑った。
今日は何を話そうかなぁ
いつもにこにこ笑ってくれる彼女を思い浮かべると、なんだか、冷えきった身体が熱くなった。
そうだ。
今日は、あの日の話をしてみようか。
2011/4/24
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