ラストオーダー
オーダー9




「あ」

「うぁ」


ぼんやりとした明かりの下。

その人はこちらに気付くなり、思い切り顔をしかめた。
そんな酷い表情でも、目の前がパァッと明るく輝くようだ。


「カナタさあーん!」


時刻は夜の十時過ぎ。

どうしてもモナカアイスが食べたくて出掛けたコンビニの前で、カナタさんに会えたのは奇跡というか、運命だと思う。

目をそらしてさっさと去ろうとしたカナタさんの進行方向に慌てて立って妨害すると、カナタさんは小さく舌打ちした。


「カナタさん!こんばんは!」


辺りに響くくらい元気に挨拶すれば、カナタさんは「静かにしろ!」と睨んできた。

そんな表情もいい!


今日も夕方まで喫茶店に入り浸ったというのに、心はカナタさんに会えた嬉しさでいっぱいだ。

いつもの制服じゃなくて、ラフなTシャツ姿なのが新鮮で思わずじっくり見てしまう。


「カナタさんもモナカアイスですか?」

「は?」

「俺、どうしてもモナカアイス食べたくて来たんです」


言えば、カナタさんは呆れた様に眉を下げ、片手に持ったレジ袋を揺らした。


「雑誌買いに来ただけ」

「カナタさんはサンデー派なんですね。俺はジャンプもサンデーも読みます!」


いや、どうでもいい。と言って眉間を寄せる姿も好きだ。


「わーっ、俺、今日めちゃくちゃ運が良いなーっ」

「あと二時間で今日終わるぞ」

「一日の終わりにカナタさんに会えたっていうのが、一番幸せなんです!」


自重出来ずにだらしなく緩んだ口許を隠しもしないで言う。

カナタさんを見てから寝るなんて、きっと素晴らしい夢が見れるだろうな!なんて思いながら。


しかしふと、カナタさんがジッと黙って見つめてきていることに気付いて、口を閉じた。

最初はニヤケ顔を軽蔑してるのかな、と思っていたが、何か様子がおかしい。


いつもは、「うるさい!」とか罵詈雑言が飛んでくるところだが、カナタさんは何か言いたげに、しかし何も言わずに見つめてくるだけだ。


「…カナタさん…?」


首を傾げて問えば、カナタさんはパッと視線をそらしてアスファルトへと目線を落としてしまう。


「帰る」


ポツリと呟いて踵を返してしまったカナタさんに、慌てて腕を伸ばした。

もう帰っちゃうの?!と名残惜しさに、その白い手首を掴む。


瞬間、パシンッとその手を叩き払われた。


驚いてカナタさんを見つめると、当のカナタさんまで驚いた様に目を見開いている。


ハッとしたように、カナタさんはまた目線を落としてしまった。

なんだかわからないが、カナタさん、やっぱり様子が変だ。


「カナタさ…」

「俺、バイト辞める」


遮って紡がれた言葉に、一瞬頭が真っ白になった。



バイトを、辞める?

つまり、喫茶店を辞めるってこと?



「え?!ええええ?!なんでですか?!どうしてっ?!」


半ば混乱したまま叫べば、路地に声が響いていることにカナタさんが眉を寄せた。

どれだけ騒いでも、カナタさんは視線を合わせてくれない。


「就活、本腰入れないといけないし」

「で、でも、バイト続けながらでも出来るんじゃないですか?!」


すがる様に言っては見るものの、カナタさんは黙ったままだ。

そんなカナタさんに、頭の中がグルグル回ってしまいそうになる。



今の自分の、カナタさんとの繋がりは、あの喫茶店だけなのに。


「そんなぁぁ…!
カナタさんが喫茶店辞めちゃったら、会えなくなっちゃうじゃないですか…」


大学も違うし、と小さく付け足す。


なんでカナタさんと同じ大学に入らなかったんだろう、と、いつも思っていたが、今ほど強く後悔したことは無い。

目からはみ出そうになる涙をグッと堪えていると、ふとカナタさんが口を開いた。


「……なんで、そんなに俺に会いたいの…?」

「なんでって…」


唐突にそう聞いてきたカナタさんは、やっぱり目を合わせてはくれない。


なんでって、そりゃあ…


「カナタさんが大好きだからですよ」


堂々と言っては見たが、かなり気恥ずかしくて頬を染めた。

ああ、また告白してしまった。俺、案外大胆。


てへ、えへ、と照れ隠しに笑いながら、しかし、カナタさんが無言で俯いていることに気付いて口を閉ざした。


………カナタさん?


どうしたのだろう、と手を伸ばすと、カナタさんはそれを避ける様に一歩後ずさった。

その仕種に少しだけショックを受けていると、低く低く、カナタさんは言った。


「…そういうの、迷惑」

「…え…?」



思考が停止した。


今、迷惑って言われた?カナタさんに。




カナタさんが一度顔を上げて、また視線を脇にそらす。


「好きとか、そういうの。


正直、気持ち悪い。


いい加減、からかうのやめろよ」



カナタさんの声が、今まで聞いたことが無いくらいに低かった。


どれだけ呆れ顔でも、どれだけ怒っていても、カナタさんの声はいつも真っ直ぐで、綺麗で、優しくて、大好きだった。


でも、今のカナタさんの声は、自分の全ての思考を完全に止めるのには充分すぎるほど冷たい。


突き放す様な声。

合わせてくれない視線。


何も言えずにいる自分の前で、カナタさんは小さく息を吸う。



「…気持ち悪いから、もう近寄んないで」











カナタさんが去ってから、どれ位経ったんだろう。


コンビニの車止めの縁石に座りこんで、ただジッと、カナタさんが去って行った方を見つめていた。



『カナタさんに嫌われたら、生きていけない!』



そう、友人達に宣言していた自分が思い浮かぶ。




ああ……本当に死んじゃいそうだ…




胸が痛い。

涙が出ない。




そうだ。


仲良くなってきたからって、忘れてたんだよ。


初めは、綺麗って伝えるだけでも大問題だった。


カナタさんは男で、俺も男だから。




正直、気持ち悪い

からかうのやめろよ

もう近寄んないで



そうだよな。

それが、普通の反応。



勘違いしてたんだ。


カナタさんになら、この気持ちは絶対伝わるって。


伝え続ければ、いつか、カナタさんも応えてくれるって。



そんなわけ、あるはず無いのに。









大好きな、大好きなカナタさんに、嫌われました。





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あきゅろす。
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