True Rose
〜記憶の海〜
6
鍛錬できるように、広く作られていた場所まで辿り着くと、ファイは足を止めた。人が居ないのを確認すると、そこにへたり込むように座った。
体に、力が入らなかった。思考もあやふやで、もっと別の場所に行けば良かったのに、いつもの癖でここに来てしまった。ファイの日常は、任務と鍛錬だけだったから。
(なんだったんだ? あの会話は……)
魔女。それは、悪の筈だ。世界に災いを齎す存在。
その名の筈だ。そして、そうであるもの。
決して、人とは相容れぬ、そして人に害をなす異端。人の形をした、人の皮を被った悪魔のような存在。人ではないのだ。
……だから、ファイは殺してきた。民を守る為に。
(それが、無害だと!? 何かの聞き間違いに決まってる!)
暴れる感情を吐き出すかのように、ファイは首を振った。握り絞めた拳で、地面を叩く。何度も、何度も。
まるで、そうすることで、その可能性の全てを否定しようとするかのように。
だが、心に降り積もっていくような、なんとも形容し難いものはなんなのだろう。
――もし。
もしも、それが真実であったなら?
そうであったなら、ファイがしてきた事は……、
「……ただの、殺戮だ……」
絞り出したかのような声は、地を這うかのように低く、暗いものだった。
ファイは、剣もまともに握った事もないような人々を、殺した。火に掛け、生きたまま殺してきた。
それは、魔女だったからだ。災いの根源で、歪な存在。世界の異端。世界や人々に害をなすそれは、排除しなければいけない。
「…………」
無意識の内に、自分の鎧を自分の手で叩いた。腰に吊り下げられていた剣と擦れ、嫌な金属音を奏でた。
この剣と鎧は、騎士としてのファイの誇りの象徴だった。どんな時も信頼し、自分の命を預けてきたものだ。
だが、急にそれらが酷く汚らわしいものに思えてきた。
「騎士長?」
「…………ッ!」
唐突に後ろから聞こえた声に、ファイは勢いよく振り返る。
そこにいたのは、心配そうに表情を歪めたイースだった。
自分はどんな表情をしているのだろう、とファイは溜息を吐いた。
部下に心配されるなど、自分らしくない。情けない。
「……鍛練を、しようと思っていただけだ。悪いが、付き合ってくれないか?」
「自分でよければ、喜んで!」
いつもの表情でそう言うと、イースは気のせいだと結論付けたのか、嬉しそうに頷いた。
数えきれないほどのタコの出来た手を握りしめる。それらはどれも、剣を握り、振るうことによるものだ。彼の鍛錬の証のようなものだった。
剣を握るのが怖くなったが、やはりファイにはこれしかなかった。これが、ファイの全てなのだ。
悪い方へ悪い方へと向かってしまう思考を断ち切る為に、ファイは立ち上がり、剣を構えた。
それは、普段と変わらない筈だった。ファイにとって鍛錬は欠かしたことのない、日常の一部だった。
――だが、振るうその剣が酷く重い、と思った。
(真実を確かめなければ……)
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