True Rose
 〜記憶の海〜



 広がる深緑に、ファイは目を細めた。
 荒れていく大地、それでもこうして残っているもののある。世界は、まだ手遅れではないのだ。ここへ来るたびに、そう思う。
 多くの木々と花々、そして、簡素なベンチなどが置かれているここは、王宮にある庭園の一つだ。
 森のように全てが自然と言うわけではなく、多少の手は加えられていたが、それも最小限に留められている。王が、ここには自然のままを願ったからだ。
 ここを王と歩いたのはどれ程に昔の事か。まだ、ファイの幼い頃だった頃の遠い昔の話だ。その頃にはもっと四季の花々が咲き誇っていたが、今では数を少なくしている。この世界の状況では、それも仕方のないことだ。
 だが、ここはファイと変わらず今でも王の気に入っている場所の一つなのだろう。公務が滞っていないらしい時は偶に見かける。
 不意に聞こえてきた声に、ファイは足を止めた。

「……ルーン村、か」
 その声は、彼の敬愛する王のものだ。
 聞こえてきたのは、ファイが次の任務で行く村の名だ。魔女が匿われ、焼き払わねばならない村。
 重い溜め息混じりの声に、ファイは思わず身を隠す。無礼なことだとは思ったが、あまりに重い空気にここに存在してはいけないような気がした。不用意に動けば、ここにいる事が分かってしまう。
 華美なものが好きな貴族など、宮中にいる者は滅多にこのような場所には来ないとはいえ、立ち入り禁止になっている訳ではない。王という立場ならば、もう少し考えて欲しいものだ。後で、注意した方がいいだろう。
「魔術を研究させていた研究者がいる村でしたか?」
「そうだ、あれほどまでに威力のあるものを他国に知られる訳にも、取られる訳にもいかない」
「そうですね、だから口封じが必要です。村人にも知られてしまっているかも知れません」
「可哀想だがな。魔術は……本当は汚らわしいものではないというのに」
 だが、そんな事を考えていたファイは、聞いてしまった会話に自身の耳を疑った。
 彼らが話すことが、なんのことなのか、思考が追い付かない。
 ルーン村は、魔女がいて、村人がそれを匿っているから。彼らは世界に仇をなす、だから殺さねばならないのではなかったのか?
 そもそも、魔女が汚らわしいものではない――?
 魔女は、大地を荒廃させてきた筈だ。人々を呪って来た筈だ。それが、魔女という存在の筈だ。
(陛下は……何を、言っているんだ……)
 心臓が大きく脈打っている。まるで全身がそれになってしまったのではないかというくらい、激しく、せわしなく。
 息の仕方さえ忘れてしまったかのような息苦しさに、ファイはただ思考を巡らそうと必死になる。
「民は、何も知らない。知らせていない。……何が、幸せなのだろうな」
 そこで、王と恐らく重鎮の会話は途切れた。その場を支配するのは、重く救いの感じられぬような静寂だった。
 彼らはファイがここにいることに気付きもせずに、その場を離れて行った。それは幸か不幸か。
 重い空気を噛み締めて、ファイも二人に気付かれぬようによろよろとその場を後にした。






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あきゅろす。
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