True Rose
 〜記憶の海〜



「ローズちゃん?」
(――え?)
 聞こえてきた声に、ローズは自身の耳を疑った。
「あ、やっぱりローズちゃんだ」
 空耳かと思ったが、もう一度聞こえてきた声に、ゆっくりと木の下へと視線を向ける。
 そこには、ファイがいた。
「こんな所で、どうしたの?」
(……どう、して)
「なんで、木になんて登ってるの?」
(……どう、して)
「あ、子猫を助けようとしたの?」
 ファイを見つめるだけのローズに、ファイは問いを重ねてくる。
 込み上げてくる安堵。胸が締め付けられるような錯覚すらする。
 僅かにだが、視界が歪む。
(……ああ、どうして、こいつは……)
 助けて欲しい時に、助けに来てくれるのだろう。
 こんな場所に、こんなタイミングで。わざわざこの場所を通る理由なんてある筈がないのに。どうして――。

「……髪が、」
 震える声を抑えて、声を発する。
「絡まってしまったんだ」
「木に?」
 ファイが、ローズの髪へと視線を動かす。
 そして、ローズの状態に気づいたようだ。あ、と小さな声を上げた。
「本当だ、今助けるよ」
「それよりも先に、この子猫を……」
 ファイは木の枝へと手を掛けるが、ローズはそれを制止する。
 自分などよりも先に、ローズは子猫を助けて欲しかった。こんなに小さな体では、誰かに抱き抱えられているとはいえ、やはり怖いだろう。途轍もないストレスだった筈だ。
 ローズは、子猫を早く安心させてやりたかった。だから、ファイへと子猫を渡そうとした。
「うーん、ダメみたいだね」
 ――しかし、子猫はいやいやをするように、ローズにしがみついて離れようとしない。
 小さな爪を精一杯ローズの服に立て、なんとか離れさせられないようにと必死になっていた。
「ローズちゃんには懐いてるみたいだけど、俺には駄目みたいだね」
 それを見て、ファイは苦笑を漏らす。
 無理だということが分かったので、木を登り始めた。

 ファイは、ローズの所までいくと、絡まった髪を丁寧に一房一房、ほどいていった。
 傷だらけの掌は、それでもとても優しい手付きだった。ローズの髪を傷めないように、木を傷めないように、そんな心遣いが伝わってくる。
 あんなにもローズが手古摺っていた髪は、ファイにかかればあっという間だった。
(……む)
 少しだけ、なんとなくローズは悔しくなった。
 それでも、安堵の方が強い。だから、それを言葉にすることはなかった。
「さぁ、降りようか」
 ファイが、柔らかな笑みを浮かべた。
 ――その時だった。
 木の枝が折れる音が響いたと思ったら、ローズの体がぐらりと揺らいだ。




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