闇の輝星《08》 城主の私室は最上階の部屋、と決まっている。だが今リセイが使っている部屋は、本館から離れた古塔にあった。 今まで誰も使っていなかったような古臭い場所だ。 いくらリセイが正式な城主ではないにしろ、覇王デスの実子である彼にその様な人離れさせた部屋を使わせるなど、普通ならありえない事だろう。 「何で、こんな所に」 「私はかえって良かったと思っている。あんな腐りきった人間と共に夜を過ごすなど出来るわけがない」 アモンの戸惑いに対して、リセイは無感情でそう言った。あのアモンでさえ今のリセイを恐ろしいと思ってしまう程だ。 まだ幼いマリアは兄の背に隠れ、ぎゅうっと服を握っていた。 塔の入り口を開けると、真っ暗な闇が広がっていた。城の内館とは明らかに違う廃れた空気が漂ってきた。 リセイは躊躇うアモン達を放って中に入ると、懐から取り出した火源で蜀台に明りを灯した。 たったそれだけの明りで塔全体が淡い光に包まれ、幻想的な空間を創った。 「私はこちらの方が過ごしやすい。強い光は体に合わなくてな。こんな部屋で済まない、アモン」 「い、いや、俺は全然構わないよ。まぁ確かに、これくらいの明るさの方が落ち着くよな」 アモンがそう言うと、リセイの顔が少し綻んだ。それを見逃すはずはない。 アモンはこの時、リセイが自分よりも3つも年下の幼い少年であったことを思い出した。 「リセイ、大丈夫、か?」 これが今のアモンに言える精一杯の言葉だった。必死さを感じ取ったのか、リセイは再び表情を緩めた。 リセイは棚から茶飲み用の陶器を数個取り出した。それを見て、アモンはある重大な過失に気付いた。 「ちょっと、待て。なんで、この塔に何で誰もいないんだ? 世話係は!? 使用人の一人もいないのかっ!?」 アモンは周囲を見渡しながらそう叫んだ。だがその問いに対する応えは返ってこない。 誰かいないのか、と再度呼べども誰一人として出て来る者はいなかった。 信じられないといった顔をするアモンに、どこか遠慮がちにリセイは言った。 「すまないな。使用人はいないんだ。大抵の事は出来るから。茶なら今から入れるところだ」 「そういう……そういうことを言ってるんじゃない! 一体どうなっているんだ!? ここは」 「言っただろう? ここは腐っている、と」 リセイは笑みを浮かべた。だがそれは恐ろしくも悲しくとも見て取れた。 どうしていいか解らないアモンは立ち尽くしたままだったが、その隣にいたマリアは、目の前にいる寂しげな銀の少年を見て、不思議と恐さを忘れてしまった。 マリアはゆっくりリセイに歩み寄る。 「リセイさま。マリアがします」 「え?」 「わたしはお茶を入れるのが大好きなんですっ。だからわたしが皆のお茶を入れます」 突然の申し出に対しリセイは困惑していた。 茶を入れるのが趣味なら任せようかと思ったが、客人に手間を取らせるのは失礼だろうし。 とにかく、リセイは珍しく目を泳がせていた。それを見たアモンは、何故だか毒気を抜かれた気がした。 「くくく……」 笑い声が聞こえたかと思うと、それは次第に大爆笑に変わった。 大口開けて笑うアモンに、リセイは更に困った様に顔をしかめた。 「アモン、大丈夫か?」 「くっ、はははっ! リセイ、お前って結構面白いやつだな! 俺は最高に愉快な気分だ! あっははははっ」 気でもおかしくなったのか? と心配するリセイを放置し、アモンは笑い続けた。 すると今まで強張った表情をしていたマリアも、ふわりとした柔らかい笑顔を見せた。 リセイの目の前にいる二人は、この陰湿な部屋で温かな笑顔を向ける。 そのことに何故か心を救われたような気がして、リセイも肩の力を抜いた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |