闇の輝星《10》 「そんなところで突っ立ているのは良くない。クリスさん、だったか? 君も入っていいよ」 リセイはそう言い、湯飲を一つ追加した。 クリスは扉を閉め、中にいるアモンに近づいた。 「あの方が覇王のご子息か。随分印象と違ったな」 「うんまあ、俺もそれは思ったけど。今の彼が本当の彼だと思うよ」 「そうだな、私もそうだと思いたい。今まで何度かお見受けしたことはあったが、どんな時も恐ろしいほど冷たい目をしていた。だが今のリセイ様は、とても優しい表情をしている。私はそちらの方が好きだ」 そうやって語るクリスに対しアモンは、他の者に向けるものと明らかに違う、愛しさ混じえた表情になっていた。 「さて! こう空気が篭っていては気分が悪い! 窓を開けるぞ! 換気だ換気!!」 クリスの名を呼ぼうとしたアモンを押しのけ、クリスは元気よく走り出した。そして全ての窓を開け放ち、新鮮な空気を塔内に送り込ませた。 「見てお兄様! 星があんなに綺麗っ」 窓から見えた光に気付いたマリアが、無邪気にはしゃいだ。アモンも夜空を見上げて小さく喘ぐ。 「本当に、綺麗だ」 昼間の大雨とは打って変わって、雲は月を隠さなかった。 おかげで月明かりが空を照らしていて少し明るい。 この日、マリアとアモンは塔に泊まった。 さすがにクリスは親の目もあり、日付が変わる前にこっそり城を出た。 深夜0時を回った頃、マリアを寝かしつけたアモンがリセイの隣に座った。 「クリス……確かリーチェル家の一人娘だったか」 リセイが思い出したようにそう言った。 「ああ、クリスもこんな時間まで外出して。家に帰ったら親父さんに怒られるだろうなぁ」 クリスの事を詳しく知る素振りをみせるアモンに対し、リセイは問う。 「アモン、彼女と仲いいのか?」 「あはは、俺と身分は全然違うけど、父親同士の繋がりでさ。小さい頃から仲良かったんだ」 「そうか」 リセイはどこか寂しげに返事をした。 「どうかしたか?」 「いや、正直少し羨ましかった。君らを見ていて」 その発言に驚くアモンだったが、同時に嬉しくもあった。 「何言ってるんだよ。リセイだって俺らと友達だろ?」 「友達、か。そうだな……ありがとう、アモン」 「えっ! 何でお礼」 「私には友達といえる者などいなかった。それでもいいと思っていたが、アモンがいてくれてよかったよ。だから……ありがとう」 そうやって笑うリセイは、やはりまだ寂しげな影を落としていた。 アモンはどうしても伝えたかった。 決して一人ではないと、自分は君の仲間だと、誰が何と言おうと味方で居続けると、そう言いたかったのだが、胸に詰まって言えなかった。 けれど言葉にしなくても、アモンの気持ちは十分伝わっていた。 「アモン、しばらくは忙しくて会えないかもしれないけど、またおいでよ」 「ああ、必ず行くよ。その時はマリアやクリスも連れて、さ」 蜀台に灯る炎が僅かに揺らめいた。 リセイの頬に冷たい風が触れる。 換気もそろそろいいだろうと彼は立ち上がり、窓を閉めに行った。 その時リセイの目に映った満天の星空を、いつまでも忘れることはなかった。 ←前へ|次へ→ [戻る] |