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29話 別離


 夜中の3時。一つの影が動いた。

「……リセイ様」

 闇夜に表れた一人の男、彼は漆黒の服を纏っていた。フレアン、いや、今はリセイと呼ぶ方が正しいだろう。

 男はリセイの部屋に音も無く侵入し、寝台で方膝を立てて座るリセイの前に跪く。


 29話 別離


「どうした」

「はっ。本国からの通達です」

「帰れ、だろう。分かっている」

「はい。ですが……」

 躊躇う男を見下ろしながらリセイはふっと笑った。

 勿論可笑しくて笑ったのではない。自分があまりに情けなくて、失笑したのだ。

「割り切っていたと、言うだけなら言える。だが……まさかこんなに自分が女々しかったとはな」

「は……? それは」

 男は返答に戸惑った。主人が何を言いたいのか分からなかったからだ。

 構わずリセイは続ける。

「今すぐ帰る事も出来る。だが、明日まで待ってくれ。明日の夜、帝国へ戻る」

「は……畏まりました。では本国にはその様に伝えておきます」

 男は頭を深く下げ、伝言を受け取った。

「アーク、お前はどう思う?」

「……は、い?」

「コウのことだ。あの子が何故アムリアなのか……未だに不思議でな」

「それは、私にも判りかねます。ですが少なくとも今のアムリアは貴方様に大きな影響を及ぼす……」

 彼の答えを聞いたリセイの表情が少し硬くなった。

「お前までグレイみたいなことを言うな。私の独断だと言っているだろう? コウは関係ない」

「ですが! 貴方はご自分の身を挺してでもアムリアを護ろうとなさいました。それはどの様な理由があれど許されることではっ……」

 アークは苦渋に満ちた顔をする。主の身が心配で不安でたまらないのだ。ただでさえ多くの事を抱える覇王が、今はアムリアという重責な問題にまで手を貸している。それではいくら有能なリセイでも身が保たない。

「アーク、十分解っている。それにあと数週間で皇帝ご生誕の式典が開かれる……いつまでも公務を放っておく訳にはいくまい」

「……式典がなければここに留まる御つもりだったのですね」

 アークはため息を吐いた。沈んだ声と共に……。リセイは“よく分かってるじゃないか”といった笑いを返すが、最後に「冗談だ」と付け加えた。

 アークは途端に真剣な表情になる。

「それでは我が覇王、明日の深夜にお迎えに参ります」

「ああ、後は任せた」

「御意」

 アークは再び闇に帰った。それを虚ろに見送りながら、リセイは体を横たわらせる。

 この数日で体力だけでなく精神的にも追い詰められ、このまま全てを捨ててしまいたいと弱音を吐きたがる心の内が、一層彼を鬱にさせた。

「何をやっているんだ、俺は……」

 明日まで、なんて、そんな一時の逃れのように延ばしても別れは必ず来る。そしてそれを選んだのも、自分だ。

 それなのに最後の最後に悪あがきをしているこの女々しさに、心底嫌気がさした。



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