28話 西の賢人 === 東国セニア・王城 === 真夜中に暗躍する影達は、迷う事なく王の間に入っていく。しかしそれに気付くものは一人もいなかった。 東国王の名はドーム。ドーム=ジャスティ=ラズ=セニア。この東の国を統括する現王である。次期王となるルクードに実権は譲るも、その権威は未だ衰える事はなかった。 王城の最上階、王の間に集まる影の従者達を、ドーム王は黙って見ていた。まるでそれが当たり前かの様に。 「いつも完璧だな、影達よ」 「――――」 影の従者は王の問いには答えず、沈黙のまま王の前に跪いた。その数は四、五人程度だが、彼らは体全体から異様な気配を出していた。それは生き物とも死者とも言えない、長い間闇に身を預けた故の変化、人の形をした、人の心を持たない人形。 「さて、まずは報告を聞こう」 「――は。目標は現在西大陸に到着、この後にレイドルートに滞在すると思われます」 「レイドルート……西国の貴族か」 「――――」 従者の沈黙は肯定を意味した。それを確認すると、ドーム王はククッと口元を捻らせる。 「いつまでも逃げ切れると思うなよ……」 その声に憎しみは無い。怨恨の類ではなく、ただ欲する心から生まれた言葉。 「たかだか少年にここまで逃げられるとは……さすが帝国の騎士共だ」 「――は。しかし現在帝国の護衛は一人のみです」 「確かにそうだが……あまり奴らを甘く見るな」 「――――」 従者は無言だった。言うまでも無い……という事だろう。 「まぁよい、こうして見つかったのだからな」 「恐らく帝国側も一度は目標から離れるでしょう。その時が好機かと」 「そうだな、首尾はお前達に任せる。必ず連れて来い」 「――は」 従者達は闇に溶けるように消えていく。その動きの速さに一瞬身震いしながらも、ドーム王はゆっくり椅子に腰掛けた。 「はは……はははっ……! ようやっと手に入る……!」 そう高らかに叫びながら、飲みかけの酒を喉に流す。酒瓶を丸ごと飲み干すと、空瓶を徐にテーブルに叩きつけ、深く後ろにもたれ掛かった。 「三度の失敗は許されない」 そう呟くドーム王は、過去の失敗を思い返していた。一度目は思わぬ加勢に阻まれ、二度目は追い詰めたもののやはり何者かに邪魔をされた。闇を得意とするものを送り込んだはずが、二度もやられたとあっては普通ではない。恐らく目標の傍に何者かが居る。それも相当の力を持った、闇使いが……。 だが、貴族の家に預けられれば気も緩む。加えて派遣された護衛も一度離れるという、絶好の機会。これを逃せば他に手はないだろう。 「これで……帝国も終りだ……」 虚ろな目を半分開け、唐草模様の天井を見上げる。遠のく意識の中、何年も忘れられない者の姿を思い描いていた。 「帝王クライス……お前は……お前だけは絶対に許さんぞ……」 怒りと憎しみ、両方を備えた激しい瞳は、もはや天井ではなく、ドーム王の生涯で最も憎き一人の男のを映していた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |