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17話 約束


 人を信じる事は愚かでしょうか? 例え誰に裏切られても、私はあなたを信じます。例えどんなに辛くても私の心は貴方の傍にいると、あの時感じたから。





17話 約束





 ティレニア軍事機関2号館は、見習いシスターや司祭専用の建物となっていて、リナもここで生活していた。

「あら、去年の受験番号だわ。懐かしい」

 部屋の整理をしている途中、見つけた古い紙切れに苦笑する。
 去年の本試験。
 一次試験は問題無く突破したものの、二次試験が悲惨な状態だった。この間、コウに二次試験の事を聞かれた時は一瞬背筋が凍った気がした。誰にも触れられたくなかった。二度と思い出したくなかった。でもそれは単なる逃げであると、自分を叱咤した。

 去年も試験を受けていたケインは、苦し紛れの嘘に気付いていたはずだ。まるで自分の力不足が原因かの様に言った私は、本当はそうではない事は分かっていた。ただ、大丈夫だと自分に言い聞かせたのと同じ。

「恐いわよね。そうよね、誰だって自分の身が一番かわいいわ」

 リナは古い紙切れを持ったまま寝床に座る。今はシスター服から私服に着替えていた。ふと目線をやった先の鏡に、青ざめた少女の顔が映っている。ああ、まだ忘れられない。あの時の感覚は、今でも鮮明に思い出せた。


一年前の、本試験のことだ。年に一度行われる、特科生用の軍人試験、それが本試験と呼ばれるものだが、中途入学したリナもまた、特科生として本試験を受ける事にした。

 その日も、よく晴れた空だった。観客の声援があちこちを飛び交い、とても騒がしくて。リノアの港町、フィナの町、またその南町など、領地を超えて多くの人々が熱狂する、軍事機関。普段からは到底想像もつかない。熱気と緊張で頭の中は真っ白で、それでも気絶などせず試験場に立っている自分を褒めてやりたいとさえ思った。

 リナは癒しの力を宿す杖を握り締め、チームメイトの二人を見た。一言で言うと、小さい男と長い男だ。

「闇族なんか俺らにかかればなんてことないさっ! なぁ、ドナー!」

 と、長い男が言った。
 小さい男も大きく相槌を打つ。

「当たり前だ! リナは後方で見てな!」

「お二人とも、闇族は危険だと伺っておりますが」

「大丈夫だって! 闇族なんて俺とレツの剣技で一ころよ!」

 背の高さがどうという訳ではないが、小さい男は割と自信家だった。そんな彼らを純粋に頼りにしていたのだが、開始のベルがなった途端、豹変した男達を目の当たりにした。
 試験相手となる闇族はグレイドと呼ばれるごく一般的な闇の精霊だが、想像していたものより大きく、レツとドナーの自信を打ち砕くには十分だったようだ。

「何だ、あれ……何だよぉぉっ!」

 四足獣のグレイドは爪の威力やスピードにも秀でている。息を切らして自分達に向かってくる化け物に、経験の浅い受験生は震えが止まらなかった。

「こちらに来ます! 強化魔法をかけますからっ」

「そんなん意味ねえよ! お前の魔法なんか信じられるか!」

「そんな……ですがこのままでは!」

 剣で戦っても傷一つつけられないと分かり、ドナーとレツは愕然としていた。それでもリナの懸命な回復と防御強化で持ちこたえていた。

 だがそれもほんの一時凌ぎにしかならない。棄権を提案したリナだったが、彼らには他人の言葉など聞き入れる余裕はなかった。

 そうこうしている内に、グレイドが勢いよく3人の元へ向かってきた。とにかく逃げるしかない。3人は一斉に後方に走った。

 そこで、足が縺れたドナーの体が徐に転倒した。

「ドナー!」

 リナの叫びに気付いたレツは、後ろを振り返る。

「リナ! ほっとけ! 俺らまでやられるぞ!」

「そんなっ」

 助けてくれ、と必死に叫んでいるドナーを見捨てるなど、そんなことはリナには出来ない。
 何故なら彼女は、人を守り癒すシスターだから。

 リナはレツの手を振り払い、助けを呼ぶドナーの方へ向かった。

「おっ……俺は知らないからなっ!」

 後ろ向きに喚きながら、レツはそのまま場外へと出て行ってしまった。



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あきゅろす。
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