17話 約束
このまま飛び降りていたらあの空を掴めたのに、それを邪魔したのは誰──?
リナの中にその様な反発が生まれた。
声の主は若い男で、肌の色は浅黒く、深緑の瞳が美しかった。
彼は抑えきれない怒りを剥き出しにしていた。そんな風に激しい感情をぶつけられても、リナは茫然と見ているだけだ。
彼女の目の奥には何もない、何も考えていない、何も感じない。まるで死人の目。
それが男の癪に触ったのか、僅かに震えながら男は言った。
「ここで死ぬ気か? そんなに楽になりたいか!?」
煩い声がする。
放っておいて欲しかった。死にたい、もう生きてゆく自信がない。理由もない。
「死んでも救われない。お前の生きる意味は何だ?」
「何? 生きる意味って。そんなもの私にはないわ」
誰にも必要とされなくなった人に、何の意味があるというのだ。
だが男は引かなかった。
「そんなことはない! 君の両親だって君の事を心配しているだろう!?」
両親と聞いて、心が満たされることはなかった。寧ろ心臓を抉られて気持ちが悪い。
だが、とても懐かしい響きだ。
幼い頃から抱えてきた思い出は今だって鮮明に覚えている。
故郷の東国。
小さな村で幸せに暮らしてた。家族は3人。決して寂しくなどなかった。
ところがその幸せは長くは続かなかった。
忘れもしない、あの日。
父も母も仕事で出かけていて、丁度その日に帰ってくる予定だった。早鳥に括られた文を読んで、どれ程待ちわびたかしれない。
家はそんなに広くはなかったけれど、やはり一人で居るには広すぎて、また、捨てられた時の寂しい気持ちを思い出した。
だから私はその日を誰よりも何よりも待っていた。
──それなのに。
あんな言葉、いらない。届けてくれなくていい。ずっとずっと知らないままなら良かった……。
ずっとずっと、延々と待っている方がきっと幸せだった。
ユーリシア夫妻、帰郷中に山賊に襲われ死亡──。
そんな言葉はいらない、捨ててしまいたい。何よりも残酷な報せなど。
突然の不幸が幼いリナを襲った。このとき彼女は9歳であった。
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